第43話 被疑者のリスト
翌日、瀬尾に悪いと思いながらも、大志は幸枝の安全を優先し、出来るだけ一緒にいるようにしていた。
瀬尾があそこにいたのはたまたまだろうが、一応念のため幸枝からは遠ざけておいた方がいいだろうと考えたのだった。
休み時間もクラスの違う幸枝の様子を覗きに行く。
声をかける訳ではないが、幸枝はたいがい大志に気付いて教室から出てきた。
「大ちゃんなあに? ちょっと心配し過ぎじゃない?」
「そうかも知れないけど、気になって」
大志は幸枝に二度と昨日のような事が起こらない様にと、朝から緊張していた。
加速している相手は視認できない。事が起こってから加速する大志の方がどうしても不利だった。
そう考えると、べったりくっついているぐらいで丁度いいのかも知れない。
瀬尾が変に取らなければいいんだけど……。
昨日教授が最後に言ってた事がやはり気になっていた。
今目の前にいる幸枝の目に、自分は弟の様な存在として映っているのだろう。
そして自分も幸枝を大切な姉のような存在だと思っている。
教授が言った愛と言う動機が引き金だとするならば、家族同然の付き合いをしてきた幸枝にも恋愛とは違った愛情があるに違いない。
大志は幸枝を傷つけようとしたあいつを許す事は出来なかった。
もしあの時あの人影に追いついていたら、自分はあの加速世界の中でどうしたのだろうか。
誰も視認できない、この世界のルールが届かないあの場所で、あいつが不良たちにしたような仕打ちを自分もしてしまっていたのだろうか。
もしそれをしなければいけないのだとしても……。
大志は幸枝のいつもと変わらないふんわりとした笑顔に目を向ける。
キーンコーンカーン……。
そして始業のベルが鳴った。
「じゃあね、大ちゃん」
大志は手を振って教室に戻って行く幸枝を見送る。
そんな大志の頭を、いつの間にか後ろにいた次の教科の教師がポンポンと叩く。
「なに青春やってんだ、早く教室に入れ」
自分の世界に浸っていた大志は、不意に指摘され赤面してしまったのだった。
昼休み、弁当を食べ終える前に教室の入り口で晴香が手招きしていることに大志は気付いた。
目が合ってしまい、大志はしぶしぶ分かったと合図を送る。
「ゆっくり弁当ぐらい食べさせてくれよ……」
大志はブツブツ言いつつも急いで残りをかき込んだ。
晴香はまたあの分室に大志を引っ張って行くと、早速ファイルを開いて大志に一枚のコピーを手渡した。
「これは?」
「昨日の靴箱にいた男子生徒十人のリストです。それとその中から現時点で疑わしい三人を絞ってみました」
「もうそこまでやったのか? おまえちゃんと授業出てるか?」
見た目はちょっと小柄で勝気な普通の女子高生だが、中身は凄いやつだった。
軽自動車にレーシングカーのエンジンを載せている様な晴香に、あらためて尊敬のまなざしを向けた。
ひょっとしたら時々加速できる俺なんかより、よっぽどこいつの方が超人なんじゃないか……。
そんな事を考えつつ、手渡されたコピーに目をとおす。
ある部分で目を留めた大志の顔が急に険しくなった。
「疑いのある三人って、この三人に間違いないのか?」
「はい。ちゃんと調査してウラを取ってあります」
晴香の作成した被疑者のリストには瀬尾の名前があり、そしてあの市川の名前もあった。
もう一人は加藤という名前で大志の知らない生徒だった。
「ゆきちゃんと付き合ってる瀬尾が、ゆきちゃんに危害を加える訳ないと思うんだけど」
「それは先輩の主観ですよね。そこに在るリストの三名を私が選んだのはあくまでも客観的な視点から判断した結果です」
「詳しく聞かせてくれないか?」
「ええ。勿論。その三人にはまず今回の一連の事件を引き起こす動機があります」
「動機って、殺人を犯す程のか?」
大志は十人のうちの三人も疑わしい者がいる事にすでに驚いていたのだが、動機があると聞かされ耳を疑った。
「まあ聞いて下さいよ。まず加藤正弘、この男は三年生の不良グループのメンバーで、かつては後藤や山崎たちとつるんでいた奴なんですが、内輪もめをしてからかなり険悪な関係になっていたらしいんです。ばったり校外で会ったときに喧嘩になって、相当ボコボコに加藤の方がやられたって聞きました」
