最終話 結末とそれから
球技大会から三週間が経った。
晴香が取材していた野球に関しては、話題になる様な派手なホームランも飛び出すことなく、報道部の壁新聞には少林寺拳法部の表彰されている写真が載っていた。
そして校外で起こった屋上からの転落事件については、学校も関わり合いたくなかったのだろう。当事者以外の生徒はそんな事件が有った事すら知らないままだった。
秋の色が終わりに近づき、ほんの少し冬の装いがこの町に見え始める。
冷たい風に吹かれて街路樹の葉が、ハラハラとたくさん舞い落ちて行った。
一瞬を切り取ったような加速世界。
その世界の中に足を踏み入れ少年は戻って来た。
大志は生きていた。
幸枝を受け止めた落下の最中に、意識を保っていられたぎりぎりまで加速を継続させて、最も衝撃の少ない方法で地面との衝突のダメージを殺したのだった。
奇跡的に無傷だった少女と、少女をかばい大怪我を負った少年。
駆け付けた晴香がもう少し救急車を呼ぶのが遅ければ、大志はここにいなかったに違いない。
一方、市川は屋上から大志に放り出された時、恐怖により加速が解け、そのまま地上へと落下した。
たまたま停めてあった軽自動車の上に落下したので一命はとりとめたが、今も意識は無い状態であった。
雨上がりの朝、大志は大勢の生徒たちに紛れて通学路を歩く。
刺された背中の痛みがかなり残っていて、まだ少し歩き方がおかしい。
そして転落の衝撃で鎖骨を折ってしまっていたので、肩からたすき掛けで腕を吊っていた。
痛々しい姿の男子生徒に、通学中の他の生徒は特に注意も払わない。
大志は思う。
あの時自分には明らかに殺意があった。
あの日以来何度も頭に浮かび反芻してしまう光景。
躊躇いもなく目の前の存在が消えて無くなる事を願った。
市川がそうだったように、自分も同じような怪物を内に秘めている事を知ったのだった。
そして思うままに行動した結果、一人の人間がこの通学路からいなくなった。
胸の中に空虚な色のない空間が出来たような気がした。
それでも……。
大志は隣を歩く頭一つ分背の低い幸枝に目を向ける。
「ごめん。鞄重くない?」
「重い。早く良くなってよね」
失ったものの代償に一番大切なものは残った。
大志は思う。
これで良かったのだと。
そして幸枝は少し先の銀杏の木の傍で手を振っている瀬尾に気付く。
笑顔を浮かべて幸枝は大志を置いて駆けだした。
大志はその背中を目で追いながらこう思うのだった。
この世界に俺をつなぎとめてくれているのは君なのかも知れない。
いつかまた加速する世界の入り口で、君に背中を押される日が来るのだろうか。
緩やかな風が黄色い銀杏の葉を揺らす。
雲一つない抜けるような青い空は、小走りに駆ける幸枝に良く似合っていた。
大志は目を細めてそんな幸枝の背中を見つめる。
「せーんぱい」
振り帰らずともトンと、背中を押したその声が誰だか知っている。
横に並んで明るい笑顔を大志に向ける。
「いい天気。なんかいいことありそう」
そして高い空を二人は見上げる。
「ねえ、先輩」
晴香の声は良く通る声だ。
「私達、いいコンビだと思いませんか」
大志はほんの少し考える。
そして悔しいけれどこう応えた。
「ああ、そのとおりだ」
晴香の笑顔がはじけた。
つられて大志も晴れやかな笑顔を見せる。
青い空に映える色づいた街路樹が次の季節を感じさせる。
きっとまた新しい風が吹く。
屈託のない笑顔を見せる晴香の横顔を見ながら、大志はそう思うのだった。
あとがきと感謝
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
「加速する世界の入り口で」は特殊な能力を持った少年が自分自身の不可思議さに直面し戸惑いながら頼もしい相棒にグイグイ牽引されていく、そんなアップテンポな物語となりました。
能力者である主人公、丸井大志は結構地味な性格なのに対し普通の女子高生の相棒、戸成晴香が実は羊の皮を被った狼であるというそんな人物設定です。
多田幸枝に想いを寄せる主人公はこの物語を通して一回り逞しく成長し、とにかく突き進むだけだった相棒もまた様々な経験を経て内面とその才能を著しく成長させました。
この物語では結局、大志、晴香、幸枝、それぞれの恋に決着がつきませんでした。
どこにどのようにこの恋が行きつくのかは、また次の舞台で描きたいと思っています。
それでは皆様、読了頂きありがとうございました。
またお会いできることを楽しみにしております。
ひなたひより




