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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
33/53

第33話 訊かなきゃ良かった

「ねえ先輩、お腹すいた」

「またかよ……」


 おばちゃんのたこ焼き屋の前を通る度、晴香は必ず同じセリフを言うのだった。

 大志は普段、大体三つのバリエーションで返していた。


 一、我慢しろ。

 二、お前の奢りな。

 三、完全無視。


 しかし今日に限っては晴香のリクエストに乗ってやろうかなという気になっていた。


「まあさっきは助かったし、寄ってくか」

「やった!」


 晴香は意気揚々と先に店の中に入っていく。


「こんちわー……」


 元気よく店に足を踏み入れようとした晴香が、急に入り口で立ち止まったので大志は後ろから突っついた。


「なんだよ早く入れよ」


 のれんをかき分け晴香の頭の上から中を覗き込んだ時、大志も固まってしまった。


「あっ、大ちゃん」


 瀬尾と幸枝がちっさいテーブルを挟んで座っていた。


「あ、丸井、その子は確か……」

「戸成です」


 瀬尾の言葉を途中で切って晴香は面倒くさそうに一言で済ませた。

 相当感じの悪い自己紹介だった。

 さっきまではしゃいでた感じが影をひそめ、晴香は二人を見ようともせずに奥のテーブルにつかつか歩いて行った。

 奥とは言っても狭い店内なので殆どくっついていた。

 晴香は幸枝に背を向けるようにしてドスンと腰を下ろす。

 そんな晴香を幸枝は何やら警戒している様子だ。

 大志はなんとなく幸枝の様子を見ていて、ああそうだったなと思いだした。


 そう言えば戸成に胸を鷲掴みにされてたな……。


 大志は自分では気付いていなかったが少し赤くなっていた。


「先輩はこっちですよ」


 晴香が早く席に座れと急かす。


「ねえ、大ちゃん」


 幸枝が傍を通ろうとした大志に話しかける。


「こっちに来る?」

「え、いや邪魔しちゃ悪いし」


 大志は瀬尾に気を使って晴香の向かいに腰を下ろした。


「そうですよね。放課後デート中の二人に悪いですもんね」


 晴香はデートの部分を強調しているみたいだった。

 その言葉にまた大志の胸がキューと痛む。


「丸井、遠慮するなよ。ただ買い食いしてるだけだから」


 瀬尾はいい奴だな。大志は気遣いのできる素敵な奴をちょっとカッコいいと思った。


「そうよ。一緒におしゃべりしようよ」


 この流れは合流する流れかな……。


 晴香に意見を聞こうとすると睨まれた。


 何だ? これってもしかして……。


 店に入って急に態度が変わった晴香を見ていて、大志はよく知りもしない女心とやらを想像してみた。


「ねえ大ちゃんてば」

「あ、うん、俺たちはこっちでいいよ。まだ注文もしてないし。おばちゃん、たこ焼き二つ」

「あいよ」


 待ってくれていたみたいで、すぐに焼き始めた。


「……なあ、戸成、ここではあの話は無しな」


 大志は四六時中話しているあれを封印しておいた。


「分かってますよ。全くタイミング悪いんだから……」


 晴香はふてくされていたが、先に食べ終わっていた二人が店を出て行った瞬間に機嫌が直った感じだった。


「出来たよ」


 おばちゃんに呼ばれて大志がお金を払う。

 何だかここの支払いは俺ばっかりじゃないのか。そう思いつつ晴香の前に熱々のたこ焼きを置いてやった。


「いっただっきまーす」

 

