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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第24話 話しかけてきた少年

 大志と晴香は連日放課後に待ち合わせて、能力についての研究を進めていた。

 近頃は廃部になった映画研究会の部室を、勝手に拝借して使わせてもらっていた。

 元々あった机の上には大志の家で使わなくなった電気ポットと晴香が家で調達してきたインスタントコーヒーが有り、二つのカップからはいい匂いがしていた。


 何だか秘密基地みたいだな。


 大志はここに来るたびにそう思ってしまっていた。

 そうして今日も目の前に座る晴香は、自分なりにまとめたファイルを出して、少しでも進めてやろうと意気込んでいた。

 晴香の行動力の凄さは折り紙付きで、大志の知らない間にあの篠田教授と連絡を取り合って色々聞いていたりしていた。


「ほんと戸成は凄いよ。絶対に敵に回したくない相手だ」

「へへへ、そうよ。私を敵に回したりしたら大変なんだから」


 そして晴香は大志に分厚い本を二冊差し出した。


「昨日教授から届いたの。読みなさいって」


 その分厚い本はあの加速理論入門編に続く初級編と中級編だった。


「凄いな。なんだか知らない間に仲良くなってるし……」


 大志はもう舌を巻くしかなかった。


「先輩これ読んどいてね。私は後でいいから」

「うん。来週には戸成に回すよ」

「え? 明日回して欲しいんだけど」

「いやいや、無理だろ。いくら何でも分厚過ぎるよ」

「じゃあ、明後日」

「頑張ってみるよ……」


 無理だろうとは思ったが、張り切っている晴香に水を差したくなくてそう応えた。


「先輩の加速については今のところ再び能力が発動していないから実験できていないけど、教授の理論では加速世界、つまり加速している状態の人が感じる世界では我々通常の時間の流れの中での常識的な制約が幾つか取り払われるんだって」

「うん。入門編に書いてあったな」

「その一つが水面を歩けるって書いてたあれね。液体が変形を起こす前に一歩踏み出せるから普通に歩けるんだって。なんか面白そうだからもし次に加速したらやってみて欲しいな」

「あ、それ俺もやってみたかったんだ。忍者みたいで面白そうだって思った。プールとかで試してみたいな」

「それなんとかして録画できないかなー。速過ぎて映んないのかなー」


 あーだこーだ時々脱線しながらあっという間に時間が過ぎる。


「あーもうこんな時間だ。でも色々仮説はあっても実際の検証ができないのが辛いな」


 晴香が言った通り、大志もそれについては歯痒いなと感じていた。


「やっぱり先輩の能力を発動する引き金を見つけるのが先決かなあ」

「そうだな。明日からはそれに絞ってみようよ」


 そうして二人は席を立って片付け始める。

 一度部屋を出て水道でコーヒーカップを洗いながら晴香が口を開いた。


「最近多田先輩と帰ってないみたいだけど……」


 ちょっと聞きにくそうに言った晴香に、大志は苦笑いで返す。


「まあ、あれだよ。邪魔しちゃ悪いし……」


 あまり触れて欲しくない話題だと察して、晴香はふーんと言っただけだった。


「しょうがない。帰りも私が付き合ってあげる」

「いや、ただ単に途中まで一緒なだけだろ」

「そこは素直に喜べばいいの。折角こんな美少女が言ってあげてるんだからありがたく思ってよね」

「分かったよ。付き合ってくれてありがとう。これでいいんだろ」

「これでいいんだろは余計だけど、及第点はあげてもいいかな。さあ帰ろうよ先輩」


 晴香は心なしか楽しげに見えた。

 そして帰りにまた大志はたこ焼きを奢らされたのだった。



 翌日は雨が降っていた。

 予定していた球技大会は雨で流れて、また来週に延期されることになった。

 大志は廊下の窓から鉛色の空を複雑な気持ちで見上げていた。


 早く終わって欲しかったような、流れてほっとした様な……。


 そしてまたあの加速が起こるかもというちょっとした期待感。

 謎を解き明かそうと一生懸命な晴香も、きっと期待している筈だと同時に思っていた。

 その時、窓から空を見上げる大志の肩を叩く者がいた。

 振り返ると、見たことは有るが名前の知らない男子生徒が少しだけ口元に笑みを浮かべて立っていた。

 てっきり幸枝か晴香だと思っていたので、大志は意外そうな目をその男子生徒に向けた。

 線が細い。少し不健康な感じの大人しそうな少年は、おずおずと口を開いた。


「ま、丸井君だよね」

「あ、うん。何か用かな?」

「俺、四組の市川。あ、雨降ってるね。残念だったね」


 急に話しかけてきて口ごもりながら視線を泳がせる市川に、大志は怪訝な顔をしつつ、そうだねと返した。


「でも、そんな残念でもないんだ。微妙。来週またあるみたいだし」

「そ、そうだよね。ま、また来週あるなら一緒だよね」


 口ごもりながらも必死で話しかけようとしている市川に、大志は少し好感を持った。


「君はどうなの? 今日あった方がよかった?」


 訊かれて市川は照れたように笑顔を浮かべる。


「ぼ、僕は流れて良かったほう。ら、来週も雨だったらいいな、なんてね」


 大志はつられて笑顔を浮かべる。


「俺、野球苦手なんだ。君もそうみたいだけど、来週晴れたらお互い覚悟を決めようよ。おれ、駄目だけど頑張るよ」

「そ、そうだね。うん。き、君が言うなら頑張ろうかな……」


 そして短い休憩時間の終わりを告げるチャイムの音。


「じゃあね」


 大志が手を振ると市川も手を挙げて軽く振った。

 大志は急に話しかけてきた大人しめの男子生徒の事を、この時それほど気にかけていなかった。

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