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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第41話 頼りになる人

 晴香のタブレットのモニターには、先日のサイン会で二人を歓迎してくれた篠田小五郎教授のニコニコした顔が映っていた。

 大志の部屋で晴香が早速オンラインで繋いだのだった。

 携帯で連絡を取った後、すぐに快諾してくれて三分後にはこの状態になっていた。


 この人結構暇なんだな……。


 大志は相変わらず愛想のいい教授に、モニター越しに挨拶をした。


「お忙しいところすみません。先日お世話になりました丸井です」

「おお。丸井君。元気そうじゃないか。おや? 今日はもう一人増えてるみたいだが……」


 教授は晴香の後ろで大志と並んでいた幸枝に興味を持ったみたいだ。

 すかさず晴香が滑らかにしゃべりだす。


「こちらは我が校の生徒会役員です。教授の理論に共感した新しい仲間なんです。はい、自己紹介して」


 振られて幸枝は笑顔を作って頭をぺこりと下げた。


「多田幸枝です。宜しくお願いします」

「東北大学、理工学部教授、篠田小五郎です」


 新人の参入に教授はなんだか感動している様だった。


「多田先輩は教授のお話を聞けるって楽しみにしてたんですよ」


 晴香の言葉で教授はポッと紅くなる。


「おおお、そうですか。私の理論に共感して下さるとは……」


 目にうっすら涙が光ってる。

 察するに普段あまり周りから相手にされていない様だ。

 そこにすかさず晴香の急所を突くとどめの一撃が、純真無垢な教授の心を射抜く。


「ごめんなさい。教授がお忙しいのは分かってるんですけど私達どうしても知的好奇心を抑えきれなくって……一刻も早く貴重なお話が聞きたくってこうして集まったんです。失礼をお許しください」


 今ので教授は晴香の言いなりになった。


「何なりと聞いてください。もう何でも応えちゃうからねっ」


 なんて奴だ。完全に教授が手玉に取られてる。

 そう思いつつ、ひょっとして俺もかと怖くなった。


「じゃあ早速。まず教授の加速理論では加速する人間が存在したとしてもおかしくないんでしたよね」

「そうだよ。個体が持つ時間の流れに個体差が有る限り、そういう人間がいないとは言い切れないんだ」

「では加速できる人間がいると仮定して、その加速をしている状態の人間が別の加速している人間と出会ってしまったらどうなるんでしょうか?」


 教授は一瞬目を細めた。


「君はなかなか鋭い子だとは思っていたけどまた驚かされたよ。その事については最近私も考えだしたところだったんだ」


 それを聞いて大志と晴香は内心がっかりした。


「では教授もこれからお調べになるんですね」

「まあ、計算はこれからだね。でも頭の中にどういうものかという形はもう出来上がってるんだ……」


 教授はカメラ越しに大志達の反応を窺っている。


「聞きたいかね?」


 教授は聞きたいと言って欲しくておねだりしている様だった。


 ちょっと可愛いじゃないか。


 大志は不覚にも女子以外のいいおっさんにそう思ってしまった。


「聞きたいですう」


 晴香が両手を胸の前で握りしめて教授にご馳走した。

 真似して大志と幸枝も恥ずかしがりながら同じポーズをとる。


「と、特別だよ。君達にだけだからねっ」


 教授は酒でも飲んだのかというぐらいに頬を紅く染めた。


「加速している人間はいわば加速世界という物理のことわりを超越した空間に迷い込んでしまう。もし同時に同じような能力者がその世界に侵入した場合、お互いにその相手だけが日常と同じ感覚で動き回っている様に視える筈だ」


 それは大志が体感したものと同じだった。


「加速している者同士出会った場合、仮にそれが敵同士だったら優劣はつくのでしょうか」


 大志は一番気になっている事を尋ねてみた。


「加速世界で戦うとなると単純に通常の状態で強い者の方が有利だろう。加速してもその体が持つ力自体は同じだからね。当然武器を持っていた場合は別だけどね」


 大志は体も大きいし力だけはある。逃げ出した相手は大志よりも小柄な感じだった。


「武器と言っても拳銃だと加速世界では使えない筈だよ。武器は基本静止した状態だから弾丸は発射されない。単純なナイフなどの武器が有効だと思う」


 晴香は真剣な表情でそこまで聞いた後、実用的な質問を投げかけた。


「顔を知らない加速した者同士が追いかけっこをして、一方が相手を追い詰めたとしたと仮定して、その相手が複数の人間に紛れてしまったらどうやって見分けたらいいと思いますか?」