「成る程それなら動機は完璧だな」
大志は腕組みしながら何度も頷いた。しかしどうやって調べたんだろう。そっちの方にも興味が湧いてきた。
「それからこの前山崎たちに絡まれていた市川文則、彼は二年になってからあの連中に陰湿ないじめを何度となくされていたみたいです。十分な動機になりますね」
「確かにそうだな」
市川の気持ちは同じような経験をした大志にもよく分かった。しかしあの気弱そうな市川が、あのような悲惨な事を出来るのだろうかと大志は渋い顔をした。
「最期に瀬尾隆史、彼は一見あいつらとの接点が見当たりませんが調べていると幾つか気になるところがありました」
「気になるところ?」
大志の知る限り、爽やかで人当たりのいい瀬尾が今まで不良グループと揉めている事など無かった筈だ。誰よりもああゆう連中とも当たり障りなくやっていけるのが瀬尾だと大志は思っていた。
「彼は多田先輩と同じく生徒会の役員ですよね」
「ああ。それがどうした?」
「生徒会の中ではあの不良グループの事が何度も議題に上がっているんです」
「というと?」
今一つ理解できていない大志に、晴香は丁寧に説明をしていった。
「校内での喫煙、トイレの落書き、器物の破損、陰湿ないじめによる不登校者の増加、生徒会ではそれらの問題に対応し、後始末をさせられる事に不満の声を上げている者が相当いるんです」
「瀬尾もそんな不満を持っている一人って事か……」
「いいえ、それ以上かも」
晴香の話にはまだ続きがあった。
「今の話、不良グループによる校内の問題を議題にあげているのは大体が瀬尾隆史なんです」
「そうなのか。まあ確かに瀬尾は正義感の強い、ちゃんとしたやつだとは思うけど」
「その正義感があいつらを粛清する大義名分になるって事ないでしょうか」
「まさか……」
否定しつつもそうでは無いと言い切る事は大志には出来なかった。
自分の様に個人的な復讐心を少なからず持っている者よりも、学校や生徒全体の為に行動を起こしもおかしくないと思ってしまったのだった。
「でも、そんなやつがゆきちゃんを傷つけたりしないんじゃないかな。つじつまが合わない」
「最初から先輩が能力者だと分かっていて、先輩の事を探るために多田先輩に近づいたのだとしたら?」
「いやいや、瀬尾は俺の能力が発現する前にゆきちゃんに告白していたんだ。あり得ない」
大志の言うように時系列で整理すると、その考え方には無理があった。それ以上にあの瀬尾が幸枝を裏切る様な事をするとはとても信じがたかった。
「そうでしょうか。先輩の能力が発現する数日前に多田先輩と接触を図っていたというのは出来過ぎている気がします。私達は先輩の能力をまだ殆ど解明できていません。でも瀬尾隆史がずっと前から能力に目覚めていて、もしも能力者を見分ける方法を知っていたとしたら、多田先輩を通して先輩に探りを入れてきていたとしても不思議じゃない」
晴香があくまでも可能性の話をしているだけなのは分かっていたのだが、それでもその可能性は大志の胸に重苦しくのしかかった。
「もし瀬尾隆史が加速能力で粛清しているのだとしたら、それを止めることの出来るのは同じ加速能力者だけですよね。先輩だけがあいつに対抗できる。そう思いませんか」
「それは……確かに……」
「先輩と最も親しい多田先輩に近づいて先輩が自分にとってどれだけの脅威であるのかを探っていた。最も怪しまれない賢い方法だと思いませんか」
そして晴香は大志が最も聞きたくなかった事を口にした。
「多田先輩の恋心を利用して自分に疑いがかからない様に誘導し、優位に事を運んでいるのかも」
大志があまりに深刻そうな表情をしていたせいか、晴香は少し語気を弱めた。
「まあ、とは言っても多田先輩だって先輩の加速能力をそれほど知ってる訳じゃないし、そこまで情報は聞き出せませんよね。推測はこれぐらいにしときましょう」
「そうだな……」
胸の内にあったほんの少しのほころびが次第に大きくなってきつつあるのを大志は感じていた。
昏い疑惑に揺れる胸中で、あの幸枝の明るい笑顔がくもってしまわぬようにと大志は願うのだった。




