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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第5話 ある朝の事件

 朝、大志が家を出ると、向かいの家の玄関から幸枝が出てきた。

 何故か大体いつも同じタイミングで出てくる。

 大志が寝坊して遅くなった時でも、幸枝は同じようにバタバタ出てくる事が多かった。


「大ちゃん、おはよう」

「おはよう」


 靴をトントンと履きながら幸枝は大志の横に並ぶ。

 大志は昨日放課後、幸枝と瀬尾がどうなったのか相当気になっていた。

 部活を休む訳にいかず、昨日は幸枝と一緒に帰らなかった。

 報告を受けないまま色々想像してしまい、悶々と一夜を過ごしたのだった。

 そんな気持ちを抱え、くだらない話ばかりしながら学校が近づいてくる。

 大志は気になって仕方がない。


「ゆきちゃん、昨日さ……」


 しびれを切らして大志が口を開くと、幸枝は少し恥ずかしがるような顔をしてへへへと笑った。


「言ったよ。大ちゃんが背中を押してくれたから」


 大志の胸がキューと痛くなる。


「でも、なんか気持ちの整理がつかなくって、まずはお友達からって言ったの。もうちょっと色々お互いに知ってからでいいよねって言ったら納得してくれたんだ」

「ふーん、そうなの……」


 大志の胸の痛みは多少ましになった。しかし勿論お友だちからって体裁は、いずれ付き合う前提だろう。言い換えればそれは入り口で、その先にはお付き合いへと自然に変化する一本道が続いている。

 幸枝はなんだか一皮むけたようにすっきりとしていた。

 一つの経験が、よく見知っている筈の幼馴染を、ほんの少し変えてしまったのだろう。

 幸枝は照れ笑いを浮かべつつ、ちょっとだけ言い出しにくそうに言葉を続けた。


「それで、その、帰りなんだけど……今日瀬尾君と一緒に帰る約束しちゃってそれでね……」


 みなまで言わずとも理解したが、大志の胸はまたキューと痛くなった。


「ごめんね。そう言うわけなの」

「うん。分かった」


 少し申し訳なさそうに、それでいて弾むような口調の幸枝に大志はそう返すだけで精いっぱいだった。



 二人が校門をくぐったとき、学園内で何やらざわついている雰囲気を大志は感じた。

 そのまま玄関口に進む生徒たちの流れが、次第にゆっくりになり、ある時点で止まってしまった。

 停滞してしまった生徒の流れに、一体何があったのかと、背の高い大志はつま先立ちで見極めようとした。

 生徒たちの奥に数名の教師たちの姿が確認できた。先生たちも絡む何かが起こったようだ。

 

「先生たちが生徒を引き留めてるみたいだ」

「何だろう。何かあったのかな」


 幸枝は大志の腕を引いて人だかりの間を縫って進んでいく。


「パトカーだ」


 幸枝がそこに停車してある二台のパトカーを見て声を上げた。


「何があったんだろう」


 数人の教師たちが生徒たちに、別の入口から教室に行くように誘導している。

 ただ事ではない雰囲気を、通りがかる生徒全員が感じ取っていた。



 教室に入ると担任教師の天海順子あまみじゅんこは教壇に立って生徒が揃うのを待っていた。

 しばらくして教室の生徒が揃ったところで担任は口を開いた。


「生徒が一人、校舎から落ちて転落死しました」


 教室がどよめく。

 担任もいくらか動揺しているのだろうが、そこは教師としての落ち着きを見せて、この後の事を淡々と説明した。


「静かにしなさい。今日は折角登校してもらったけど、この後下校してもらいます。明日は一応、時間割どおりです。あまり憶測で余計な噂を広めないように。明日皆には詳しい事を伝えます」



 一斉に生徒が帰ろうとする流れの中、大志を見つけて幸枝は手を振ってきた。

 そのまま人の流れをかき分けて大志と合流する。


「帰ろ」

「瀬尾はいいの?」

「馬鹿ね。そんな浮ついてる雰囲気じゃないでしょ。さっき瀬尾君にはそう言っといた」


 生徒会役員の幸枝は、帰り際に少し先生と話をしたらしい。その話の中に一人の生徒の名前が出てきた事を大志に告げた。


「後藤君らしいよ。落ちたのって」


 その名前は大志にとって、あまり気持ちのいいものではなかった。

 後藤健輔ごとうけんすけ。一年の時同じクラスで、散々のろまと馬鹿にされた思い出したくもない奴。

 クラスが変わってほっとしたが、執拗に弱い者をいたぶる嫌な奴だった。

 死んだと聞いても可哀そうだと全く思わない自分の事を、意外と冷たい奴なんだなと客観的に思った。


「嫌な奴だったけど、死んじゃうなんてね」


 幸枝は言葉の端々に不快感を滲ませながらも、人が一人死んだという事の重みを感じている様だった。

 この時まだ大志は、あの特大ホームランに続いて大きな歯車が回り始めた事に気付いていなかった。

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