第44話 たこ焼きパーティー1
土曜日のお昼前、晴香はそこのコンビニで買ったばかりのペットボトルを持参して大志の家に現れた。
そろそろ来る頃だと待っていた大志は、晴香を自分の部屋に招き入れた。
「わあ」
部屋に入ってすぐ、晴香は座卓の上に鎮座しているコンパクトなたこ焼き専用機に注目した。
「もう焼くだけなんだ。セッティングは完璧だよ」
「食べ放題だ。やった!」
晴香は相当上機嫌だった。
「まだお昼には早いけど、もう始めるか?」
「やろうやろう。早めに始めて遅くまで食べるんだ」
「なんだか朝飯抜いてきた勢いだな」
「バレたか」
「ホントか! 冗談のつもりだったのに」
晴香の待ちきれなさそうな態度を見て、大志はたこ焼き器の電源を入れた。
「鉄板があったまるまでちょっとかかるんだ」
「ふんふん。なるほどね」
「じゃあゆきちゃんを呼ぶよ」
「え!」
「三人一緒の方がいいだろ。この間そう言ったじゃないか」
晴香は露骨に嫌な顔をした。
「おいおい、分け前が減るって顔してるな。大丈夫だって、いっぱい用意してあるって」
大志は晴香の心情を無邪気に逆なでする。
「私、そんな食い意地はってません!」
「今、朝飯抜いてきたって言ったじゃないか」
「そうだけど……」
ふくれっ面の晴香にかまわず大志は携帯で連絡を入れた。
そうこうしている間に幸枝が部屋に入ってきた。
「やった。食べ放題ね」
晴香と殆ど同じ第一声だった。
「コーラ持ってきた。あ、戸成さんはオレンジジュース持ってきたの?」
晴香は飲み物持参で現れた幸枝に不満顔で返す。
「私はオレンジ派なんです。コーラはあんまし好きじゃない」
「なに? なんか怒ってない?」
幸枝は晴香の様子を感じ取って苦笑した。
「分け前が減るのを嫌がってるんだ。困ったやつだよ」
「そうなの? じゃあ私は遠慮しながら食べるね」
晴香はいつの間にか意地汚い奴にされて完全に不貞腐れた。
「いいからさっさと焼きなさいよ!」
「怒るなよ。お前も手伝えよ」
こうしてたこ焼きの食べ放題が始まった。
大志が加速世界であの正体不明の相手を追い詰めて以降、三人の身の回りに特に変わった事は起こらなかった。
こちらが警戒している様に相手も反撃を警戒して、そう簡単に手出しできないという事なのだろうと解釈していた。
大志は昨日の昼休み、晴香と二人で話し合った謎の加速能力者の正体の事がやはり気になっていた。
動機を勘案して容疑者を三人に絞った今でも、あの時靴箱にいた十人全員嫌疑は晴れておらず、その中の一人がいつ次の事件を引き起こすのかと気が休まらなかった。
今日は食べ終わった後、その中で一体誰が加速していたのかをどう探っていくか話し合いたかった。
だが取り敢えず今は、三人ともたこ焼きを焼く事に集中していた。
目の前でさっき流し込んだ生地が、ジュウと焼ける音をさせつついい匂いをさせている。
二人の前で大志は得意げに、小さく切ったタコ、紅ショウガ、ネギ、天かすの順に器用に放り込んでいく。
晴香は目の前のなかなか手際のいい大志に感心しながら、自分の出番を待っている。
「まあ、ちょっと待て。下が焼けてきてからじゃないと回せないんだ」
大志は手元の竹串で広がった生地に線を描くように切れ目を入れて、余った余計な生地を丸い部分に器用に集める。
「こんな感じ。やってみる?」
晴香はやっと出番が来たと、手にした竹串を突っ込んだ。
「俺の真似してやってみなよ。こんな感じだ」
晴香は大志の後に続いて竹串を動かす。
「あんまし力入れない方がいい。戸成の竹串段々曲がって来てるだろ」
「あ、ほんとだ」
大志の竹串はまっすぐのままだったが晴香のは反り始めていた。
「最初はそうなるんだ。力を入れないのがちょっとしたコツだよ」
晴香は集中して生地を丸い部分に集める。
「それじゃあひっくり返すよ。ちょっと見といて」
大志は竹串の先を少し角度を付けて突っ込むと、丸い部分に沿わすようにくるりと回転させた。
「え? 今どうやったの?」
大志はニコニコ笑いながらもう一つ回転させる。
「こんな感じで半分ぐらい回して、しばらくしてからもう半分。そのうちにまん丸になるんだ」
「やっていい?」
「ああ練習しないとな」
晴香はなかなか上手くでき無さそうだったが何とか形にした。
そして多少いびつさはあるものの、最初のたこ焼きは無事に出来上がったみたいだった。
「出来た」
晴香は多少いびつな自分の焼き上げたたこ焼きを誇らしげに眺める。
「あとは串で突いて取って食べるだけだよ」
大志が先に幾つか取って見せると、晴香も同じ様にお皿にたこ焼きを盛りつけた。
「すごい。本当に出来上がった」
さっきまで不機嫌だった晴香はどこかに行ってしまったようだった。
幸枝も大志の焼いたたこ焼きをお皿に幾つか取る。
「先輩、写真撮っていい?」
「勿論いいけど、その前にソースかけとかないか?」
「じゃ、ソースの前に一枚っと」
晴香はあの一眼レフを鞄から出して写真を撮った。
「あれ? それ報道部のやつじゃないのか?」
「これは私のカメラなんです。結構いいやつなんですよ」
そう言う晴香はちょっと自慢気だった。
「じゃあ次はソースをかけてからっと」
ソースを多めに垂らして、青のり、鰹節でデコレーションするとそれらしくなった。
晴香は角度を変えて何枚も写真を撮った。
「そろそろ食べないか?」
「もう一枚」
そう言って晴香は幸枝にカメラを渡した。
「私がたこ焼きの乗ったお皿持ってるとこ撮って欲しいんですけど」
「勿論いいわよ。シャッターボタンはこれね」
幸枝はカメラを構える。
「丸井先輩」
晴香は大志を見ないで声をかける。
「写真に入っていいですよ。先輩の家で作ったって雰囲気出したいんで」
「はいはい。じゃあ入れてもらいますかね」
大志も晴香と同じようにたこ焼きの乗ったお皿を胸の前に持った。
パシャ。
幸枝がファインダー越しに見た晴香はとても嬉しそうだった。




