第13話 記者魂
大志は戸成晴香の申し出を、嫌々ながらも了承した。
コソコソ隠れて追いかけまわされるよりも、二択しか選択肢が無いのならこちらの方がまだましだと思ったからだった。
という訳で晴香は堂々と誰の目をはばかる事無く、大志について回るようになった。
だが当初のホームランの事は晴香の関心事では無くなっていた。
今の晴香の関心は、あの屋上からの転落を大志がどうやって助けたのかという事に入れ替わっていた。
結局晴香のしつこい事後検証で、木の枝で弾んで窓から戻って来れる訳がないと結論を出し、どう考えても大志が怪しいと睨んだみたいだった。
お昼休み。弁当を食べ終え、用を足した後、トイレから出てきた大志を、晴香は普通に待っていた。
「そこまで密着しなくてもいいんじゃない?」
大志は流石に中までは入ってこないものの、男子トイレまでついてくる晴香に苦言を呈した。
「私、気にしてませんのでお構いなく」
こっちの都合はまるで気にしていない様だ。
大志は教室に戻ろうとハンカチで手を拭きながら歩き出す。
「ねえ丸井先輩」
後ろから制服の裾を引っ張られる。
振り返ると、戸成晴香は上目遣いでちょっと可愛い顔をしていた。
「え? なに?」
「ちょっと付き合ってください」
断ったらまた揉めそうなのでついて行くことにした。
段々この娘のペースに巻き込まれていっているような気がした。
「どこ行くの?」
「二年三組。多田先輩を捕まえに行きます」
「捕まえるってどうして?」
晴香は問いに応えず、三組の教室の窓から中を見渡す。
「んーー」
「ゆきちゃん見当たらないな」
大志は晴香と一緒に教室を見渡したが、幸枝はどこかへ行っている様だった。
「そこの人、多田先輩はどこに行ったか知りませんか」
手近な男子生徒を捕まえて、晴香は物おじもせず訊いた。
「さっき二組の瀬尾が来て、二人で出てったよ」
男子生徒の言葉に大志の胸はまたキューと痛くなった。
「ご協力感謝します」
晴香はそう言い残して、今度は大志の袖を引っ張り、付いて来てと促した。
「どこへ行くの?」
「屋上です」
即答し、階段を二つ飛ばしで駆け上がっていく晴香に大志はついて行く。
階段を上がりきってドアのカギを開けると、屋上には爽快な景色が広がっていた。
「この間の事、もう一度検証したいんです。多田先輩も一緒ならもっといいんだけど、いいでしょ」
そう言う事か。
何の説明もなく連れてこられたが、晴香は順序だててここで何が起こったのか再検証しようとしていたのだった。
「まず私があのあたりで調べていた時に……」
晴香はあんな事があった後なのに怖くないのか、さっさと屋上の端まで歩いていった。
「こんな感じでしゃがみこんで下を見下ろしていたのよね」
「あのさ、危ないよ。また落ちるかもって思わないのか?」
膝をついて下を見下ろす晴香を見ている大志の方が怖くなってきた。
少し風が有るな。
フワッ。
「あっ!」
今一瞬スカートの中が見えた。
白……。
「先輩!」
晴香が大声を上げた。
「わざとじゃない。突風のせいなんだ」
「何言ってるんですか、今の見ました?」
「見てしまったけど、ちゃんとは見てない。視界に入っただけなんだ」
弁解がましい大志に、晴香は首を傾げた。
「今、突風が吹いても何とも無かったですよね。突風ぐらいでここから落ちる感じじゃないと思いませんか」
そっちの話か。
わざとでは無いものの、白いものを見てしまった大志は、勘違いだったと胸を撫で下ろした。
「とにかく危ないからこっちに来るんだ。見てるこっちが恐ろしいよ」
真面目に説得されて、晴香はしぶしぶ戻って来た。
「大体あの時、あんなところで何をやっていたんだい?」
前から聞こうと思っていた質問を投げかけると、晴香はちょっと言いたくなさげに目を逸らした。
