第31話 学食の選択
昼食の時間、大志は今日は弁当ではなく学食の予定だった。
母親が朝早くから友達と出掛けたのでそうなったのだ。
どうしてこう毎日のように混みあっているのかと思いつつ、何時回ってくるのか分からない順番を待っていた。
「ん?」
大志は背が高かったので列の先の方ばかり見ていたのだが、自分の前にこの間話しかけてきた市川がいる事に気付いた。
「混んでるね」
大志は声をかけたつもりだったのだが、市川は気が付いていない様だ。
「混んでるよね」
肩をポンと叩いてから声を掛けると、市川はびっくりした様に振り向いた。
「ま。丸井君か、び、びっくりした」
「ごめん。驚かすつもりはなかったんだ」
市川は前会ったときと同じように、少しおどおどした感じで薄っすらと笑顔を見せた。
「き、君も、が、学食なんだ」
「今日は特別。弁当無いんだ」
少しまた列が動いて一歩分前に出る。
「お、俺は、時々。こ、コンビニで、か、買う時もあるよ」
「そうだよな、毎日並ぶの大変だ」
市川は言葉を滑らかに話せないようだったが、大志はそれほど気にはならなかった。
むしろゆっくり話してくれて聞き取りやすいなと思っていた。
「何がお薦めなんだい? 俺、並ぶのが嫌で滅多に来ないからよく知らないんだ」
市川はなんだか嬉しそうに説明し始めた。
「お、お薦めは、と、鳥丼だよ。タレが美味いんだ。お、お腹空いてるなら、定食がいいよ」
「その二つか、腹は減ってるけどタレが気になるな……」
「お、俺が鳥丼を頼んでちょっと、あ、あげようか?」
「いや、悪いよ。君の分減っちゃうだろ。あ、俺のおかずと交換すればいいんだ」
何となく、もらう前提で考えてしまっていて大志は恥ずかしくなった。
「へへへへ」
結局市川と大志はおかずを少し交換することにした。
「ど、どうかな……」
早速市川が頼んだ鳥丼を少し分けてもらい、大志は味わいつつ何度か頷く。
「美味いな。定食の方は普通。君の言ったとおりだ」
市川は唇を吊り上げて笑顔を見せた。
あまり普段笑う事が無いのか、相当ぎこちない感じだった。
お互いに箸を動かしながら、大志はちょっと気になっていた事をこの機会に訊いてみた。
「この間なんで話しかけてくれたんだい?」
市川の箸を動かす手が止まった。
僅かに躊躇いを見せた市川に、大志はすぐに切り替える。
「言いにくかったらいいよ」
大志は特に気にもせず、また食べ始めた。
「き、君さ……」
市川はおずおずと口を開いた。
「あ、あの事故の事、ど、どう思う?」
「事故ってあの落ちたやつ?」
市川は頷いてから、大志が何と答えるのかを待っている。
「あんまり気持ちのいいもんじゃなかったけど、特に思う所は無いんだ。ちょっと冷たい奴だと思われるかも知れないけど」
「そ、そんなこと、な、無いよ」
「実はあいつには結構一年の時、色々やられててね。クラスが変わってやれやれって感じだったんだ」
大志の話を聞きながら市川がしきりと頷く。
大志はひょっとしてと訊いてみた。
「君、四組だったよね。あいつにちょっかい出されていたのかい?」
「き、君の言うとおりだよ。い、嫌な奴だった」
大志は自分が散々からかわれていた辛さを、市川も抱えていた事を知った。
「そうか、まだ同じような事してたんだ。じゃあ、あれは天罰みたいなものだな」
大志は平気で人を傷つけ回っていた後藤健輔に対して、何一つ可哀そうだとは思わなかった。
「き、君と同じだよ。お、俺も、そ、そう思うよ」
市川は大志が答えた内容に共感するように何度も頷いた。
市川は自分と同じように、一人の人間が学園から姿を消した事に取り立てて何の痛みも感じなかったのだろう。
ひょっとするとその事で市川は自分の人間らしさに疑問を感じ、同じような境遇にあった大志がどういった感情を持っているのかという事を確かめたかったのではないだろうか。
目の前の市川は今の話をした事で、なんとなくほっとしている感じだった。
そして、始業五分前の予鈴が鳴った。
「しまった。ゆっくりし過ぎた。もうこんな時間だ」
周りを見ると殆ど生徒はいなかった。
大志は慌てて残りのご飯をかき込んだ。
市川も慌ててそれに続く。
「へへへ」
「ははは」
なんだか可笑しくなって二人とも笑ってしまった。




