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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第47話 もう一人の能力者

 大志が球技大会に駆け付けた時、もう試合は始まっていた。


「丸井、大丈夫か? どんだけ腹が痛いんだ?」


 遅くなる理由に腹が痛いからと言っておいたせいで、いつもは厳しい体育教師が今日は心配してくれた。


「まあお前はスタメンじゃなかったから試合の方は大丈夫だよ。四回から入れ替えるから今日も前みたいなの頼むぞ」


 体育教師は奇跡の一発を期待しているみたいだった。

 幸枝がその時見に来てくれていれば打てない事もないが、大志にはもうホームランを打つ気は無くなっていた。

 それより今はこの球技大会の後の事を考えていた。



 球技大会は結構もつれにもつれた。

 七回裏同点で迎えた好打順の先陣を切るバッターの背中を、ベンチは祈る様な気持ちで送り出した。

 普通の試合と違い球技大会では七回までしかしない。

 最終回の最初の打席は試合を左右する大事な局面だった。

 大志の視線の先にはバッターボックスに立つ瀬尾の姿がある。 

 大志は複雑な気持ちで瀬尾の後ろ姿をじっと見ていた。


「なあ、あいつ打つと思うか?」


 大志と同じく隣で特に何の働きもせずベンチを温めていた洋介が訊いてきた。


「さあ、どうだろうな」


 大志は洋介の言葉をうわの空で返す。


「スットライーク」


 瀬尾のバットが空を切る。

 瀬尾は大志の見る限り、いつもの調子ではなかった。

 相手投手の球がいいのもあるが、どう見てもタイミングが合っていない感じだった。


「スットライーク」


 球審の声が響く。


「瀬尾! 打て!」

「おまえならできる!」


 チームメイトたちは各々大きな声でエールを送っていた。

 三球目内角に入ってきた甘い球を瀬尾は空振った。


「スットライーク。バッターアウト」


 ベンチの中に幾つものため息が漏れる。

 瀬尾は何だか野球に集中できていない。そんな感じだった。

 うつむいたまま戻ってくる瀬尾を、大志はただじっと見つめていた。



 片山が奇跡のホームランを打ったお陰で、二組は勝ち進む事が出来た。

 野球部の一発に救われたチームは、やっぱりなと言う感じでそこまで盛り上がってはいなかった。

 総当たりの試合で次の相手は三組だった。

 野球部の少ない三組は最初からカモと呼ばれていた事も有り、大志は何の活躍もしなかったがクラスは圧勝した。

 午前中の試合が終わって昼食を挟んでの決勝戦。

 午後からは二勝同士の二組と四組の一騎打ちとなった。

 更衣室になったままの教室には入れず、体育館が解放されてはいるものの、生徒達は各々好きな場所で弁当を広げていた。

 大志も日陰を探してグラウンドの隅で弁当を食べていた。


「と、隣、い、いいかな」


 白いビニール袋を持って現れたのは市川だった。


「ああ、どうぞ」


 大志は手提げ袋を寄せて、市川が座れる場所を空けてやる。

 市川はおずおずと大志の隣に腰を下ろして、ビニール袋から買ってきたサンドイッチを取り出した。


「き、君のクラス、つ、強いね」


 大志は口に入れていた物を飲み込んでから応える。


「四組もだろ。きっといい試合になるよ」

「そ、そうだね……」


 市川はサンドイッチを頬張る。

 頭上の木々が揺れてザワザワと涼し気な音を立てる。差し込む光線が二人の体に光と影の揺らぎを落とす。


「こんな穏やかな陽気なのにな……」


 大志は水筒に口を付けてのどを潤す。

 そして強い日差しに照らされたグラウンドを、ぼんやりと眺めながら言った。


「どうしてあんな事をしたんだ。市川」


 サンドイッチをもう一口齧ろうとしていた市川の手が止まった。

 目を見開いて大志を見る。


「な、何の事かな」


 大志は弁当箱を置いて市川を静かに見る。


「君が加速している事を知ってるんだ……胡麻化す必要はない。話してくれないか」


 大志の声は落ち着いていた。市川の大きく見開かれていた目はやがて落ち着きを取り戻した。


「き、君もだよね。ま、丸井君」

「そうだ。俺も君と同じだ」


 大志はまたグラウンドに何を見る訳でもなく視線を向ける。そうすることで市川が話し易くなるのだと思ったからだった。


「後藤を殺したな」


 市川はサンドイッチを手にしたまま黙り込む。


「山崎もそれからあの二人も君がやったんだろ」


 大志の口調は静かだったが冷たさをはらんでいた。


「そして俺の友達にも手を出した」