 早速晴香は出来立てのたこ焼きに楊枝を突き刺し、そのまま頬張ろうとする。


「滅茶苦茶熱いって。火傷するぞ」


 そう言われて、前に口の中を火傷した事を思い出したみたいで、フーフー息を吹きかける。


「うんまい」


 上機嫌で食べだした。

 大志はこの態度の変化に食べながらも首をひねっていた。


 戸成が機嫌悪かったのってひょっとしてあれかな……。

 でも何だか聞きにくいな……。


 食べている間そのことでずっと引っ掛かっていた大志は、晴香の不機嫌の原因を色々と想像し、自分なりの推測に行きついた。

 晴香は最後一個だけ残して水をぐいと飲んだ。


「いつも一個だけ置いとくんだな」

「えへへ。ちょっと癖なんだ。なんだか全部食べちゃったらもう終わりって感じで勿体ないってゆうか」

「まあ気持ちは分からんでもないけど、冷めたらいまいちだろ」


 最期はおばちゃんに聞こえない様に小声で言った。


「そうかな、私は結構いけると思ってますけど」


 大志は晴香に追いついて先に食べ終わった。


「好きなんだったら今度、家でたこ焼き作ってやろうか?」

「え?」

「たこ焼き器あるんだ。まあまあ上手くできるよ。さすがにおばちゃんの方が美味いけど」


 晴香は目を輝かせた。


「いつする? 明日? 明後日?」

「それって学校ある日だろ。休みの日だよ。戸成は空いてるのか?」

「もうどっちでも。何なら二日連続でもいいですよ」


 相当好きみたいだな。これは美味しく作らないと文句を言われるに違いないな……。


 大志は勢いのあり過ぎるいつもの晴香に苦笑した。


「連続二日は流石に飽きるよ。いっぱい焼くから続けては絶対止めといた方がいい」

「それは残念」


 晴香は最後の一つを一口で食べ終えた。


「ご馳走様でした」



 店を出てからほんの少しで晴香とは帰り道が分かれる。

 大志はどうしても気になって最後に今日思った事を訊いてみた。


「あのさ」


 大志がちょっと言いにくそうに何かを口にしようとしていたので、晴香は首を傾げた。


「さっき機嫌が悪かったのってあれって……」


 晴香の表情に緊張が走った。晴香は少し上目遣いに大志を見上げる。

 そして大志は、先ほど自分の中で行きついた推測を口にした。


「その……もしかして……好きなの……かな」


 大志の言葉で晴香の頬が一気に紅く染まった。


「あ、いきなりごめんな。でも気になって」


 普段雄弁な晴香が黙りこんでいるのを見て、やっぱり尋ねるべきではなかったと反省した。


「ごめん。もう聞かないよ。言いにくい事だってあるよな」


 大志はそれ以上の詮索を止めて、じゃあねと背を向けようとした。


「ねえ先輩」


 晴香にしてはかなり小さな声だった。

 そしてさらに小さな声で、もうひと言を絞り出した。


「実はちょっと気になってる……」


 うつむき加減に大志を見つめてそう呟いた。


「先輩はどう思ってるんですか……」


 晴香は顔を真っ赤にして訊いた。

 大志はいつになく真剣な晴香に、真面目な顔をしてこう言った。


「いい奴だと思うよ」

「え?」

「顔はいいし背もそこそこ高い。スポーツもたいがいできるし、勉強もできる。ただ瀬尾の奴、結構ゆきちゃんに気持ち入ってるみたいだから戸成が入って行けるかどうか……ん?」


 なんだか晴香の雰囲気が急に変わったのに大志は気付いた。

 顔を真っ赤にして奥歯をギリギリと噛みしめている。


「いや、戸成だったらいけそうだよ。うん。その行動力で瀬尾も攻略できるさ。ハハハ」


 晴香が鬼みたいな顔をしてつかつかと大志に向かってきた。

 思い切り手がふり上げられる。


 パーン!


 次の瞬間、強烈な平手打ちが大志の頬を綺麗に捉えていた。


 なんで?


「馬鹿!」


「トンチンカン!」


 最後のやつは死語だよなと思いつつ。大志はジンジンと熱い頬を押さえて呆然としていた。

 晴香は罵りのおまけまでつけて、さっさと帰って行った。

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