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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第11話 嫉妬はどこから

 大志は幸枝の部屋に来ていた。

 子供の時から何度も上がり込んで、慣れている筈の部屋だったが、瀬尾の事が頭にあった大志は微妙な気持ちだった。

 幸枝は丸いちゃぶ台の上に袋菓子を広げて、サクサクといい音をさせていた。


「大ちゃんも食べなよ」

「うん」


 当たり前のように二人で袋菓子をつまむ。


「なんか変な日だったね」

「そうだね」


 幸枝はいつも通りだったが、なんとなく話があるのだろうと大志は予想していた。

 プシュッと音をさせて、ペットボトルのキャップを開けた幸枝はグラスにコーラを注ぐ。

 シューという炭酸の弾ける音のするグラスが、大志の前に置かれた。


「どうぞ」

「いただきます」


 自分のグラスにもコーラを注ぐ幸枝に目をやりつつ、爽快な甘い液体を流し込む。

 喉に絡む刺激を感じつつ、大志はこちらから聞いた方が良いのかと考えていた。


「あのさ」


 先に口を開いたのは幸枝の方だった。

 いよいよかと思い、大志は少し緊張する。


「今日のあの子、何て名前だっけ?」


 てっきり瀬尾の事を話しだすのかと構えていたので拍子抜けだった。

 はっきり言ってあの報道部の一年生など、どうでも良かった。

 それでも大志は思い出しながらこたえる。


「えーと、確か名前は戸成晴香って言ったな。報道部の一年生だよ」

「強烈な個性の子だったね。初対面で屋上から落ちてたし」


 幸枝が言った後、大志はその事については突っ込んでおいた。


「屋上からの転落と個性は関係ないと思うけど、確かに濃ゆい感じの子だったね」

「そうね、自分から飛び降りたんじゃないし。でも良かった。何ともなくて」


 もしあのまま転落していたら、ここでこうして落ち着いておしゃべりなど出来ていなかっただろう。

 もしあそこに大志がいなければ、あのまま地面に激突していたに違いなかった。

 下手をすると、この短期間で二人も学園で死者が出ていた事になる。

 そう考えると今日の事も、あの転落死と何か繋がっているのだと思えてきた。


「ねえ、大ちゃん、聞いてる?」

「あ、ええと、ごめん」


 少し考え事に夢中になっていたみたいだ。


「あの報道部の一年の子の事、気になってるんでしょ」

「えっ、どういう意味?」


 大志は何を言い出すのかと怪訝な顔で幸枝を見る。スナック菓子をサクサクと頬張る幸枝はなかなか返事をしない。

 グッとグラスをあおって、口の中の物を喉の奥に押し流してから、また幸枝は話し始めた。


「だって言ってたじゃない、追っかけ取材されてるって、当分あんな感じでどんどん来ちゃいそうだね」

「ああ、そのことね」


 幸枝の意図が分かったので、大志は落ち着いて応えた。


「ゆきちゃんが今言ったようにちょっとね。あんまり取材とかやめて欲しいんだ。あのホームランだってまぐれだし」

「取材の事はともかく、私は大ちゃんがまた打つって信じてるよ。実は球技大会が楽しみなの」


 頭の中であの変なゴトリという音がして、ボールがゆっくりと飛んでこなければ、打てるはずもなかった球だった。

 何だかズルい事をして持ち上げられているような後ろめたさがあった。

 幸枝には本当の事を言っておいた方がいいのだろうか。

 大志はスナック菓子を頬張りながら考えを巡らせる。


「あのさ」


 大志と幸枝が口を開いたのは、殆ど同時だった。


「へへへ、被っちゃったね」


 幸枝は可笑しそうに笑った。

 大志もたまにあるこういった幸枝とのシンクロに苦笑してしまう。


「私、実はちょっと大ちゃんに話したいことあったんだ」


 今日一緒に帰ろうと待っていた事も、この部屋に携帯で呼びだした事も、瀬尾の話をするためだと大志には分かっていた。


「だろうね。聞くよ」

「うん。ごめんね、いっつも聞いてもらって」


 幸枝は座り直すと、一つ大きく息を吐いて話し始めた。


「今週ずっと瀬尾君と帰ってたんだけどね……」


 大志は幸枝が話し始めてすぐに胸がキュウと痛くなった。


「ちょっと困ってるの。話もあんまり弾まないし、帰りにちょっと立ち寄って何か食べたりしてもそんなに楽しくないし、思ってたのとなんだか違うっていうかなんというか」


 話を聞いているうちに大志の胸の痛みは少しマシになった。

 だが素朴な質問をぶつけてみた。


「交際経験ゼロの俺にそれを聞かせても何にも出てこないよ。女子の友達に相談したら?」

「そこはまた聞く事もあるかも知れないけど、男子目線でどう? 私って退屈な女?」


 ああ、それが訊きたかったんだな。


 大志は納得した。

 幸枝は瀬尾の事ではなく、自分が相手を退屈させているのではないかと心配になったのだろう。

 それで一応は男である幼馴染に、率直なアドバイスを求めてきたわけだ。


「でも俺の意見って役に立つのかなあ、ゆきちゃんが足の指でゴミを捨てるのが上手い事まで知ってるんだよ。なんにも知らない瀬尾との隔たりは相当あると思うけど」

「いいのいいの。あ、瀬尾君には足でゴミを捨ててるの言わなくていいからね」


 早く何か言って欲しくて幸枝は待っている。

 大志は素直過ぎるくらいに、自分が幸枝についてどう感じているかを伝えた。


「俺はゆきちゃんといると楽しいよ。どこに行くにも何をするにもゆきちゃんとがいいって思ってる」

「え、そうなの? ちょっと嬉しいな」


 幸枝は若干照れながら、大志の言葉を素直に受け止めた。


「まだ瀬尾はゆきちゃんの事あんまり知らなくって楽しむところまで余裕が無いんじゃないかな。ゆきちゃんだってそうだろ。あいつの事全然知らないだろ」

「うん」

「俺はゆきちゃんの事よく知ってる。だから楽しいんだよ。きっとあいつもいずれそうなる」

「なんか今日の大ちゃん、私の事すごい持ち上げてくれるね」


 幸枝は少し照れ臭そうに大志のグラスにコーラを注いだ。


「まあ、まあ、ググーっといってよ」

「じゃあ、遠慮なく」

「あー、なんだかちょっとまた楽しくなってきた。ありがと、大ちゃん」

「はいはい、いつでもどうぞ」


 注いでくれたコーラに口を付けながら大志は考えていた。

 自分が瀬尾に嫉妬している事は間違いない。しっかり者の幸枝は大志にとって姉のような存在だ。

 いつも自分の事ばかり見てくれていた姉が、他の男に注意を向け始めたら、こういう風に嫉妬するのだろうか。

 大志はそんな風に思いながら、幸枝の上機嫌になった横顔を眺めていた。

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