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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第4話 されたくない相談

 お昼休み、弁当を食べ終えて給水機の水を飲んでいた大志の背に、誰かが声を掛けてきた。


「なあ、丸井」


 濡れた口元を袖で拭きながら、大志は声をかけてきた相手に少し驚いた。

 今一番気になっていて、それ故にあまり考えたくない相手。瀬尾だった。


「え? なに」


 昨日から瀬尾をジロジロ見ていた大志は、その事で何か言われるのかと身構えた。

 しかし、その爽やかな口元から全く別の話題を聞かされた。


「昨日凄かったな。メジャーリーガーかってみんな言ってたよ」

「そりゃどうも」


 安堵したあと、大志は瀬尾に給水機の前を空けて場所を譲ってやる。


「ああ、俺はいいんだ」


 教室に戻ろうとする大志に、瀬尾はそのまま付いてきた。


「ちょっといいかな。話したい事が有って」


 やっぱり昨日ジロジロ見過ぎていた事なのかな……。


 なんだかあらたまった感じの瀬尾に、あれこれ言い訳を考えながら、大志は後をついて行ったのだった。



 旧校舎裏に誰もいないのを確認した後、瀬尾は大きく息を吐いた。


「ごめん。休み時間使わせちゃって」


 何を言われるのかと構えている大志よりも、瀬尾はやや緊張しているみたいに見えた。

 

「それはいいけど、話って?」

「多田さんの事なんだ」


 幸枝の事をいきなり口にした瀬尾に、大志の胸はドキリと音を立てた。


「ゆきちゃんの? どういうこと」

「あの、実は俺さ……」


 瀬尾は言い出しにくそうにそわそわしている。

 いつも涼し気で余裕が感じられる瀬尾が、こうなっているというのは珍しいのではないだろうか。

 そして瀬尾はようやく続きを口にした。


「この前、彼女に告白したんだ」


 大志は幸枝から相談を受けていたので勿論知っていた。しかしここは聞いていないふりをした方が得策だと考えた。


「ゆきちゃんに? へーそうなんだ」


 そのまま瀬尾も大志も沈黙してしまう。

 瀬尾は大志が見る限り結構必死そうだった。


 やっぱりいい奴かも。 


 またそう思った。


「でも返事が無いんだ……」

「そ、そうなの?」

「うん。まるっきり」


 昨日幸枝と話したので、ひょっとしたら放課後ぐらいに幸枝の方から返事するのかと思っていた矢先だった。


「丸井と多田さんってさ……」


 瀬尾はかなり真剣な表情で、大志の顔を見据えて訊いてきた。


「付き合ったりしてる?」


 聞きにくそうに尋ねてきた瀬尾の言葉にびっくりした大志は、慌てて否定した。


「ゆきちゃんは幼馴染だよ。付き合ってるなんてそんなわけ無い無い」

「そうだよね。俺も前に告白したときに確認したけど、付き合っている人はいないって言ってた」


 瀬尾はまだ深刻な顔をしていた。


「何にも返事くれないって事は、フラれたって事なのかな……」


 昨日の幸枝の反応を見る限り、瀬尾は誤解している様だった。

 何となく事情を知っている大志は、落ち込む瀬尾が気の毒になってきた。


「いや、きっと真剣に考えてるから余計に時間かかってるんだと思うよ。もうちょっと待ってみたら?」

「そうかな……そうかも知れない。そうだと思う」


 瀬尾は少し元気になってきた。


「確かに多田さんなら、丸井の言う様に軽く付き合おうなんて結論を急がないと思う。俺って馬鹿だなぁ」


 どうやら大志のひと言は、瀬尾の胸に丁度刺さったみたいだった。


「ごめん。悪かった。俺待つよ、もう、ずーっと待ち続けるよ。ありがとうな」


 大して話をしたわけではないが、前向きに自己完結できた様だ。

 すっきりとした顔で瀬尾は校舎に戻ろうとした。


「あのさ」


 背を向けた瀬尾に向かって大志は声をかけた。

 この機会に聞いておきたい事があったのだった。


「ゆきちゃんの事だけど……」

「うん。多田さんの事で何か?」

「瀬尾はゆきちゃんの何処がいいわけ?」


 今の言い方を幸枝に聞かれたら怒られそうだなと、言った後で想像してしまった。


「多田さんの? 妙な事を訊くんだな」

「瀬尾はちょっとカッコいいだろ。女の子の友達も多い。わざわざ他のクラスのゆきちゃんにって思ったんだよ」


 大志に訊かれて、瀬尾は少しだけ躊躇ためらった後、口を開いた。


「あの子は特別だよ。他の女子にはない魅力が詰まってる」


 大志はその抽象的な説明を受けてもまるでピンとこなかった。


「ちょっと分からないな」


 瀬尾はまた少し言葉を選ぶ様にしてから口を開いた。


「丸井の事もあるんだ」

「俺の?」


 何を言い出すのかと大志は眉をひそめた。


「丸井には悪いけど、皆から結構からかわれてるよな」

「そうだけどいちいち言わなくていいだろ」

「ごめん。まあ聞いてくれ。デカいだけの役立たずとか、のろまとか、馬鹿とか、結構女子の間でも陰口叩いてる奴いるんだ」

「そうかなーと思ってたけど。傷つくな」


 ここで耳が痛くなるような話題が出てきて、やっぱり瀬尾を引き留めなければ良かったと後悔した。

 これでも大志の心境を察して、できるだけ棘の無いような言葉を選んでいるつもりなのだろう。

 しかし、こっちはもう十分憂鬱な気分になっていた。


「ごめん。もう少し付き合ってくれ」


 まだ続けるのか、こいつちょっと気の利かない奴か。


「そんな中で多田さんだけは丸井の陰口を一切言わないだろ。勿論他の誰の陰口だって聞いたことがない。それと俺聞いちゃったんだ。一年の時にクラス対抗リレーで最下位になったとき……」


 瀬尾は大志が知らない幸枝の話をし始めた。


「体育祭のあと、クラスの女子が散々丸井の事を足を引っ張ったって馬鹿にしていたのに、多田さんが割って入ってきてみんなと大喧嘩したんだ」


 大志はそれを聞いて顔色を変えた。

 幸枝が自分のせいで他人と喧嘩していたことに、大志は全く気付いていなかった。


「自分だって大して速くなかったくせに、一生懸命走った丸井の事そんな風に言う資格ないって。俺、その時はびっくりしちゃったけどすごい尊敬しちゃってさ」


 瀬尾の言葉が本当だという事だけは感じられた。


「いつの間にか好きになってた。あの子は特別なんだ」



 瀬尾の話を聞き終わって、大志はうつろな足取りで教室に戻った。

 瀬尾が本気で幸枝を好きなのだという事を知ってしまって、初めてこのモヤモヤの正体と向き合ったのだった。

 そしてそのモヤモヤの正体は、紛れもなく嫉妬だった。

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