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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第22話 昼食後の立ち聞き

 晴香は土曜日に教授に教えてもらった事を、日曜日を使って一冊のノートにまとめていた。

 お昼休みに弁当を食べ終えると、上機嫌でまとめたノートを手に、大志の教室へと向かった。

 そして教室の中を少し開いた窓から覗いてみる。


「んー、いないな」


 お弁当を食べ終えた後なので、教室に残っている生徒の数はまばらになっていた。

 何時も座っている自分の席にはいないみたいだ。


「またトイレか」


 晴香はどうせそこだろうと見当をつけると、まっすぐ男子トイレに向かった。

 流石に覗くわけにもいかず壁を背にして待っていると、トイレの中から話し声がしてきた。

 どうやら大志の声みたいだ。手を洗いながら誰かと話しているようなので晴香は耳をそばだてた。


「ごめんな、丸井、しつこく付きまとわれて迷惑してるんだろ」


 晴香の顔色が変わった。

 報道部の先輩の声だった。


「戸成はうちの部の問題児なんだ。たかが壁新聞程度の活動しかしていないうちの報道部で、一人だけジャーナリスト気取りでかっこつけてる変人なんだ」


 馬鹿にしたような口調に、晴香は壁を背にしたまま固まってしまった。


「あいつがかき回すせいで、うちの部はみんなのいい笑いものだよ」


 晴香は唇を強く結んで下を向いた。

 胸に抱えたノートを持つ手に力が入る。


「あいつ友達もいないし暇だからいっつもあんなことばっかりやってるんだ。お前もあんなやつ相手にしないようにな」


 嘲笑混じりの先輩の声に、晴香はいたたまれなくなってその場を去ろうとした。

 そこに大志の声が聞こえてきた。


「なんだよそれ」


 晴香の脚が止まった。


「あいつは軽率で浅はかでどうしようもないお調子者だけど、こうと決めたらやり通す行動力がある。みんな馬鹿にしてるみたいだけどあいつの行動力に勝てるやつなんて学校中どこを探してもいない筈だ」


