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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第17話 試行錯誤

 大志の視線の先には、白球を握りしめ金属バットを手にした晴香がいた。


「行きますよー」


 スカッ!


 ノックをしようとした晴香だったが、それはそれは見事に空振った。


「いててて」


 空振った勢いで一回転して尻もちをついた。

 放課後のグランドの片隅で、二人は少し距離をとって向かい合っていた。

 さっきから何度も大志に向かってボールを打ってやろうとしている晴香だが、今だ一球も飛んできていなかった。


「なんで当たらないのよ」


 自分の腕前を棚に上げて、口を尖らせバットを睨みつけながら文句を言う。

 駄目な奴の典型的な姿だと大志はうんざりしていた。

 考えは浅はかでスカスカな晴香だったが行動力だけは天才的だった。

 大志の相棒になったとご機嫌な晴香は、早速大志の能力の謎を解き明かすべく走り出した。

 そしてまずは大志自身、何がきっかけで能力が発動するのか分からないと言う事を踏まえ、それならそこから探ろうと行動に出たのだった。

 そして晴香は単純明快にしらみ潰しに当たって行けば、そのうち正解に辿り着くと、至極当たり前の結論に行きついたのだった。

 その第一歩というのがこのノックだった。


「先輩の能力が発揮されたのって、野球のときに二回もあった訳ですよね」


 そして今、ボールを本人にぶつけてみたらどうなるか試している最中だった。


「よーし、今度こそ」


 気を取り直してまた繰り返そうとする晴香に大志は声をかけた。


「何時までやったらまともに球がバットに当たるんだよ。違う方法を考えないか?」


 そう言う大志の制止を聞かず、またまた晴香のバットは空を切った。

 そしてまたクルリと一回転して尻もちをつく。


「いててて」

「言わんこっちゃない」


 大志は晴香の元まで走って行った。


「バットで撃つのは諦めよう。この調子じゃ何年かかるか分からない」


 土で汚れたスカートを払いながら、晴香は忌々し気にバットを投げ捨てた。


「覚えてらっしゃい」


 負け犬の吐くセリフを残してボールを掴みなおす。


「先輩、さっきのとこまで下がって下さい。これから思い切り投げますんで」


 大志はなんの期待もせずにまた距離を取った。


「手で受けないで体で受けてくださいね。ちょっと痛いかも知れないけど」


 そして晴香は振りかぶった。


「そりゃーっ!」


 晴香の手を離れた白球は、放物線を描きながら緩やかに大志の方に向かって来たが、まるで届かずポトリと落下した。

 大志は大きく、はあとため息をついた。


「もう一回!」

「タイムタイム!」


 大志はまた晴香の所まで走ってきた。


「諦めろ」

「えー」


 晴香はつまらなさそうに口を尖らせた。


「そんなへなちょこボール駄目に決まってるだろ。いい加減諦めろ」

「今へなちょこって言いましたね。頑張ってるのに酷いわ」

「酷いのは戸成の立てた計画だろ。出来そうに無い事に何時までこだわってんだ」


 頭に来たのか晴香はフンとそっぽを向いてしまった。


 キーン!


 バッティング練習している野球部の金属バットが小気味良い快音を響かせている。


「あ」


 晴香はその姿を食い入るように見る。


「あれだ!」


 晴香は大志を置いて駆け出した。


「あれってなんだ?」


 大志は首を傾げて晴香の走って行く姿を見送った。


 そして10分程経って……。


「借りてきました」

「これは……」


 ピッチングマシーンだった。


「よくこんなもの貸してくれたな」


 大志はあらためて晴香の行動力と突破力に感心した。


「記事に載せるのに調べたいからと、顧問の先生から借りて来いって言われた筋書きを作りました」


 目的のためには手段を選ばないハングリーな奴だった。


「大丈夫か? こんなのまともに当たったら大怪我しそうだけど」

「先輩もしかしてビビってるんですか?」


 晴香はニヤニヤして大志の顔色を伺っている。

 ちょっと悔しくって、大志は内心恐怖に震えながらも了解したのだった。



「行きますよー」


 青ざめる大志にピッチングマシーンの射出口を向けて、晴香は何が起こるのか楽しみでしょうがないという雰囲気をみなぎらせながらボタンを押した。

 ウーンという音の後に、機械から勢いよくボールが飛びだしてきた。


「わっ!」


 大志はあまりの恐怖に跳び退いた。


「何やってるんですか!」


 せっかく命中しそうだったのに間一髪で避けた大志に、晴香はちょっと切れ気味に言った。


「何か、速すぎないか? 空気を切り裂くような凄い音がしたんだけど」

「ちょっとスピード落としましょうか?」

「頼むよ。で、今のは何キロだったの?」

「140キロ」

「殺す気か!」


 大志は走って行ってピッチングマシーンの球速を自分で調整した。


「遅すぎないですか?」


 80キロに合わせたのを見て、晴香がつまらなそうな顔をする。


「これでいいの!」


 今度は大志が切れ気味に言い放った。

 そしてまたもとの位置に立って合図を送った。


「行きますよー」


 ボールが飛んできた。

 そこまで速そうじゃなかったが、怖くてとっさに大志は背を向けた。

 背中にボールが直撃する。


「ぐう」


 大志はあまりの痛みに膝をついた。


「いててて」

「もう一丁!」

「あ、待って」


 大志が止める前にボールは飛んできていた。


「ぎゃ!」


 まったく同じ所に当たって大志は倒れ込んだ。


「まだまだ!」


 大志は晴香のやる気みなぎる声に転がって逃げた。


「何やってるんですか!」


 晴香が文句を言いながら走ってきた。


「いや、これ無理だ。無理なやつだ」


 背中を押さえながら大志は涙目で訴えた。

 そんな必死の懇願に、晴香は全く動じる様子はない。


「後ろ向きだから駄目なのかも、今度は前向きで受けて下さい」


 鬼のような晴香の一言に、流石の大志も言い返した。


「出来ねーよ! こんなのまともに受けたら大怪我だよ」

「何よ意気地なし! 真実を知るためにこれぐらい我慢しなさいよ!」


 しばらく言い争った後、晴香は大志を指さして言い放った。


「じゃあ、私がやってみます。私のピンチの時に二回も先輩の能力が発動したって事は、美少女の危機に反応するのかも知れないし」

「誰が美少女だよ……」

「なんか言った?」

「いえ、何も……」


 この小生意気な奴が美少女かどうかはともかく、自分から志願したのには感心した。

 大志は背中を押さえながらピッチングマシーンのもとへ行った。


「何でついてくるんだ」

「へへへ、ちょっと」


 晴香はピッチングマシンの球速目盛りを一番下まで下げた。


 65キロ……。


「お前、自分には甘いやつか!」

「だって私、女子だし」


 まあ怪我をされても困るので、これで行くことにした。


「どぞー」


 晴香が手を挙げた。

 大志はボタンを押した。

 おっそい球がヘロヘロと晴香に向かって飛んでいく。

 それでも晴香は顔色を変えて後ろを向いた。

 ボールは晴香のそこそこ肉付きのいいお尻に当たった。


 ボスッ。


「いったーい!」


 晴香はお尻を押さえて飛び上がった。

 その後すぐにピッチングマシーンは野球部に返却された。

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