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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第23話 手を放す勇気

 大志が生徒会室の前で待っていると、戸が開いて幸枝と瀬尾が話しながら出てきた。


「あ、大ちゃん待った?」

「今来たとこ。もう終わったの?」

「うん。とりあえず今日の所は。もうしばらく掛かりそうだよね。ね、瀬尾君」

「うん、後、一週間はかかりそうだね」


 少し打ち解けたような雰囲気の二人を見て、大志は何とも言えないような気持になる。


「さあ、帰ろ。瀬尾君とは学校を出て400メートル程でお別れだけど」


 瀬尾とは帰り道が途中で別れていて、幸枝はそれほど一緒に帰れるわけではなかった。


「なんか、ごめんな。お邪魔しちゃって」


 大志はここにいるのが場違いな様な気がしてきていた。


「何言ってるんだよ。そんな訳ないだろ」


 瀬尾は大志の背中をドンと叩いた。

 そこはまだ痛いんだけど……。

 瀬尾と幸枝の話しているのに割り込まらないように、少し遠慮気味になりながら帰路についた。



 大志は自室のベッドにうつ伏せになって、晴香のまとめてくれたノートをめくりながら幸枝の事を考えていた。


 ゆきちゃんはああ言うけど本当にあれでいいんだろうか。


 幸枝はしばらく今日のような感じで大志と帰るんだと言っていた。

 瀬尾の気持ちを考えると大志は複雑だった。

 幸枝はああしていつも大志の事を気遣い世話を焼いてきた。

 のろまで皆に何時も置いていかれていた大志を、幸枝だけは待っていてくれた。

 そして大志の手を取って、前に進み続ける事が大切だと言う事を教えてくれた。


 何時までも俺の手を引き続けていたらゆきちゃんは……。


 少し前に大志の胸に生まれた小さな痛みは、どんどん大きくなってきていた。



 そしてその夜、大志は昔の夢を見た。


 またあの夢だ。


 ずっとずっと小さかった頃。多分、大志が小学校に上がりたてだったくらい。

 今はもう死んでしまったが、近所にあまりタチの良くない雑種の犬が飼われていた。

 脱走してきたのだろう。大志は道端でばったりその犬と出くわした。

 いつも自分を吠えたてている犬がうろついているのを見て、大志は必死で逃げた。だが、簡単に追いつかれ、犬は大志の片方の靴を咥えて走り去って行った。

 道端で泣いていた大志に気が付いた幸枝は、すぐに大志に事情を聞いて、靴を取り返しに行ってくれた。

 そして幸枝は大志の靴を見事に取り返してきてくれた。

 犬小屋に乗り込んで、大声で威嚇しながら取り返したのだと言っていた。


 もう泣かないで。


 泣き虫だった大志の頭を撫でながら、幸枝は齧られてたくさん傷のついた靴を、手渡してくれた。

 そして大志はやっと気が付いた。

 幸枝の膝に血がにじんでいて、スカートが破れているのを。

 アニメキャラのプリントの入った、幸枝のお気に入りのスカートだった。

 そして大志はまた泣いてしまった。

 自分のために幸枝が危ない目にあったのだという事を知って、ただひたすらに、涙を流し続けた。


 もう泣かないで。


 幸枝は大志が泣き止むまで、ずっと傍にいてくれた。

 

 

 翌朝、大志はいつもの朝を迎えた。

 玄関を出ると、夢に出て来た明るい幼馴染が待っていた。

 幸枝はおはようといつもの笑顔を見せる。

 大志はそんな幸枝を眩し気に見る。


「ねえ、昨日のドラマ見た? 最終回泣けたよねー」


 並んで歩く大志に、幸枝は屈託のない笑顔でドラマのラストシーンの解説をしだした。


「主人公は片思いのクラスメートに結局打ち明けなかったのよね。そこは私的には言っちゃいなさいよって思ったけど……」


 大志は幸枝の話を相槌を打ちながら聞いている。


「主人公は自分の想いを叶えることよりヒロインの幸せを選んだ。本心を隠してヒロインを見送ったラストシーンで私泣いちゃった」


 大志は毎週この青春ドラマ話を聴かされていたので、なんとなくストーリーは把握しているものの、実は一度も観てはいなかった。

 幸枝はそんな大志を前に、さらに熱く語る。


「主人公がヒロインに言った最後の一言、感激しちゃった」


 思い出しながら幸枝は少し頬を染めた。


「振り返るな、君には前を向く姿がよく似合ってるって」


 幸枝のその言葉に大志はハッとした。


 君だってそうじゃないか……。


「ゆきちゃん」

「なに? 大ちゃんも感動しちゃった?」


 大志は一度息を吸ってからゆっくりと吐いた。


「俺、ゆきちゃんと帰れない」


 幸枝はそれを聞いて困ったような笑顔を浮かべる。


「どうしたの? 用事でもあるの?」


 幸枝は大志の顔を覗き込む。

 いつも大志に向けてくれる、変わらない優しい表情。

 今までどれほどその優しさに救われてきただろう。

 胸の中の痛みが、いつの間にかこんなに大きくなってしまっていた事を大志は知った。


「俺の事はいいからさ。瀬尾の事ちゃんとしてやりなよ」


 幸枝の顔を大志はまともに見る事が出来ない。


「瀬尾君もそれでいいって言ってくれてるよ」


 幸枝はいつものように大志をいたわるように優しかった。

 かつての大志なら、幸枝の差し伸べてくれた手を、また掴もうとしていたかも知れない。

 でも今は幸枝の振り返る姿よりも、前を向いた背中を見たかった。


 もう俺の手を放していいんだ。


 その差し伸べられた手を、大志はもう掴もうとしなかった。


「俺の言う事もたまには聞いてよ。ね」


 大志は幸枝に明るい笑顔を見せた。


 いつもと同じ朝の匂いのする通学路。

 同じ道を並んで歩く二人のその先に、それぞれの道が続いていく。大志にはぼんやりとその道が見えるのだった。

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