 うつむいていた晴香が顔を上げた。


「あいつの事、もっと評価してやれよ。ひょっとしたら何とかの原石かも知れないぜ」


 大志の言葉に先輩は何も返せない様だ。


「それになかなかいい奴だよ」


 大志が出てきそうになったので晴香は慌ててその場から駆け出した。

 階段の踊り場まで駆けて来てから一息つく。

 大切そうに抱えていたノートに晴香は目を落とす。

 少し頬を染めたその顔には嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。



 放課後、大志が柔道場で稽古を終えた時、待ち構えていたように晴香が現れた。


「ねえ先輩」

「ああ、この間はありがとな」


 何だかご機嫌な晴香を、大志は怪訝そうな目で見る。


「ちょっと着替えたいんで遠慮してくれる?」

「あ、私は別に気にしませんけど」


 柔道場の扉の前で中を覗き込んだまま、晴香はその場を動こうとしない。


「俺も含めて部員全員が気にするの。ホント頼むよ」


 道場で大志が着替える間、晴香は扉を背にしてしばらく待っていた。


「はい、お待たせ」


 制服に着替えた大志は、さっぱりした顔で出てきた。


「取り敢えずミーティングだよね」

「そういうことです」


 もうなんとなく二人の息は合い始めている感じだった。



 中庭のベンチに腰かけて、大志は晴香のまとめたノートを真剣な表情でめくっていた。


「凄いな。戸成を見直したよ」

「へへへへ」


 晴香は少し照れ臭そうな笑顔を見せた。


「あの教授の言ってたとおりの加速理論に沿ったものが俺の身に起こっているのだと思うんだけど、戸成はどう思う?」

「私もそう思う。あの打球と先輩が投げたボールの事、それで説明がつくと思うし」

「つまり時間が止まった、あるいはゆっくり流れたというのならあそこまでボールは飛んでいく事は無い」


 大志は教授の理論と照らし合わせ、自分なりに色々分析してきていた。


「だけど加速理論でその個体が加速している状態なら、静止している物やゆっくりと動いている物に影響を与え、その加速力を運動エネルギーに変えることが出来る」


 大志の説明に晴香は首を傾げ言い直した。


「先輩の言いたいことは分かるけど、それって単純に加速している先輩が打ったり投げたりしたら滅茶苦茶遠くに飛んでいくって事でしょ」

「そういうこと」


 大志はへへへと笑った。


「戸成はその辺も器用だな。分かり易く説明するのって難しいな」


 褒められて晴香はまた少し照れている。


「私先輩の打った打球が直撃したフェンス見てきました」

「え? もう? それでどうだった?」

「自分の目で確かめた方がいいと思いますよ」


 晴香は大志の腕を取って立ち上がった。



 打球の直撃した大志の背よりも少し高い位置のフェンスは、相当な力が加わった様に変形していた。

 大志は遠くに見えるバッターボックスに目をやる。


「一体ここから何メートルあるんだ……」

「大体100メートル。正確には98メートルだそうです」

「距離も凄いけど調べてた戸成も凄いな」


 大志は素直に感心した。


「ライナー線の打球で、もしフェンスが無ければこの感じだともっと遠くに飛んでいってそうでしょ」

「違いない」

「そんで、あの外で見つけた先輩の投げたボール」

「あ、それもあったな」

「あれも大体の飛距離を割り出しました」

「そうなの!?」


 晴香の仕事の素早さは大志の想像をいつも超えてきていた。

 また驚いた顔をしている大志に晴香は満足そうだ。


「さー何メートルでしょうか?」


 クイズ形式で出題してきた。


「んー、えーと」


 大志はフェンス迄が100メートルだからと考え始めた。


「あと5秒!」

「時間制限有るの?」


 晴香のカウントに大志は焦りだす。


「130メートル!」

「ブッ、ブー」


 晴香は腕で大きなバツ印を作った。


「惜しいっ!」


 晴香に残念がられて大志は無性に悔しかった。


「で、何メートル?」

「茂みに突き刺さっていたんで結構正確に測れました。140メートルでした」

「ほう。滅茶苦茶飛んだな。でも何だかピンと来ないな」

「そうですよね。分かりにくいだろうと思ってメジャーリーガーのホームランの飛距離と比べてみました」

「凄いな。俺じゃなくて戸成の事がさ」

「へへへ」


 晴香はまた照れくさそうに笑った。


「メジャーリーガーのホームランの飛距離は特大と呼ばれるものでも130メートル台です。先輩は自分の肩で投げてそれ以上でしょ」


 しいて言えばそれほど思い切り投げた訳でもなかった。


「加速していたとしか考えられないわ」


 晴香は確信を持ってそう結論づけたのだった。



 大志達はグラウンドの端にいたので、二人並んで校舎に戻ろうと歩いていた。

 日が傾いて綺麗な夕焼けが空を彩っている。

 二人は何となく同じ様に空を見上げながら歩く。

 もうすぐ靴箱だという所でしばらく黙っていた晴香が口を開いた。


「ねえ先輩」

「ん?」


 大志は頭一つ分背の低い晴香に目をやった。


「ううん、何でもない」


 何か言おうとしかけて止めた晴香を、大志は変な奴だという目で見る。


「あ、そろそろ生徒会終わりそうだ」


 大志は学校の時計を見上げて時間を気にしだす。


「多田先輩ですか」


 晴香は少し不満げな顔をした。


「この間の事もあるし、すっぽかしたら今度こそ怒られる。悪いけどまた明日にしてくれるかな」


 そう言い残してそそくさと大志は鞄を持って駆け出した。


「ねえ、先輩」


 呼び止められて大志が振り返ると、晴香は何か言いたげにこちらを見ていた。


「どした?」

「うん、あのね……」


 躊躇いがちに視線を大志から逸らすと、そわそわしながら小さな声でひと言こう言った。


「今日は、その……ありがと」

「俺のほうこそだって。色々調べてくれてありがとうな」


 大志は晴香に向かって軽く手を振った後また駆け出した。

 晴香はそんな大志の背中を見えなくなるまで見つめていた。

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