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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第45話 たこ焼きパーティー2

「うんまい」


 晴香の高評価に大志はちょっとほっとしていた。

 何だか相当期待していたみたいだったので、プレッシャーを多少感じていたのだった。


「ちょっとソースにこだわってんだ。市販のやつに幾つか足して有るんだけどなかなかいけるだろ」

「美味しい。おばちゃんのやつに迫ってるわ」

「あのおばちゃん、もう二十年ぐらいやってるんだ。今の発言はおばちゃんに失礼だな」

「先輩、なかなかのやり手だよ。おばちゃんの後継者になったら?」

「俺はたこ焼きより大学に行きたいの。それにおばちゃんのたこ焼きには何の秘伝もないから誰でも後を継げるよ」

「先輩だって結構失礼な発言してるじゃない」


 可笑しそうに談笑している二人の話を、幸枝は少し複雑な笑みを浮かべながら耳を傾けていた。

 その何とも言えないものが幸枝と瀬尾に大志が向けていたものと同じかは分からない。

 幸枝は再び焼き始めた小さなたこ焼き器に慣れた手つきで向かい合いながら、大志の変わらぬ穏やかな顔を時々見るのだった。


「食べたー」


 晴香はもう満足ですと態度で示した。


「先輩ありがとう。私大満足だよ」

「そりゃどうも」


 へへへと大志は頭を掻いた。


「ゆきちゃんはたまに食べてるから慣れっこだよね」


 幸枝は時々大志の焼くたこ焼きを食べていた。家族に混ざっての時もあったし、二人の時もあった。


「大ちゃんは戸成さんが言う様にホント美味しく作るね。おばちゃんの所でお金を落とすの勿体なくなっちゃうんだ」

「そうかい、そりゃどうも」


 大志はまた褒められてへへへと照れた。


「あれ、大ちゃん袖にソースついてるよ」


 幸枝が手元のおしぼりを手に腰を上げる。


「え? どこ?」

「右の袖。そうそこ」


 幸枝は大志の手を取って裏返すとおしぼりで拭いてやった。

 晴香はそんな二人を妬まし気に見る。


「やっちゃったね。洗濯するとき洗剤に漬けてからの方がいいよ」

「あ、しまった」


 大志はカーペットに目をやって顔をしかめた。


「こっちにもついてる。袖のやつがついたみたいだ」


 大志は他に無いか周りを見回す。

 他には付いていない事を確認し、カーペットの汚れをおしぼりで何とかしようと大志は奮闘する。


「これって使えないかな」


 晴香がぽつりと口にした。


「これって?」


 幸枝は晴香がまた何やら思い付いたのを感じて尋ねた。


「先輩がソース付けちゃったのって知らない間でしたよね」

「そうね。いつの間にか袖についててカーペットにも被害が……」

「教授の言ってた事思いだしたんです。カラーボールを投げつけたらって言ってましたよね」

「ああ、あの事ね。加速している人に目印を付けるってやつね」


 大志も晴香が熱く語り始めたので、カーペットを諦めて聞くことにした。


「加速している先輩がカラーボールを投げるっていうのは可能だと思いますけど、先輩に頼らず私達普通の人が何かできないかなって考えてたんです」

「ふーん、それで?」

「加速している相手に知らない間に印をつける。今のソースみたいに可能じゃないかって思うんです」

「ん-いまいち分からないな。どうするつもりなの?」

「必ず接触するところに罠を仕掛けとくんですよ」


 晴香はフフフと不気味に笑った。


「名付けてべたべたソース作戦」

「やる前から失敗しそうな作戦に聞こえるな」


 その名前を聞いただけで大志はちょっと不安になった。

 晴香が命名したお気楽な名前の作戦はこうして動き出したのだった。



 買ってきたジュースを飲みながら、あんまり緊張感のない打ち合わせを二時間もした。

 大志は晴香の計画を漸く理解し、粗削りではあったがよくひねり出したなと一応は感心した。

 計画の内容はざっとこんな感じだった。

 まず相手が加速してこちらに何らかの接触をしてくるよう誘いをかける。

 加速している相手は視認する事は出来ないが、空を飛べる訳ではないので歩いて、あるいは走ってやってくる筈である。

 床と靴裏は必ず接触している状態なので、それと分かる物を床に仕掛けておき踏ませる。

 そして先日確認したメンバーの靴裏を確認する。

 晴香は結構自信ありげだったが、この計画にはいくつか問題点が有った。


「なあ戸成、最初にどうやっておびき寄せるんだ?」

「それはこれから三人で知恵を出し合うんですよ。私ばっかりに頼らないで下さい」


 その辺はなんも考えてなかったって事だな。


 それから三人とも腕を組んで頭を捻った。しかし全く何にも浮かんでこなかった。