引っ張りまわすだけ引っ張りまわして、肝心なことを話そうとしない晴香に、流石の大志も少しへそを曲げた。
「君が隠し事をするのなら俺も協力できないよ」
「痛いところを突いてきますね。まあいいわ。話すけど他言無用に願います」
晴香は一度、上がってきた階段の方に目を向けて、人がいないか確認した。
そして大志に聞こえやすいよう顔を近づけてきた。
「この前生徒が一人転落死しましたよね。さっき私がいたあたりから落ちたみたいなんです」
それを聞いて大志は眉をひそめた。
「報道部の先輩からは首を突っ込むなって言われているんですけど、私は真相を暴いてやろうって思ってるんです。どう考えても不自然じゃありませんか? 鍵のかかってる屋上でふざけていて落ちたって、事件の匂いしかしませんよ」
晴香は匂いを嗅ぎつけた猟犬のように、この一件に犯罪の匂いを感じ取っているみたいだった。
「死んだ後藤健輔の制服のポケットに、今私が持っている鍵が入っていたって関係者から聞きました。仲間とつるんでいるならともかく、わざわざ職員室から鍵をくすねて、こんなところで一人でふざけてたって、どう考えてもおかしくないですか」
晴香の説明はなるほど納得できた。
確かに、こんな場所で一人でふざけるなんて、おかしな薬でもやっていない限り説明がつかない。
「君は誰かが後藤を突き落としたんだと考えてるんだね」
「はい。真相を暴いてこの学園に何が起こっているのかを、白日の下に晒したいんです」
言っている事は立派だが、使命感と言うより好奇心寄りに見える晴香を見ていて、大志は不安になった。
「あのさ、もしそうならこんな事をしていたら、君も事件に巻き込まれるんじゃないのか、いや、もうあの時巻き込まれたといった方がいいか……君は平気そうだけど、あの時下まで落下していたら君も後藤と同じ事になっていたのかも知れないんだよ」
大志が真面目な顔で言っているのにも拘わらず、晴香はさほど気にかけていなさそうだった。
「前は一人だったけど丸井先輩が一緒だし、その辺は大丈夫。スクープして先輩をぎゃふんと言わせてやるんだ」
鼻息荒くそういった晴香に、大志は深い溜息を吐いた。
「あのなあ、その一発当てたろう感、何とかならないか」
晴香の頭の中には、馬鹿にした先輩を見下している成功映像しか浮かんでいなさそうだった。
そして部活が終わった帰り道、また晴香は大志にくっついていた。
昨日と違い今日は大志と並んで歩いている。
「いい加減先輩の秘密教えてくださいよ」
「は?」
「なんかあるんでしょ。でないと私を助ける事、出来なかったはずよ」
晴香はそういった事には鼻が利くのか、大志の事を普通ではないと根拠もなく気付いている様だった。
「あのホームランといい、私を受け止めた事といい、先輩には普通じゃない何かがあるって睨んでるんです」
「買い被りすぎだよ。俺の事知らないんだろ、勉強は下から数えた方が早いし、運動全般まるで駄目。柔道の試合でも他校に勝ったためしもない」
まだ続けようとしていた大志を晴香は止めた。
「そうやって本当の姿の隠れ蓑にしているんでしょ。私は胡麻化されないんだから」
調子よくそう言われて、何を言っても無駄なんだなと、それ以上言うのを止めた。
「なんかあったら頼りにしてますよ。丸井先輩」
晴香は振り返って無邪気に笑顔を見せた。
その時、大志の視界に信じられない光景が飛び込んできた。
一台の車がこの狭い住宅街を、結構なスピードでこちらに向かって走ってくる。
その車は速度を落とさず二人に向かってきたのだった。
晴香は車に背を向け、こちらを見ていたので気付いていなかった。
とっさに大志は晴香を突き飛ばした。
「きゃっ!」
小さく叫んだ晴香は何が起こっているのか分からず、目を丸くしたまま電柱の陰に尻もちをついた。
そして激しい衝突音。
ドン!
大きく目を見開いた晴香の前で、大志の体は宙を舞った。




