第39話 能力者
大志と晴香は、あの不良三人の真ん中にいた山崎だけが遠くまで跳ね飛ばされた事も、能力者が加速して干渉したとしたら可能であると結論付けていた。
能力者が加速したときに体感する加速世界の中では、物の質量は物理法則を無視して軽くなる。それは大志が晴香を助けた時に最初に感じた事だった。
跳ね飛ばされた三人の内、山崎だけが電柱にぶち当たったのは加速している能力者が力を加えたのだろうと推測できる。
そしてトラックの運転手が一瞬の間に助手席側に30センチ程移動したのは、加速している能力者がドアを開けて運転手を助手席側に移動させたからだと考えれば理屈に合う。
大志は加速している状態ならば、その二つの事をやすやすとやってのける自信が有った。
もし自分と同じ能力者なら誰にも知られる事無くやってのけるだろう。
しかし問題は、能力者の仕業だったとして、それが誰でどうやって止められるかであった。
加速している者を止める手立ては何も思いつかなかった。
「先輩、ねえ先輩」
さっきから晴香が呼んでいた様だった。
「ごめん。考え事してた」
「きっと加速できる能力者の仕業ですよね」
「だと思う……」
「先輩じゃないですよね」
「おれ!?」
大志はそう言われて、びっくりして思わず椅子から立ちあがった。
「お前まさか俺を疑ってるのか?」
「いや、まさかとは思いますけど、先輩以外に加速できる人知らないんで」
確かに晴香の言うとおりだと大志は思った。
加速したとすれば、何時どこにでも現れてやりたいことを出来る。
晴香はしばらく大志を探るような目で見たあと口を開いた。
「先輩じゃあないわ」
「そうだよ。当たり前だろ」
「もし先輩だったらおかしいところいっぱいあるもん。私をかばって車に撥ねられてたし、池に落ちてたし、大体、多田先輩がいないと能力が使えないポンコツだし」
「ポンコツは言い過ぎだぞ」
「だってほんとの事だもん」
晴香が大志を信用してくれている事は分かった。
「この学校にいるんですよね、もう一人の能力者……しかも加速能力を悪用している」
大志は考えた事もなかったが、この能力を悪用すればたいがいの悪い事は出来そうだと思った。誰にも気付かれず人を殺すことも……。
おかしな想像をしてしまい大志は一人で総毛だった。
「なんだか怖いな……知らない間に着替えとか覗かれてそう」
大志は晴香の言葉に反応し、ついちょっとだけ想像してしまった。
晴香は大志のいやらしい視線に気付いてすぐさま腕で胸を隠した。
「今なんかやらしい事想像したでしょ!」
図星だったので余計に一生懸命否定する。
「馬鹿! 俺はそんな奴じゃないぞ。女子の着替えを覗いたりなんかしない。であろうと思う……」
「しないであろうと思うってどういう意味よ! 機会があったらやってやろうって思ってるんだわ!」
馬鹿馬鹿しい問答の後に二人はまた最初に立ち返った。
「戸成、俺達この件から手を引いた方がいいと思わないか」
大志は事実を追求するよりも、身の安全を優先すべきだと主張した。
晴香は考えがまとまらず言葉に詰まっている様子だった。以前大志が車に撥ねられた時の事が晴香の頭の中には有るようだった。
学園の厄介者たちを能力者が粛清したと歓迎する者もいるのかも知れない。でも……。
大志は真相に近づいて相手を追い詰めれば、必ず実力行使に出てくるに違いないと考えたのだった。
「……私も手を引くべきだと思います。でもこんなやり方間違ってる。これはただの私刑だわ。気に入らない者を好きなように料理してるだけ」
「戸成の言ってる事、良く分かるよ」
大志は晴香と同じ気持ちだった。恐らくそいつは晴香を屋上から突き落とした。ただ事件を嗅ぎ回っていたという理由だけで。
「恐らく戸成が屋上から落ちたのは警告だったのだと思う。だけどあのやり方は酷すぎる。もしかしたら死んでたかも知れなかったんだ。でも悔しいけどあいつを止める方法は今のところ思い付かない。攻略法が無い状態で奴が仕掛けてきたら防ぎきれないだろう」
無力さを痛感しながら、今はこう言うしかなかった。
「今は少し様子を見よう。俺も突破口が無いか考えておくよ」
大志の真剣さは晴香にも届いている様で、話を蒸し返そうとはしなかった。
「私も表立って動くのは止めます。当面は今ある資料だけで犯人の割り出しをしてみます」
それからしばらくして大志は席を立った。
「ゆきちゃん遅いな」
「もうここ閉めて迎えに行きましょうよ」
大志と晴香は分室の戸を閉めて三階の生徒会室に向かった。
階段を駆け下りてくる音が聞こえる。
幸枝の足音だ。
大志はなんとなくだが、古い付き合いの幸枝の足音を聞き分けれた。
そして階段の踊り場に幸枝の姿が見えた。
「ごめん、遅くなった……きゃっ!」
大志は目を見開いた。階段の上にいた幸枝の体が何かに押されたかのように宙に浮いたのだった。
このままでは階段を転げ落ちてしまう。
ゴトリと頭の中で何かが音を立てた。
キーンという鋭い音が耳の中でし始める。
幸枝の体は階段を踏みはずした状態で止まっていた。大志は階段を駆け上がり幸枝の体を抱えると晴香の足元に横たえた。
大志は走り出した。
加速世界に入った瞬間、逃げ出した影を見たのだった。
許さない。
幸枝に手を出そうとしたあいつを俺は絶対に許さない。
大志は人影が逃げたであろう方向に走ってゆく。
音のない世界では足音を辿る事は出来なかった。
だが大志は自分でも驚くほど速く走れていた。
人影が角を曲がっていく。
逃がさない。
大志は逃げ続ける人影よりも自分の方が速い事を知った。
距離が詰まってきている。
階段を降りて行っている。このまま外に逃げ出す気だな。
そうはさせるか。
校舎の外に出るまでに決着を付けてやる。
階段を降りて角を曲がっていく人影が見えた。
もう少しだ。
大志は靴箱の前に走り込んだ。
大志はそこで立ち止まった。
そこには静止した大勢の生徒がいたのだった。
くそっ!
ここに紛れてしまっては誰だか特定できる術が無かった。
大志は周りを見渡す。
ここにいる全員が静止した状態の生徒達だった。
大志は加速が終わる前に顔を覚えようと、そこにいる男子生徒に絞って一人ずつ見て周る。
知っている生徒もいれば、知らない生徒もいた。
そしてここにいないで欲しかった顔も。
瀬尾……。
偶然だろうが被疑者の選択肢にせざるを得ない場所にいた。
大志は覚え終わって戻ろうとする。
そして突然あの鋭い音が止んだ。
加速世界から戻って来た大志は突然現れた。幸い誰も大志を見ていなかった。
大志は動き出した生徒たちの様子をしばらく伺っていた。
動揺を表に出すのではないかと思ったのだった。
しかしそれらしい感じの生徒は見当たらなかった。
絶対に許さない。
下校しようとする生徒たちの流れの中で、大志は拳を色が変わるほど握りしめた。




