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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第12話 追っかけ騒動

 お昼休み。弁当を食べ終えた大志は、教室の入り口をちらと見てため息をついた。


 何なんだあいつは。


 そこにはごついカメラを構えてこちらを狙っているあの報道部一年生、戸成晴香がいた。

 隠れて狙っているつもりなのだろうが、教室にいる誰もがコソコソ感あふれる一年生をおかしな奴だと観察していた。


 えらいのに目を付けられたものだ。


 目を合わせないようにしているものの、痛いぐらいに突き刺さってくる好奇の視線に、もうやめてくれと叫びたくなった。


「丸井、ちょっといいか?」


 声をかけて、空いている前の席に座ってきたのは瀬尾だった。


「なんか、さっきから変な娘があそこにいるんだけど、どう見ても丸井を狙ってるよな」

「悪いけど俺、気付かないふりでやり過ごしたいんだ。そっとしといてくれないか」


 瀬尾はハッとして狙い続ける晴香から目を逸らした。


「ごめん、気付かなかった」

「いや、いいんだ。変な奴に絡まれて困ってるだけだから」

「あの子報道部だろ、なんか追っかけられる事でもやらかしたのか?」


 そう言われてなんと返そうかと考える。まさか屋上から落ちた話をする訳にもいかないだろう。

 そして一番無難な返事を返しておいた。


「野球だよ。まぐれホームラン」


 瀬尾は、ああ、それかとすぐに納得してくれた。


「凄いな、まるでスキャンダル中の野球選手みたいだな」

「冗談でも嫌な響きだな。しかし気が休まる暇もない」


 大志は弁当を片付け終えて席を立った。


「どこ行くんだ?」

「あいつが付いてこれないとこ」


 大志はそう言い残すと教室を出て、食らいついてくるハイエナを振り切るように男子トイレに駆け込んだ。



 戸成晴香はよっぽど暇なのか、四六時中、大志の後を付いて回った。

 なるべく目を合わせないように頑張っていたのだが、柔道部の稽古を終えて道場で着替えているのを撮りまくっているのを感じ、とうとう声をかけた。


「いいかげんにしろ!」


 大志にしてはかなりきつめに言ってやった。


「バレたか」


 気付かれてないとでも思ってたのかと頭を疑った。


「先輩も見掛けによらず、なかなか鋭いですね」


 盗撮していた事を感じさせない堂々とした態度だった。


「で、何の用?」


 大志は出来るだけ冷たく言ってやった。

 しかし晴香は全く気にもしていない感じだった。


「私の目はごまかせませんよ」

「え?」

「ふふふふ」


 謎めいた笑いを残して、戸成晴香は背を向け走り去っていった。

 大志はさっきの含み笑いを心底不気味だと感じていた。



 幸枝は瀬尾と一緒に帰ったので大志は一人、薄暗くなりかけた住宅街を抜け、帰り道を急いでいた。


 学校を出てからもついてくるのか。


 数メートル後ろを、雨も降っていないのに戸成晴香は傘で顔を隠しながら付いてきていた。

 あまりのしつこさに、たまらず大志は立ち止まった。


「あのなあ」


 晴香は傘をさしたまま、大志の声に反応せず、すたすた通り過ぎようとする。


「雨も降ってないのにおかしいだろ。カメラも首からぶら提げてるし、何にも隠せてないんだけど」

「しまった」

「しまったじゃないよ。君の家こっちじゃないんだろ」


 大志はもういい加減にしてくれと、相手に分かるように顔に出した。


「へへへへ」


 傘をたたんで舌をぺろりと出して見せた晴香は、不覚にもちょっと可愛かった。


「いい加減やめてくれ。なんでしつこく、くっついてくるんだ」

「だって私、記者なんだもん」

「知らないよそんな事」

「先輩は特ダネの匂いがプンプンしているの。そんで記者魂が私を突き動かしてしまうのよね」


 高校の部活で、しかも始めてまだ半年ぐらいしか経っていないのに、おかしなプロ根性をかざしている。

 特ダネのためなら他人の都合などお構いなしに突き進む、とんだ迷惑娘だった。


「真相を暴くまで、私先輩から離れませんから」


 行動力は凄いが常識は持ち合わせていない様だ。

 普通に話をして引き下がる相手ではないと思い知らされ、大志もそれならこっちにも考えがあると向き直った。


「明日、報道部に行って君の先輩に文句言ってやる」


 その一言で晴香の顔色が変わった。


「ちょっとそれ困るんですけど」


 こいつの弱点はそこか。


「いいや、言ってやる。あのインタビューの記事もでっち上げだって洗いざらい話してやる」


 晴香は口を尖らせ膨れた。


「私を脅す気? ジャーナリストの口を塞ぐのに先輩を使うなんて、この卑怯者!」

「言ったな、ジャーナリストだって? 報道部の問題児のくせに何いきがってんだ!」

「なによ! 先輩みたいに私を馬鹿にして! 私だって頑張ってるのに……私だって……」


 晴香は真っ赤な顔をして怒りながら、ぽろぽろと涙を流していた。

 流石に泣きだされて大志は言い過ぎたかと反省した。


「ごめん。今のは俺も悪かった。言い過ぎたよ」


 晴香はまだ顔を真っ赤にしたままうつむいて、目に涙をいっぱい溜めていた。


「先輩には言わないよ。でも追っかけはやめてくれ」


 大志は後味の悪さを感じながら、そのまま背を向けて帰ろうとした。


「追っかけるのやめます」


 大志の背中に、鼻水をすすりながらの声が聴こえて来た。

 大志は振り返ってほっとした顔をした。


「分かってくれたらいいんだ」

「もうコソコソ取材したりしません。堂々と取材させて下さい。お願いします」


 晴香はこれ以上は出来ない程深々と頭を下げた。


「お願いします」


 このとき大志は、戸成晴香の記者魂は本物かもと思ってしまったのだった。

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