 その一言で市川は食べるのをやめ、サンドイッチを袋にしまった。


「そ、それはごめん。わ、悪気は無かったんだ」


 大志は唇を噛んだ。


「悪気が無いのにあんなことが出来るのか」


 必死で怒りを抑えているのが大志の口調には表れていた。


「ほ、本当なんだ。し、信じてくれよ」


 市川は弁解するように続ける。


「ま、丸井君の友達に危害なんて、く、加えないよ。あ、あの時もあの子を下の階で、う、受け止めようとしてたんだ」


 大志は思い出した。晴香が屋上から落ちた時、降りて行った四階に市川の姿が有った事を。


「色々探ってたからちょっと脅かしてやろうと、お、思っただけだよ」


 大志はこぶしを握り締めた。


「何考えてんだ。そんなことしていい訳ないだろ!」

「ご、ごめん。でも車の事故の時、き、君を助けたのは、お、俺だよ」

「え?」

「は、撥ねられたよね。落下点をずらして溝にはまるように、し、したんだ」


 確かにあんな事故であの程度の怪我は奇跡だとは思ってはいた。

 加速能力者が干渉していたとしたらつじつまが合う。


「それは礼を言うよ。でもゆきちゃんに手を出したのは許せない」

「き、君の為を思って、や、やったんじゃないか」

「?」

「せ、瀬尾と、つ、つきあってるのに君にあんな態度を、と、とるなんてゆ、許せない」

「ちょっと待て。何か勘違いしてるよな」


 市川が何か思い違いをしているのを改めようと、大志は口を挟んだ。


「俺とゆきちゃんは幼馴染だ。瀬尾と付き合ったってそれって普通の事なんだよ」

「う、嘘だ」


 市川は首を大きく横に振った。


「き、君は多田さんに好意を持ってるんだろ、わ、分かるんだ。き、君の辛そうな顔を見ていられないんだ。だって、と、友達だから」


 市川はずっとしまっていた物を吐き出すように、大志にかまわず話し続けた。


「き、きっとこの世界でお互いを分かり合えるのは、き、君と俺だけなんだ。ほ、本当の友達なんだ」

「この間知り合ったばかりだろ? 飛躍しすぎじゃないか?」


 市川はまた大きく首を横に振った。


「き、君は後藤が死んで良かったって、い、言ってたじゃないか。お、俺と君は一緒だよ」


 市川のその言葉に大志は何も言い返せなかった。確かに後藤が死んだと聞かされても当然の報いだと何の痛みも感じなかった。

 そして山崎とあの二人の時も同じ様に心を痛めたりしなかった。


「それでもゆきちゃんに危害を加えようとしたのは間違っている。もしまだ同じことをするのなら俺は君の敵になるしかない」

「分かった。もうしないよ……」


 大志の本気を感じ取ってか、市川は小さな声でそう言って頷いた。

 大志は少し緊張を解いて大きく息を吐く。


「それと覗きは止めとけよな」

「な、なんで、そ、それを……」


 市川は赤面して口ごもる。


「まあ、それは男のロマンみたいなもんだから目をつぶるけどさ……」


 それについては危うく大志も誘惑に負けかけた。


「俺は君の言う様に後藤や山崎の事を何とも思っていないのかも知れない。でも力のある者が弱いものを踏みにじっていいとは思わない。君だってあいつらにそうされて苦しんできたんだろ。加速能力をそんな事に使うのは止めてくれ」


 市川は膝を抱えて下を向く。


「ま、丸井君が、そ、そう言うのなら……」


 大志はその言葉を聞いてほっとした。

 意外と素直な返事を返した市川に、大志は気になっていたもう一つの質問を投げかけた。


「いつから俺が能力者って気付いてたんだい?」

「と、特大ホームランを打った時さ」

「あれだけで?」

「た、多分そうだろうと思ってた。そ、それで親しみを感じてさ……」


 成る程なと納得した。


「なあ、市川、君はいつでも加速できるのかい?」

「うん。出来るよ。君もそうだろ」

「あ、ああ、それでどうやってるんだい」


 大志は言葉を濁して市川の能力を探り出そうとした。


「どうやってるって、ひ、引き金の事かい? な、何となくだよ……あ、あいつらにしつこくやられて、あ、ある時加速したんだ。その時の事を、お、思いだすだけで加速できるんだ」


 大志は市川が自分の意志で能力を発動できる事を知った。


「なあ、市川」

「な、なに?」

「これからはいい事に力を使ってみないか」


 市川は顔を上げて大志を見る。その表情は少し柔らかく見えた。


「そ、そうだね、き、君が言うなら」


 大志は脇に置いていた弁当にまた手を伸ばして食べ始めた。

 市川も食べかけのサンドイッチを袋から取り出して一齧りした。

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