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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第34話 不吉な予感

 お風呂あがり、大志は鏡に顔を映して、平手打ちをされた跡をしげしげと眺めていた。


「やり過ぎだよ……」


 風呂で火照っているせいか、綺麗な手形が浮き上がっている。

 丁度紅葉の葉のような形だ。

 さっき夕飯を食べているときに散々両親に弄られた。

 いったいその顔の手形にはどんなストーリーがあったんだと、しつこく問い詰められたが、大志は仏頂面を決め込んだ。

 短い髪の毛を乾かしてから部屋に戻ると、丁度携帯から通知を知らせる音が鳴った。

 開いてみると晴香からLINEが入っていた。

 そこにはこう書かれてあった。


〈やり過ぎたかも〉


「なんだ、反省してるんじゃないか」


 大志はあまりこういったスマホのやり取りは得意ではない。

 まどろっこしく文字を打って返信した。


〈かもじゃなくって、やり過ぎ〉

〈ちょっとごめんなさい〉

〈ちょっとってなんだよ〉


 大志は何となく、これでも晴香なりに謝っているのだと許してやることにした。


〈いいよ。今度から叩くの無しな〉

〈アイアイサー〉


 またおかしな死語を引っ張り出してきたのを見て、大志はプッと吹き出した。


〈たこ焼きいつにする?〉


 早めに謝って来たのはこれが有ったからか。

 大志は計算高い奴だと変なところで感心した。


〈いつでも。戸成に合わせるよ〉

〈じゃ、土曜日ね〉


 そして返信しようとした時に電話が鳴った。


「もしもし」

「先輩、返信遅すぎ。こっちの方が早い」


 晴香は大志の返信の遅さにたまりかねたみたいだった。


「あのさ、すぐに返さないといけないもんでも無いだろ」

「そうだけど、キャッチボールで相手がなかなか投げ返さなかったら困るでしょ。テンポってもんを考えてよね」


 なるほど、その理屈は筋が通っていた。


「分かったよ。じゃあお昼前に俺んちに来てよ。用意しとくから」

「飲み物買ってく。コーラでいい?」

「戸成の好きなものでいいよ。腹を空かせて来てくれ」

「ラジャー」


 またどこで仕入れてきたのか、女子高生が言わない死語が飛んできた。


「じゃあな。明日も頼むな」


 大志は電話を切ろうとした。


「先輩」

「ん?」

「おやすみなさい」

「え? ああ、ちょっと早いけどおやすみ」


 何だかしおらしく言った最後の晴香の一言がちょっと可愛かった。


 しかしあいつ何であんなに怒ってたんだろう。


 叩かれた頬を掌で触りながら、またそんな事を大志は考えるのだった。



 朝の通学路。幸枝と大志が学校に向かっていると、必ず瀬尾が途中で待っている。


「おはよう」


 幸枝の方から元気よく瀬尾に手を振った。

 大志は幸枝から、まだお友だちだよと聞いていたがどう見ても付き合っている様にしか見えなかった。


「おはよう」


 瀬尾も幸枝に手を振ってから合流する。

 並んで歩きだした二人から、大志はちょっとだけ遅れるようにしてついて行く。

 そんな遠慮気味な大志を、瀬尾は苦笑混じりに振り返った。


「丸井、気を使ってくれなくてもいいんだ」

「そうよ。大ちゃんもこっちにおいでよ」


 性格のカッコいい瀬尾と、いつもと変わらない幸枝に手招きされたが、大志はなかなか二人の間に入って行きにくかった。


「せーんぱい」


 結構強めに大志の背中が叩かれた。

 振り返らずとも当然誰だか分ってる。

 大志は渡りに船と、前を歩く二人に軽く手を振った。


「俺ちょっとあいつと話あるから」


 二人に先に行ってもらった大志は、フウと大きく息を吐いた。

 振り返ると、昨日の感じとは程遠い上機嫌な晴香がそこにいた。


「いいタイミング。ちょっと感謝」


 大志は右手を握って親指を立てると、白い歯を見せた。

 並んで歩き始めると、その身長差から、晴香は大志を見上げる感じになる。

 そして大志の歩幅に合わすため、晴香はちょこちょこと脚を動かす。


「たこ焼き楽しみ」


 ニンマリとして晴香は期待を滲ませた。


「一日の最初の一言がそれかよ」


 いつもの調子の晴香に、大志は苦笑しながらこたえる。


「ねー私にも作り方教えてよ」

「いいよ。と言うより一緒に作ってもらうからな。ひっくり返したりするのって結構忙しいんだ」

「先輩が加速したら一瞬でいっぱい出来上がるのかな」


 大志はちょっと想像してみる。


「それ駄目だな。いくら俺が頑張ってもたこ焼き器が追いつかない」

「そうか。そういうのも一つの気付きね。加速しても周りの物が先輩に追いつけない。あとでノートにまとめとこ」

「いや、それはいいんじゃないかな。当たり前といえば当たり前だし」


 晴香はそんな大志の考え方を諭した。


「先輩はそうゆうとこ駄目ですよ。小さな事でもこだわらないと大事な事に気付かない場合もある。そんな事ジャーナリストだったら基本です」


 大志は時々素晴らしい発言をする晴香に感心させられる。


 ちょっと素敵じゃないか……。


 また不覚にもそんな事を思ってしまい、気付かれない様に前を向いたのだった。



 学校に着いてからの朝のホームルーム。

 いつも眠たげな担任教師が今日に限っては少し硬い表情をしていた。

 そして担任教師の天海順子あまみじゅんこの口から、重い口調で出てきた話の内容に教室の空気が一瞬で変わった。


「昨日三人の生徒が下校中交通事故に遭いました」


 どよめく生徒たちを一度落ち着かせて、担任教師は詳しい内容を告げた。


「三人は二年四組の男子生徒で一人は意識不明、二人も重傷を負って入院中です。皆さんも登下校の時くれぐれも注意してください」


 ざわつく生徒たちの中で大志は昨日の事を考えていた。


 もしあの三人だとしたら……。


 大志は後藤の転落死がただの始まりだったのではないかと、冷たい汗を流しながら考えていた。

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