第35話 想像するのは自由だ
大志と向かい合って座る晴香は今日は真剣な表情をしていた。
放課後の廃部になった部室。
自分達の部室ではないが、勝手に今日も使わせて貰っていた。
テーブルに置かれた二つのマグカップが白い湯気を上げる中、珍しく晴香は袋菓子の封も開けずに話し始めた。
「事故にあった三人は思った通り、あの連中でした」
「やっぱり」
大志が感じた嫌な予感は当たっていた。
「自動車事故だったみたいです。トラックが三人の歩いている後ろから突っ込んだみたいです」
それを聞いて惨状を想像してしまった大志は顔をしかめた。
「昨日先輩に掴みかかった人が意識不明で、あとの二人も腰の骨を折る大怪我みたいです」
大志はますます険しい顔をした。
「酷いな……」
「そうですね」
晴香も大志程ではないが険しい表情だった。
それにしてもこの短時間でそこまで調べ上げた晴香の手腕に、大志は今更ながら感心させられた。
「戸成はやっぱり凄いな。何でも知ってるみたいだ」
「今の時代その気になればなんでも調べられますよ。要はやるかやらないかだけ」
晴香はそんな事より何か引っかかっている様だった。
「先輩これって変ですよね」
「戸成の言うとおりだよ。どう考えてもおかしい」
後藤に続いて、つるんでいた連中がことごとく危険な目に合っていた。
晴香が後藤の転落死を調べていた時に校舎から落ちた事を考え合わせると、何か不気味な力が働いているとしか思えなかった。
「先輩に止められて、後藤健介の転落の件はあれから調べていませんでしたけど、こう立て続けだとほっとけないわ。これからちょっと調べてきます」
「ちょっと待って」
早速行動に移そうとした晴香を大志は制止した。
「やみくもに動いたりしたら駄目だ。今回の事は何かおかしい。戸成の身に何かあったらどうするんだ」
「私の事、心配してくれてるんですか?」
「当たり前だろ」
さっきまで剣呑な雰囲気だった晴香は、パッと華やいだ笑顔を見せて、その後ほんのり紅くなった。
「うふふふ」
なに? 大志の前でもじもじし始めた晴香を大志は怪訝な顔で見る。
晴香は後ろに手を組んで、大志を上目遣いでじっと見た。
「じゃあ先輩と一緒だったらいいのかな」
「俺と? 俺は全く役に立たないと思うけど」
大志は当然そう自分を評価した。晴香の様な行動力はないし、何をするのも人より遅い。ふいにもし危険な事が起こったとしても、前の交通事故の時のようになるだけだと思った。
「先輩にはすごい力があるじゃないですか」
「いや、あれはそんな簡単にいつでもできる訳じゃないし」
「じゃあこないだ録音したやつで実験してみましょうよ」
それはあのボートから落ちた人を助けたあの日、大志の部屋で幸枝の叫び声を録音した事を晴香は言っているのだった。
「再生しますよ」
「え? 今ここで」
晴香は構わずスマホ画面の再生ボタンを押した。
「きゃーっ!」
大志の頭の中に幸枝が胸を鷲掴みにされた映像が甦る。
大志はちょっと自分の顔が熱くなるのを感じた。
「何紅くなってるんですか! このスケベ!」
そのとおりだったので何も言い返せず、大志は笑って胡麻化した。
「いや、その、ちょっとあの光景が強烈過ぎて……」
「いやらしい!」
汚いものを見るような視線を晴香から感じた。
「それでどうだったの? 加速したの?」
加速しているかどうかは晴香には分かりにくいのだろう。
「いや、その、ごめん」
「余計な事考えないで多田先輩がピンチだってイメージしなさい!」
ちょっとキレ気味に言われた。
「もう一度行きますよ」
そして晴香は再生ボタンを押した。
「きゃーっ!」
大志は今度は鼻の下を伸ばした。
「駄目だこりゃ」
また相当使い込まれた死語を口にし、晴香は加速しそうにない大志に呆れた顔をした。
「いい加減にしてください。先輩って四六時中やらしい事考えてるんですか」
「そう言う訳ではないけど……面目ない」
どうもこの録音データでは上手くいかない様だ。
晴香は役に立たないスマホを鞄にしまって、また別の計画をほのめかした。
「仕方ない。この手は使いたくなかったけど、先輩に加速してもらわないと困るからやってみようかな」
「え? 何をするつもりなの?」
「多田先輩を巻き込むことにします」
「ゆきちゃんを? ダメダメそれは流石に……」
晴香はまだ何か言おうとしている大志を鋭く睨みつけた。
「何言ってるんですか、それもこれも先輩がおかしな想像をするせいでしょ!」
「あっ、ちょっと、ちょっと待って」
止めるのも聞かず、晴香は部室をすたすた出て行った。
しょうがないだろ。浮かんでくるものは浮かんでくるんだから。
心の中で不満を呟きつつ、大志は慌てて晴香の後を追ったのだった。




