第40話 カミングアウト
大志は加速できる能力者が自分だけでは無い事を知った。
そしてそのもう一人の能力者が危険な人物であると言う事も。
大志と晴香はこの件から手を引こうと一度は決めたものの、標的として幸枝が狙われた事で、ただ黙って行動しない訳にはいかなくなってしまった。
能力者が逃げ込んだ場所に瀬尾がいた事も、大志の気がかりになっていた。
幸枝には今まだそこにいただけの瀬尾の事は伏せておくことにした。大志自身も瀬尾がそんな奴では無い事を信じていたし、なにより余計な心配を幸枝にさせたくなかったからだった。
こうなれば一刻も早く相手の身元を特定し、対抗する以外に選択肢は無くなった。
そうなれば瀬尾の嫌疑も晴れ、また二人は元通りの関係に戻れる。
幸枝は大志が加速して助けたので、怪我もなく本人はケロリとしていた。
流石にここまで巻き込んでしまっては加速の事を打ち明ける以外ないと、渋っていた晴香も首を縦に振ったのだった。
そして幸枝と晴香は大志の部屋に来ていた。
学校では今までのように話をしにくくなったので、下校後あらためて大志の部屋でミーティングと言う事になった。
「ゆきちゃんさ……」
言葉が続かない。いざとなると思っていたとおり切りだしにくかった。
それでもここはちゃんと話しとかないと……。
晴香に目をやると、早く言いなさいよと言いたげな雰囲気を出しつつ待っているみたいだった。
大志は大きく息を吐いた後、話し始めた。
「ずっとゆきちゃんに黙っていた事が有るんだ。聞いてくれないか」
幸枝は何時になく真面目顔の大志に戸惑いながらも、姿勢を正して耳を傾ける。
「今日の事、あ、階段を落ちかけた時の事、あれって変な感じじゃなかった?」
そう訊かれて幸枝はそう言えばと首を傾げる。
「なんだか階段を降りようとした時、誰かに押された気がしたんだ。気が付いたら戸成さんの足元にいたし何だったんだろうね」
「後ろから押されたんだと思う」
大志は思い出して奥歯を噛みしめた。
「とっさに助けたのは俺なんだ」
幸枝はまた少し首を傾げて苦笑した。
「やあね。大ちゃんは階段の下にいたじゃない。変なこと言わないでよ」
「本当なんだ。今から証明するよ」
大志は晴香に目配せする。
晴香は一つ頷いた。
「多田先輩、今からちょっとした実験をするんで付き合ってもらえますか?」
「え? なに? 突然」
「携帯持ってますよね」
「持ってるけどそれが何?」
「貸してもらえませんか?」
「いいけど……」
幸枝は警戒しつつ晴香に携帯を渡す。
晴香はそのまま立ちあがった。
そして晴香は部屋の窓を全開にした。家の二階に有る大志の部屋からは丁度向かいの幸枝の部屋の窓が見える。
夕闇迫る住宅街の肌寒い風が少しだけ舞い込んできた。
晴香は大志に目配せしてから小さく頷いた。
「そりゃー!」
掛け声とともに、晴香が幸枝の携帯を窓の外へ投げ捨てた。
「えーっ!」
幸枝は晴香の気ちがいじみた行動に思わず叫んだ。
「何するの!」
慌てて窓から身を乗り出し、どこに落ちてしまったのかきょろきょろと探す。
「信じられない。何考えてんのよ!」
流石に怒り心頭の幸枝は、携帯を探しに部屋を出て行こうとした。
「待って、ゆきちゃん」
大志は落ち着いた声で幸枝を引き留めた後、自分の携帯を取り出して通話ボタンを押した。
幸枝のポケットから着信音が鳴る。
「え? なに!」
幸枝はあたふたしながらポケットから携帯を出した。
「どうして……」
幸枝は今さっき外に向かって投げ捨てられた自分の携帯が、ポケットから出てきた事に目を丸くした。
「こういう事が俺には出来るんだ」
衝撃的な前振りを終えて、大志は自分が加速できる能力者である事を話し始めた。
「聞いた後でも信じられない」
幸枝は説明を最後まで聞き終えてからも呆然としていた。
「戸成さんは知ってたわけね」
「私はしばらく前から。それから先輩の能力の謎を探って二人で色々試行錯誤してました」
「それであの部屋でしょっちゅう会ってたのね」
幸枝の引っ掛かっていたあの部屋の事は一応これで解決した。
しかし大志に特別な能力があるというのは加速している状態が目に見えないという事もあって、信じ切れないまま現状を受け入れる感じになった。
「それと私が能力を発動する引き金って言われてもピンと来なくって」
幸枝の発言に晴香のこめかみがピクリと動いた。
「そんな感じじゃ困るんです。今日みたいな事がまた起こっても知りませんよ」
晴香の口調は結構きつかった。
大志はそれはさて置いて、今後の事を話し合いたかった。
「なあ戸成、これからどうする?」
「そうですよね。まずこれからは出来るだけこの三人は固まって行動しましょう」
大志の見る限り、晴香はもう自分なりの考えをまとめているみたいだった。
「丸井先輩が能力を発動したら相手は逃げ出した訳ですよね。加速している先輩を相手は恐れていると私は見ています。なら引き金である多田先輩が傍にいれば先輩は能力を発揮できる訳だから心強い」
「そうだな。そのとおりだ」
大志はうんうんと頷いた。晴香は調子よくその先を続ける。
「私も先輩たちと一緒なら安心です。それに相手の尻尾を掴むのに、現場にいれば気付く事だってあるかも知れない」
大志はそれを聞いた後、晴香にも具体的な突破法が今のところ無い事を知った。
「何かいい方法を思いつくまでは防戦のみって事だな。何かいいアイデア浮かばないかなー」
大志はもどかしそうに頭を両手で押さえた。
その横で幸枝は当然ながら何も浮かんでいない様子だ。
「そうだ。先輩、我々の顧問に相談しましょうよ」
晴香のひと言で大志は顔を上げた。
「そうだ。その手が有った。こっちには強い味方がいたんだよな」
顔を見合わせて喜び合う大志と晴香を、事情の分かってない幸枝はただ眺めていた。