「食べ物で釣るってのはどう?」


 いい加減考えるのに疲れたのか、晴香が思い付きを口にした。


「正気か? もしそれでのこのこやってくる奴なら大馬鹿野郎だよ。大体食いもんの嗜好が分からないだろ」

「ちょっと思いつきを言っただけなのに何よ。じゃあ先輩がいい案言ってみなさいよ」

「それはちょっと待って」

「何よ。私は少なくとも提案はしたわよ。五秒以内に答えて」

「無理ゆうなよ」

「いーち」

「えー、なんだ、よしこれだ。悪口をネットに書き込んで怒って乗り込んできた所を罠にかける」

「ブッブー」


 晴香はやや唾を飛ばしながら腕で大きくバツ印を作った。


「残念。それ見るかどうかも分からないじゃない」

「五秒じゃ無理だよ。もっと時間くれよ」

「先輩だったら女子更衣室に罠を仕掛けといたら簡単にかかりそうだけど」

「大ちゃんってそうなの?」


 幸枝が真面目に訊いてきた。


「な訳ないだろ。こいつが勝手に言ってるだけ。俺の印象悪くするのやめてくれよな」

「男はみんな狼だって誰かが言ってた。多田先輩も気をつけてね」

「うん。分かった」

「分かったじゃないよ。全く……」


 大志はまた晴香のペースになっているなと頭のどこかで考えていた。

 幸枝がじっと大志の顔を見ている。


「ん、ゆきちゃんどうしたの?」

「え、いや、変なこと思いついちゃって」


 幸枝は胡麻化すように笑った。


「何でもいいんですよ。丸井先輩だってしょうもない案しか浮かばなかったんだから」

「しょうもなくて悪かったな」

「私のはもっとしょうもないかも」

「いいですよ。軽い気持ちではいどうぞ」


 晴香に乗せられて、幸枝はようやく口を開いた。


「ホントに女子の着替えを覗きに来たりしないかしら」


 その言葉に余程びっくりしたのか、大志も晴香も大きな口を開けて固まった。

 冗談だと受け取ったものの、大志はそう考えた動機を聞いてみたくなった。


「ゆきちゃんってすごい事考えるね。そんなやらしい奴かな?」


 幸枝は赤面しながらへへへと笑った。


「案外しょうもないことに能力を使ってるかも知れないなって思ったの。男の子ってそういうの関心あるらしいし。それにちょっと気になることがあって……」


 何か引っ掛かっている。幸枝はそんな顔をしていた。


「気になる事?」


 大志は続きを聞こうとしたが、幸枝はそれを話すべきか少し迷っているみたいだった。


「何でもいいんで思いついた事を言ってください。数打ちゃ当たるって言葉もあります」


 晴香が薦めてくるので、幸枝はちょっと恥ずかし気に話し始めた。


「戸成さんは聞いたことない? 近頃更衣室で変な噂が有るのを」

「え? 何かあるんですか?」

「うん。最近ちょっと女子の着替えを誰かに覗かれてるってチラホラ噂が立ってるの」

「ホントに? 大胆不敵な野郎だ。誰なんだそいつ。許せん」


 大志は何だか鼻息荒く憤慨しだした。


「いや、何の根拠もない噂だよ。着替えている最中に誰かに見られてる感じがしたとか、知らないうちに少しドアが開いてて誰かいるのかと見てみたけど誰もいなかったとか、多分気のせいだってみんな言ってる」


 晴香は幸枝の話を聞いているうちに、大志に疑いの視線を向け始めた。


「なに? ひょっとして俺の事疑ってる?」

「先輩だったらその気になれば……」

「いやいやいや、ナイナイ。そんな畜生に俺が見えるか?」


 幸枝と晴香の視線が大志に注がれる。


「お、俺はそんなことしないぞ。健全な高校生なんだ」

「動揺してるわね。私の見立てでは先輩は黒ね」

「罠を仕掛けたら大ちゃんがかかってたりして……」

「女の敵だわ」


 何だか風向きがおかしくなってきたので大志は猛抗議した。


「何言ってるんだよ。俺みたいな善良な高校生はいないって。ほらこの澄み切った穢れのない目を見てくれ」


 二人は値踏みするかのように大志の目を覗き込んだ。


「いまいち信用できない目だわ……」


 幸枝はかなりい怪しいと判断した。


「やったとも見えなくはない。でも多田先輩が引き金を引いてないなら違うんだろうな……」


 そう言いつつも晴香は九分九厘、大志が犯人だと確信している目をしていた。


「大ちゃんじゃないと仮定して話を進めましょうよ。でないと前に進めないよ」

「そうですよね。仕方ない」


 俺じゃないと仮定してって、俺がやったって前提じゃないか。


 言いたい事は色々あったが、早くこの話題から離れたくて黙っていることにした。

 まだ二人は突き刺す様な視線を大志に向け続けている。

 たこ焼きをご馳走して挙句の果てに女の敵にされた大志であった。

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