「それは単純な事だよ。もし加速している状態のまま紛れたのなら相手の質量はそのままだ。加速していない個体は全て軽くなってるから手で押せばすぐに分かる」

「なるほど……」

「それと加速していない個体は一見息もしていないし心臓の鼓動も感じられない筈だ。それは加速している個体が遅すぎる個体の生命活動を感じられないだけなんだけどね」

「もし加速を解いて人の中に紛れてしまったとしたら?」


 その晴香の質問に教授は目を閉じて悩み始めた。


「痛いところを突かれたな。そうなると見分けるのは難しいな」


 頼みにしていた教授でも解答を導き出せていない現状に、晴香は分かり易く落胆した。


「まあ、あれだよ。加速中に銀行強盗にカラーボールを投げつけるみたいに目印を入れたらいいんだよ。ははは」


 最後のは冗談だったみたいだ。

 晴香は埒の空かない問題ついてはそこまでにして、もう一つの心配事を教授にぶつけた。


「教授、加速しているのが仮に悪人だったとしたら、加速していない普通の人間が身を守る方法なんて有るんでしょうか?」


 晴香の質問に、教授はモニター越しでもそれと分かるほど、怪訝な顔をした。


「それは物騒だね。加速している者に対抗できるとすれば同じ加速世界にいる者だけだと思うが……」


 そう言いつつも、教授はその先を続けた。


「近づけない様には出来るよ。色々な条件が有るけどね」


 三人は真剣な表情で教授の話に耳を傾ける。


「家にいるときは戸締りをちゃんとやればいい。加速していても鍵のかかった部屋には侵入できない。つまり密室には入ってこれないんだよ」

「そうか。そうですよね」


 単純な解決法に頭が回らなかったことに、晴香は少し悔しがっているように見えた。


「あと、遠く離れる事。例えば加速した人間が私の所に来ようと思えばすぐに来れる。だがそのためには自分の脚で移動するしかないんだ。君達の住む町から私の住む東北まで交通手段無しなんてぞっとするだろ」


 大志はそれを聞いて本当にぞっとした。


「あとは飛行機に乗っている状態とかなら空を飛べない以上、近寄っては来れないよね。もっと単純なものなら、加速している敵が考え付かない所に隠れていればいい。それぐらいかな。どうだい面白かっただろう?」

「ええ、とっても。流石教授です」


 話を聞き終えて、晴香は可愛く笑顔を見せた。


「本当にありがとうございました。でも最後に一つだけ聞いていいですか?」


 晴香の問いかけに、勿論教授は喜んで頷いた。


「加速するきっかけって色々あるとおっしゃっていましたけど、そもそも加速する者にとって引き金ってどういう意味が有ってどうしてそれを引き起こすんでしょうか」


 大志は幸枝の方をちらりと見た。


 確かになんで俺の引き金はゆきちゃんなんだろうか?


 そういえば、今まで引き金がこの幼馴染であることの意味を、大志は掘り下げて考えていなかった。

 そしてモニターの向こうで、教授はそのことについて解説を始めた。


「あくまで推測だよ。これは人間の心理の問題で私の専門ではないんだ」


 教授はそう言いながらも雄弁だった。


「引き金はその人間の最も強い欲望やこだわりである場合が多い。加速世界に入るという事はある意味、人間の自然界で出来る限界を超える事なんだ。それはそんな容易なものではない。その限界点を超えるほどの動機を持つ何かでなければ引き金とはならない」

「限界点を超える動機ですか……」

「人間には強烈な自分でも押さえられないような感情が有る。例えば怒り、憎しみ、そう言った負の感情も引き金となりうるだろう」


 そして教授は、最後に大志の胸に突き刺さる言葉を残したのだった。


「でもそういったものは引き金になって欲しくないな。私は結構ロマンチストでね、引き金になりうる感情は愛であって欲しいんだよ」


 この一言で大志の胸は何故か軽くなった。しかし同時に痛みも憶えたのだった。

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