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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第49話 幸枝の相談

 球技大会のあった夜。大志は湯船に浸かって疲れた体をほぐしながら忙しかった一日を振り返っていた。


 しかし慌ただしい一日だったな。


 何もかもがすっきりと解決したわけではなかった。

 能力者を突き止めたというだけで、特に何の対策をしたわけでもなかった。

 ただ市川を信用して能力の乱用をしないようにという約束をしただけ。

 それ以外に市川を止める方法があるとすれば、決着をつける以外に無いのだろう。

 お互いに危険な能力を持ち、もし乱用すれば簡単に他人の命すら奪う事が出来る。

 市川を危険だと自分が感じているように、他人から見れば自分も怪物のように見えるのかも知れない。

 これまで大志は自分の能力についてそこまで深刻に考えた事は無く、ちょっと変わった手品みたいなものぐらいに考えていた。

 よくよく考えてみれば、使い方次第でこれほど恐ろしいものは無いと思い知らされたのだった。


 俺も危うく誘惑に負けそうになったし……。


 ちょっとエッチな方向に行きかけてしまった自分を大反省していた。


 女の子にビンタされたし……しかも一日に二回も……。

 前に戸成にひっぱたかれた時はなんでか分からなかったけど、今回の事は完全に俺が悪いな……。

 当分チクチク言われるんだろうなあ、いやだなー。


 幸枝はともかく晴香には事あるごとに言われ続けるだろうと覚悟した。

 風呂から上がり洗面台の鏡で平手打ちの跡が残ってないか確認する。

 ひっぱたかれたのは朝だったので流石に何ともなさそうだった。


 パンツ一枚で自分の部屋に戻ると、普通に幸枝がお茶を飲んでいたので大志は飛び上がった。


「な、なに? なんの用?」

「あ、ごめん!」


 格好が格好だったので幸枝も大志に背中を向けた。


「おばさんが部屋で待ってたらって通してくれて……」

「母さん、いつまで子供のままだって思ってんだ……」


 大志の母が勝手に幸枝を部屋にあげるのは昔っからだった。

 幸枝は相変わらず大志の部屋に勝手に上がり込んでくるが、大志は流石に最近は幸枝の部屋に勝手に入るのは遠慮していた。


「まあいいけど、ちょっと服着ますんで、そのままでいてくれる?」

「うん、ごめんね。これからは気をつけるね」


 大志は部屋着を着てもういいよと幸枝の背中に声を掛けた。


「ちょっと大ちゃんに話したいことあってさ」

「うん。瀬尾の事?」

「えっと、うん。まあそうなんだ」


 大志は座卓を挟んで向かい合って座り、幸枝の話を聞いてやる。


「なんだか慌ただしい一日だったね」

「うん。ホント疲れたよ」


 大志はタオルで短い髪を拭きながら、幸枝が何を話しに来たのか様子を見る。


「今日さ、大ちゃんたちと帰る前にね、瀬尾君に呼び止められて少し話したんだ……」

「うん、それでどうしたんだい?」


 市川とは話を付けたものの、一応気を緩めず、しばらくこのまま三人で行動した方がいいだろうと今日も三人で帰ったのだった。

 もう何日も幸枝は瀬尾と一緒に帰っていない筈だった。


「それでね……」


 幸枝はなんだか話しづらそうだった。


「喧嘩しちゃったんだ……」


 顔を見た時から何だか沈んでいると思っていたが、そういう事だったのか……。


「俺の事避けてるのかって言われて、そんなことないって私は言ったんだけど、瀬尾君すごく怒ってて……今日も一緒に帰れないって言ったらもういいよって帰っちゃって……」


 涙を我慢している様な姿を前に、大志はこの一件のゴタゴタに幸枝を巻き込んでしまった事を後悔していた。


「ごめんゆきちゃん。俺のせいだ。俺のせいで瀬尾にいらない誤解をさせてしまったんだ」

「大ちゃんは悪くないよ。学園内で起こった事件の真相を突き止めて、これから起こるかも知れなかったさらなる事件を未然に防いでくれた。瀬尾君には誤解されたけど私の身を案じてくれてただけだし」

「市川の事、まだ信用するには早いけれども、瀬尾が犯人では無かった事ははっきりしたし、なるべく早く前みたいに戻れるようにおれ頑張るよ」

「うん……」


 幸枝はまだ沈んだままだった。大志は少しでもいつもの元気を取り戻して欲しくて言葉を探す。


「市川の事については俺がしっかり見張っておくよ。それと明日瀬尾と話してみる。俺の能力の事は話せないけど、ゆきちゃんの事、誤解させたままに出来ないからね」

「うん。ありがと」

「安心して。あいつはゆきちゃんの事が好きだから悩んでしまってあんな感じになってるだけなんだ。俺がきっと二人の仲を元に戻して見せるからゆきちゃんは心配しないで」


 やっと幸枝は大志に笑顔を見せた。それは大志の言葉に安心したというよりは、一生懸命気遣ってくれる幼馴染を、これ以上心配させないように配慮したものの様だった。


「ごめんね。大ちゃんだって市川君との事とかで色々悩んでいるのに、私ばっかり話聞いてもらって」

「いいんだよ。ゆきちゃんは特別な親友なんだ。俺はゆきちゃんの為だったらなんだってするよ」


 その言葉は紛れもなく本心だった。幸枝は嬉しかったのか少し頬を紅くしてはにかむ。


「ちょっと照れくさいけど嬉しい。なんだか元気出て来たみたい」

「良かった。ゆきちゃんには元気が似合ってるよ。元気なゆきちゃんが一番だよ」

「へへへ。元気をくれたのは大ちゃんなんだけどね」


 幸枝は胸の内を聞いてもらったからか、先程よりかはすっきりとした顔をしてコップのお茶をぐいと飲み干した。


「なんだか不思議だな。大ちゃんといると安心できる。瀬尾君といる時よりも……」


 呟いたあと幸枝はハッとして慌てて付け足した。


「大ちゃんて聞き上手だよね。つい悩み事とか相談しちゃうんだ。ホントありがとね」

「お安い御用だよ。今日は疲れただろうからゆっくり休むんだよ」

「うん。じゃあそろそろ家に帰ろうかな」

「そうしなよ」

「また明日ね」

「うん。また明日」


 少しは元気になった幸枝を玄関まで見送ってから大志はフーと息を吐いた。


「明日あいつと話さないと……」


 そう呟いて自分も相当疲れていたのか、大志は大きな欠伸をしたのだった。

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