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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第3話 本心はどこに

「いやー凄かったよ。君もなかなかやるねえ」


 帰りの通学路、夕焼けの河川敷を並んで歩きながら、ふざけたように幸枝は今日の事を振り返った。

 あの後、信じられないほどの盛り上がりを見せて紅白戦は終わったのだが、大志には何故? どうして? だけが残った。


 あの静止した世界。あれは何だったのだろう。

 ボールがゆっくりと進み続けていたという事は止まっているのではなく、極端にゆっくり時間が流れていたのだろうか……。


「ねえ、大ちゃん、大ちゃんたら」


 幸枝の声が後ろからした。


「言ったじゃない、今日またここで教えてくれるって」


 幸枝は昨日座っていたベンチに腰を下ろしていた。

 通り過ぎていたのを、考え事をしていた大志は全く気付いていなかった。


「そうだった。ごめんごめん」


 大志も幸枝の隣に座る。

 昨日と同じように、少年野球の練習が川の向こう岸のグラウンドで行われていた。

 今日は視線をそちらに向けずに、幸枝は期待を込めた顔を大志に向けていた。


「大ちゃんから見てどうだった? 瀬尾君」


 幸枝が瀬尾君の名前を口にする度、胸に小さな痛みが走る。

 大志は今日一日、気の進まない観察をし続けた成果を報告した。


「格好いいし背も高い。鼻筋が通っていて涼し気な顔だな」

「あのさ、外見は見れば分かるの。そこは観察してもらわなくっていいわけ。私の聞きたい事分かるでしょ」


 要領を得ない大志の観察力に、幸枝は分かり易いほどがっかりしている。


「そうだよね。中身だったね」

「男子目線ではっきりどうぞ」


 ちょっと緊張気味に、幸枝は何を言うのか待っている。

 じっと見つめられて大志は何となく目線を逸らせた。


「いい奴だと思うよ」

「ほんと!」


 幸枝はひと際明るい笑顔を見せた。

 その嬉しそうな顔をチラと見て、大志の胸はまたキュウと痛くなった。

 

「うん」

「そーかー、そうなんだ」


 大志の一言は幸枝の期待していたものだったのだろう。嬉しそうに目を細めた幸枝は、ちょっといじらしかった。

 長い付き合いだが、こういう表情はきっと今まで見た事が無い。幸枝が特別な何かを瀬尾に抱いているのを、鈍い大志も感じ取っていた。


「ねえ、他には?」


 大志は幸枝に嘘を言うつもりも無かったので、今日見ていて思った事を正直に幸枝に聞かせた。


「今言ったように欠点が見当たらない。話してみたらもっと分かるかもだけど、きっと見た感じと一緒なんじゃないかな」


 幸枝は最後まで聞いてから、少し悩むような表情を浮かべて茜色の空を見上げた。

 君の中で、今何が起こっているんだろう。

 大志はそんなさりげない仕草を見せる幸枝をじっと見つめていた。


「お付き合いするってどんなのかな」


 唐突に訊かれて大志は困り果てる。

 一番その手の相談に向いていない相手が自分だという事を分かっていた。


「あんまり返事待たせたら悪いって分かってるんだけど、不安なんだ」


 不安だと口にした幸枝の胸中は、大志にもなんとなく伝わった。


「どうしよう……」


 それは大志に訊いたのでは無くて独り言の様だった。

 川を挟んで少年野球チームの歓声が聞こえてくる。

 金属音が響いて、夕日に照らされた白球が緩やかな放物線を描いて飛んでゆく。

 二人は打球を目で追いかける。


「飛んできたボールにバットを出すみたいに、迷わず振り抜いたらいいのかな……」


 君はきっと前に踏み出したいんだ。大志には分かっていた。

 大志は静かに葛藤している幼馴染の横顔をじっと見ていた。

 そして幸枝は躊躇いがちにこう言った。


「今日の大ちゃんみたいに」


 そのひと言の後、大志の口から本当は言いたくなかった言葉が漏れ出た。


 誰も期待していなかったバッターボックスに立つ俺を信じて、応援し続けてくれた君に、今できる事をするんだ。


「好きなんだったら振り抜いたらいい」


 その言葉は大志自身の中で虚ろに響いた。


「うん。そうだね」


 幸枝はスッと立ちあがった。

 その眼を見て、幸枝の迷いがもうそこに無い事を大志は知った。


「ありがとう。相談して良かった」


 笑顔を浮かべるちょっと丸顔の君が、ほんの少しだけ遠くなった気がした。

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