第25話 突拍子も無い計画
映画研究会廃部後の部室はとにかく居心地が良かった。
しかしなあ……。
スナック菓子の袋を開けてサクサクいい音をさせている晴香に、大志は苦言を呈した。
「あのなあ、お菓子は流石に駄目じゃないか?」
「え? みんなこっそりやってるよ。先輩も食べたら?」
そう言ってお菓子を勧める晴香のあまりの自然体に、つい手を伸ばしそうになる。
「危ない危ない。で、なんかまた進展あった?」
「もう、先輩硬いなー。ま、そこがちょっと可愛いとこだけど」
そう言われてドキッとしたが、すぐにからかわれていると気付いた。
「年上をからかうんじゃない」
「えー、ちょっと本気だったのにー」
晴香はいたずらっ子のような笑みを浮かべて、大志のやや赤くなった顔を上目遣いでじっと見てくる。
なんかちょっと可愛いじゃないか……。
不覚にもそう感じてしまい、大志はすぐに目を逸らせた。
「私の方は進展あったよ。先輩は本、ちゃんと読んでくれた?」
「うん。もう眠くて眠くて、長いし難しいし理解できないし、とても高校生の読む本じゃないよ」
「駄目ねえ。そんなこと言ってたら何時まで経っても分かんないままだよ」
晴香の様に天才的な行動力と突破力が有れば読み切れるだろうが、大志はその点普通の人だった。
「頑張るよ。でも来週までは待ってよ」
「えー」
「頼むよ。一睡もしないで読んだとしても読み終える自信が無い」
少し目の下に隈を作っている大志に、流石に可愛そうになったのか晴香はしぶしぶ了解した。
「あー私甘いなー、また先輩を甘やかしちゃった」
「俺を? いつ?」
「いっつも。自分の胸に聞いてみて」
晴香はそう言ってクスクス笑う。
「なんだよ……」
大志はふてくされながら、ついスナック菓子に手を付けてしまったのだった。
「私、昨日の夜頑張ってこれを作ってきたの」
綺麗に表計算アプリを使って作られた様な紙に大志は目を通した。
一目見て大志が加速するきっかけになりそうなものの確率のグラフだと分かった。
「凄いな……このグラフもそうだけど戸成がさ……」
「へへへ」
三度加速した状況のきっかけになりそうな事柄についての順位を並べて表示してあるグラフを見て、大志はうんうんと頷いた。
それは大志も頭の中にあった事と一致していたからだった。
晴香の用意したグラフの一番には多田幸枝と記載されていた。
「先輩の能力が発動した時には必ず多田先輩が近くにいました。無関係と考える方が不自然だと思います」
「そうだよな。俺もちょっとそう思ってた」
実は大志もそう思いながらも、幸枝を巻き込む事をずっと躊躇っていたのだった。
「なんか浮かない顔ですね」
そう言われて大志は胡麻化すように口を開く。
「ゆきちゃんは今瀬尾と大事な時期だし、このグラフの二番目から調べていかない?」
大志の言葉に晴香の機嫌が急に悪くなった。
「なんで二番目からなのよ。そんなに多田先輩が大事な訳? そのせいで無駄に空振りしたっていいって先輩は思ってるの? 見損なったわ!」
突然の晴香の激しさに大志は言葉を失った。
「そんな風に思ってないよ。落ち着けよ」
「フン」
晴香はそっぽを向いてスナック菓子をまた食べ始めた。
確かに晴香は超人的なほどの勢いで大志の能力の謎を解明しようと頑張っている。
怒っているのはそれだけ一生懸命なんだと、大志は本心ではそう思っていた。
「ごめん。今のは俺が悪かった。機嫌直してくれよ」
晴香はスナック菓子を全部口に詰め終えてからコーヒーで流し込んだ。
「来週、先輩が買ってきて」
「え?」
「来週は毎日先輩がお菓子当番。いいですね」
晴香は口を尖らせながらそう言った。
手痛い出費だったが、大志はしぶしぶ頷いた。
「分かったよ」
「じゃあ半分許してあげる」
大志は何言ってるんだという顔で晴香を見た。
「まだ半分残っているのか?」
「そうよ。悪い? それだけ私の乙女心は傷つけられたって事なの」
何だかまた晴香のペースになっていた。
「あと半分は何なんだよ」
「明日は土曜日でしょ」
「そうだけど」
「先輩暇なんでしょ」
「そうだけど。決めつけるなよ」
「多田先輩とあの生徒会の彼って出かけたりするのかな?」
「は? 何言ってんの?」
「ふふふ」
何だか嫌な予感がした。
「ねえ、あの二人追跡しようよ」
とんでもない事を言いだした。
「何考えてんだ。お前いかれてんのか」
「まあ聞きなさいって。多田先輩が近くにいたら加速する可能性はある訳でしょ。でも最近あのお邪魔虫のせいで接点が少ない訳ね」
「ふんふん」
「そこでくっついてれば少なくとも一緒にいる事になるでしょ。先輩が加速するきっかけが起こるかも知れないよね」
滅茶苦茶な様だが確かにそうだと大志は納得してしまった。
「今すぐ多田先輩に電話して明日の予定を聞いてみてよ」
「えっ! 今から?」
「そうよ。さあ早く」
今日はもう学校を出ているであろう幸枝に、大志はしぶしぶ電話した。
何度かのコールの後、幸枝の声が聞こえてきた。
「大ちゃん? どうしたの?」
「あ、うん、元気?」
「何言ってるの? 朝一緒に学校行ったじゃない」
「そうだよね。ははは……」
晴香が早く聞き出せと目の前で急かす。
「分かってるって……」
「え? 何の事?」
電話の向こうの幸枝が不思議そうに訊いてきた。
「そう朝会った。ゆきちゃんの言う通り。明日も朝一緒だなーって」
「何? 大ちゃん今日は変だね。それに明日は土曜日で休みだよ」
「あ、そうか。ゆきちゃんは予定とか有るの?」
目の前の晴香がよしと親指を立てる。
「なあに? まあ、ちょっとあるかな。誘われてるの」
大志の胸がまた痛んだ。
「そう、出かけるんだね」
「あ、大ちゃんも誘ってくれようとしてたの?」
「いいのいいの、俺はいつでも。明日はちなみにいつ頃出かけるのかな」
晴香はまた親指を立てた。
「なあに? なんか恥ずかしいな。午前中に公園のボートに乗ろうって誘われただけだから帰ってから遊ぼうよ」
「え? ああ、まあ早く帰ってきたらね。まあごゆっくり」
聞く事を聞けてほっとした大志だったがまだ胸は痛かった。
「午前中に公園のボートに乗るって」
「でかした!」
「でかしたって、殆ど死語だろ。昔の刑事ドラマでしか使わないやつだ」
「いいの。細かい事は。明日決行よ」
「気付かれたら何て言えばいいんだ。気乗りしないなぁ」
憂鬱そうな大志と対照的に晴香はノリノリだ。
「いいじゃない。私たちもデート中って事にしとけば」
「戸成、なんか楽しんでないか……」
結局晴香のペースになってしまい、大志は冷めたコーヒーを飲みながら苦い顔をしたのだった。




