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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第28話 引き金の正体

 晴香は大志の部屋で、ちょっと新鮮な気持ちで座布団に座っていた。


 これが男の子の部屋か。


 始めての体験に晴香は目を輝かせた。

 遠慮なしにしっかり部屋を観察する。

 普段から母親にきちんとしてもらっているのか、ベッドの布団は綺麗にたたまれているし部屋もそこそこ綺麗だった。ゲーム機や雑誌が部屋の隅に一塊にされているのを見る限り、母親が掃除機をかけるのに邪魔だったのだろうなと推測できた。

 晴香はゲーム機の上に無造作に置かれてある雑誌に注目した。


 先輩いつもなに読んでるのかな……。


 手を伸ばそうとした時、階段を上がってくる音がしたので晴香は慌てて座り直した。


「お待たせ」


 さっぱりとした顔で濡れた頭をタオルで拭きながら、大志は部屋に入ってきた。

 帰るなり熱いシャワーを浴びたいからと風呂場に向かった大志を、晴香は待っていたのだった。


「生き返ったよ。しかし酷い目にあった」


 大志は短い髪をタオルで拭きながら晴香の前に座った。


「帰りの電車での視線が痛くって、知り合いに見られてたら相当まずい格好だった」


 思い出して晴香はまた笑いをこらえた。


「戸成のせいだからな。感謝もしてるけど」


 不満を口にしながらも大志はやっと帰れて一息ついた。

 トントントン。

 扉が開いて大志の母が顔を出した。

 お盆の上に湯気の立つ紅茶の入ったカップが二つと、焼き菓子が置かれている。

 大志の母は何となく大志と目の辺りが似ている様だった。というよりは大志が母に似ているのだが。


「こんにちは。前に病院であった子ね」

「あ、そうです。あの時はご挨拶もちゃんと出来なくってすみませんでした」

「いいのよ。気が動転していたもの。大変なもの見ちゃったわね」


 気になるのか、大志の母は晴香の顔をちらちら見ながら、カップをテーブルに置いていく。

 大志はそれを手伝いながら、母の関心の強さを感じ取っているみたいだ。


「幸枝ちゃん以外だったら初めてじゃない? 大志が女の子を連れてくるなんて」

「あ、私、戸成晴香と申します」


 晴香は慌てて頭を下げた。


「ゆっくりしていってね」


 そう言い残して母は部屋を出て行った。


「まあ、飲んでよ。それから話そう」

「いただきます」


 カップに口を付けて一口飲んだ後、大志から口を開いた。


「加速したよ!」

「しましたね!」


 二人は顔を見合わせて喜んだ。


「とうとう来た。4回目の加速だった」

「しかも二人も人を助けた。これって映画のヒーローみたい」


 晴香は自分の事の様に大喜びしている。


「これも戸成のお陰だよ。その後は散々だったけど」

「でも一体何で先輩だけ池の中だったんだろう。そこのところが分からないのよね」


 不思議がる晴香に大志は説明し始めた。


「加速した瞬間キーンっていういつもの耳鳴りがした。周りの景色が静止して、前に言ってた水面の上を歩けるのか実際にやってみたんだ」


 晴香は真剣な表情で大志の話を聞いている。


「それでどうでしたか?」

「まず、手で触ってみたら手が濡れないんだ。そんで思い切って足を踏みだしてみたら水の上に立てた。足の裏の感触はほんのちょっと柔らかいものを踏んでいるみたいだった」

「教授の理論通りだわ」

「それから普通に水に落ちた子供を引っ張り上げた後、お爺さんを引っ張り上げたんだ。あの世界では質量を感じないから不思議なんだけど、軽々と二人を抱えて戸成のボートまで戻って来たんだ。お爺さんと孫をボートに乗せ終えたら、あのキーンっていう耳鳴りが止まったんだ。その瞬間に水の中さ」

「それでボトボトになった訳ね」

「よく考えたら抱えたままボートに乗れば良かったんだ。失敗したよ」

「加速が始まるきっかけも大事だけど、終わるタイミングも調べて行かないと駄目ですね」

「そうなんだ。今回みたいなのはもう勘弁して欲しいよ」


 晴香はまたクスクス笑った。


「なあ、戸成」


 大志が少し真面目な顔で向き直ったので晴香は少しドキッとした。


「は、はい……」

「頼りにしてるよ。これからも頼むな」

「え、ああ、勿論、任せといて下さい」


 何だか喉が渇いて、晴香はまたカップに口を付ける。


「ところで加速する引き金なんだけど……」


 大志は本題に入った。


「恐らく十中八九、今日の感じだとあれだと思うんだ」


 大志の言いたい事は晴香も考えていたのと同じはずだった。

 でも晴香は何故かその事をあまり口に出して言いたくはなかった。


「多分ゆきちゃんの声が俺の引き金なんだと思う」


 大志は確信を持って話しだした。


「最初のホームランの時は掛け声だった。そして戸成が屋上から落ちた特は叫び声。そして片山のファールの時も叫んでた。そして今回ゆきちゃんが溺れた人を見て助けを呼んだ声に、俺の引き金は反応したんじゃないかと思うんだ」


 腕を組んで思い返していた大志は、最後に晴香の意見を訊いた。


「戸成はどう思う」


 晴香は少し重い口調でそうですねと肯定した。


「何だよ。折角分かったみたいだから、もっと喜ぶのかと思ってた」

「うん。それは嬉しいけど、それって多田先輩がいないと発動しないって事ですよね」

「まあ、そうゆう事になるかな」

「なんで多田先輩なの?」


 晴香はなんだか機嫌が悪そうだった。


「いや、そう言われても、なんでだろうね」

「私帰る」

「え? ミーティングするんじゃなかったっけ」


 不機嫌な晴香が腰を上げかけた時ドアが開いた。


「あ!」


 顔をのぞかせたのは幸枝だった。


「おばさんが友達来てるって言ってたから、てっきり洋介君かと思ってた」


 幸枝はなんだか申し訳なさそうな感じだった。


「あ、いいのいいの、戸成はもう帰るって言ってるから。な」


 晴香は追い出そうとする大志に気が変わった様だ。


「やっぱり帰らない」

「そうなの?」


 それを聞いて幸枝は邪魔しない様に退散しようとした。


「多田先輩もこちらにどうぞ」


 晴香はふてくされたまま幸枝を部屋に招き入れた。

 大志は晴香が何を考えているのか分からない様で、ただへへへと笑っている。

 幸枝はじゃあちょっとだけと言って大志の横に座った。

 それを見て晴香はまたムッとする。

 何だか良く分からないが、この部屋におかしな緊張が走っているのは間違いなかった。

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