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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第52話 行きついたその先

 夕日に照らされたビルの屋上。

 大志は非現実的な静止した世界で、もう一人の加速世界の住人と対峙していた。

 大志は狼狽する市川にかまわず、だだっ広い屋上を見渡す。


 ゆきちゃんがいない。


 大志の感情の奥底から熱く煮えたぎる物が湧きあがる。

 大志は市川に向かって突進した。

 市川は突進してくる大志から逃げようとするが、このひらけた空間の中では逃げ場はなかった。

 大志は市川に掴みかかるとそのまま押し倒して馬乗りになった。


「ゆきちゃんはどこだ!」


 血走った目で大志は市川を睨みつけた。


「君の為にやったんだ。君を傷つけるあの女を許せなかったんだ」


 市川の口調は加速世界では滑らかだった。

 大志は市川の襟元を掴んで締めあげる。

 みるみる市川の顔が真っ赤になり目が血走ってくる。


「ゆきちゃんに何をした。言わなければ殺す!」


 脅しではなかった。本気で大志は殺意を持っていた。

 大志は一度締めあげていた手を緩め、市川の気道を開けてやる。


「ゲホゲホゲホ!」


 唾を飛ばしながら咳込んだ市川に、大志は思い切り平手打ちを食らわせた。


「早く言え!」


 頬を真っ赤に腫らした市川に、大志は握りこぶしをふり上げた。


「ま、待ってくれ。言うから頼む」


 市川は腕で顔をかばいながら大志に懇願した。


「あの女は今落下していってるよ」

「なんだって!」


 大志は市川を放って屋上の縁まで走った。

 そして下を覗き込む。


「ゆきちゃん!」


 ここからではどうしようのない程、幸枝の体はかなり下までゆっくりと落下していた。

 大志は踵を返して走り出そうとした。


「ぐうう」


 背中に焼けるような激痛が走った。


「酷いじゃないか丸井君」


 市川の手には血の付いたナイフが握られていた。


「親友の俺よりも、あんな穢らわしい女を取ろうとするなんてがっかりだよ」


 大志は痛みをこらえながら振り返る。

 市川のナイフの届かない所まで回り込むようにして間合いを取った。

 押さえた背中の傷口から相当な出血をしているのが分かる。

 大志は流れ出る血の感触に、自分がそれほど長い時間意識を保っていられないことを冷静に感じていた。

 大志は屋上の縁ギリギリのところでチャンスを待つ。

 市川はじりじりと間合いを詰めて大志を追い詰める。


「君とは上手くやっていけると思ってたのに残念だよ」


 市川の手の中で、血の付いたナイフが夕日に照らされぎらりと光る。

 あの大人しかった少年は、狂気に支配された一匹の怪物と化していた。


「君がいなくなると寂しいけど、これからはこの世界で一人でやっていくよ」


 ギロリと目を剥いて市川がナイフを手に突進してきた。

 この瞬間を大志は待っていた。


 今だ!


 大志はナイフを捌いた刹那、投げに入っていた。


 払い腰。


 技は綺麗に市川を宙に舞わせた。

 市川は屋上の縁を越えて空中に舞った。

 恐怖に目を見開いた市川の体は空中で静止していた。

 正確に言えば、ゆっくりと放物線を描きながら落下し始めたのだった。


 奴の加速が解けたのか。


 大志は背中の痛みをこらえながら下を覗き込んだ。

 依然落下し続けている幸枝を確認し踵を返す。

 そしてもと来た入り口に向かって走り出した。

 背中から流れ出る血で階段を汚しながら、大志は全力で階段を駆け下りた。

 いま意識を失ってしまったら加速は解け、幸枝は地面に激突してしまうだろう。

 大志は歯を食いしばって二階までたどり着いた。


「ゆきちゃん!」


 窓の外に幸枝が見えた。

 大志は急いで窓を開けて手を伸ばす。


 駄目だ届かない。


 下まで降りて受け止めることが出来るだろうか。

 大志は出血により朦朧とし始めた意識の中で決断した。

 窓の縁に足をかけ幸枝の体を受け止めるべく腕を前に伸ばす。


 ゆきちゃん。君が好きだ。


 大志は窓から飛び出した。

 幸枝の体を大志は包むように受け止める。

 そして意識が遠のいていく。


 君だけは絶対に守る。


 大志は最後の力を振り絞り、幸枝が安全になるような態勢を作った。

 そして目の前が真っ暗になった。

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