第19話 次の一手
いつもの通学路。大志の隣を歩く幸枝は朝からやや不機嫌だった。
「すっぽかすなんて酷いわ」
昨日、晴香に引っ張りまわされていた頃、生徒会が終わった幸枝は大志の事をずいぶん探し回ったらしい。
「瀬尾君も一緒になって探してくれたんだから。いったいどこで何してたの?」
ピッチングマシーンのボールを当てられていたのを言うべきか……。
帰って鏡で見たら結構な青あざになってた。
「もう、心配させないでよね」
幸枝は大志の背中を、パーンと掌で叩いた。
「うっ」
大志の顔が歪んだ。
「あ、ごめん事故の後だって忘れてた」
幸枝は大志の背中をさすって謝ったが、そこはボールの直撃した場所だった。
「やっぱり結構痛めてたんだね。ごめんね」
さっきまで機嫌が悪かったのも忘れて、幸枝は大志を本気で心配している。昔から幸枝は大志に過保護すぎるみたいなところがあった。
「今日こそ一緒に帰ろ。大ちゃんも怪我してるし、お稽古休むでしょ」
実は部活の稽古には出ようと思っていた。
「いや、休むのはちょっと……」
「駄目よ。そんな体で何考えてるのよ」
結構皆勤にこだわっていた大志は、幸枝が反対するのを何とかなだめて稽古に出たのだった。
柔道部の稽古中にまた戸成晴香は現れた。
「なんかあの子、さっきから手招きしてるんだけど」
一緒に組んで稽古していた葛西洋介が大志に囁いた。
「分かってる。あえて気付かないようにしてるんだ。稽古中は集中したいんだ」
「ふーん」
洋介はそう言って大志を投げ飛ばした。
受け身を取って起き上がった大志の視界に晴香が入ってくる。
しつこく手招きしている。
大志は無視して次の相手と組む。
組んだ一年の後輩は晴香の事が気になっている様だ。
「丸井先輩、あの子さっきからずっと手招きしていますよ。相当イライラしている様に見えるんですけど」
「稽古中だろ。集中しろよ」
「いや、どうしても視界に入ってくるんで気になって気になって」
大志はそう言われて晴香を一瞥する。
やっと反応したと両手を振っている。
「ごめん、ちょっと行ってくる」
大志は諦めた。晴香の思うつぼだった。
「で、何?」
水筒のお茶をごくごく飲んだ後、ちょっと冷たい感じで言ってみた。
「ねえ、先輩、明日の土曜って空いてたりします?」
特に何の予定もなかったが、素直に応えてはいけないような嫌な予感がした。
「ねえ、どうなんですか」
「空いてたらどうなるの?」
「ふふふ」
含み笑いをしてから晴香は一枚の紙を大志に見せた。
大志はそれを手に取って眺める。
「昨日遅くまで調べてたら見つけちゃって」
晴香は結構頑張りましたと得意げだった。
A4の紙には白黒だったが、ウェブページを印刷したのか、ちょっとした記事が載っていた。
「加速理論の第一人者、東北大学名誉教授、篠田小五郎……」
「その下を見てください」
晴香は指で紙をなぞった。
「ん-、加速理論の簡単解説本発行を記念しての初版記念握手会……」
「この書店って近いと思いませんか」
「まあ近いといえば近いけど、これって俺に関係あるのかな」
「わかんないけど、ドーンとぶつかってみましょうよ」
晴香は怪訝な顔をしたままの大志の背中をドーンと叩いた。
「うっ」
またボールが当たったところだった。
「あっ、昨日の……実は私もまだ痛くって」
「俺も叩いてやろうか」
顔を歪ませながら大志は半分本気で言った。
「もしやったら叫びますよ」
晴香は本気みたいだ。
「とにかく先輩に関係があるかどうかを見極めに行きましょうよ。朝十時に駅前で待ってますからよろしく」
そう言い残して晴香は走り去っていった。
「あいつ、結局俺の都合聞いてないじゃないか」
分かっていた事だが、やはり晴香のペースで物事は進んでいくのだった。




