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加速する世界の入り口で  作者: ひなたひより
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第1話 恋の準備

 河川敷の遊歩道。

 夕暮れが近づく黄金色の時間帯。

 昔から変わらずそこにある木製のベンチは、それほど座り心地が良いわけではない。

 川面に反射して目に入ってくる夕日の眩しさに、瞼を少し伏せがちにして、少年は隣に座る少女のひと言を待っていた。


「ごめんね。つき合わせちゃって」


 丁度一人分くらいの間隔を空けて、並ぶようにして座る幼馴染の少女。

 いつも何の気兼ねもなく話をしているのに、やはり様子がおかしい。

 相談事があるときだけ決まってここに誘われるので、そのつもりでついてきた。

 また黙り込んでしまった少女の言葉を待つ間に、川を挟んで練習している少年野球チームの方から賑やかな声が聞こえてくる。


 キン!


 金属バットが球を弾き返す小気味良い音がした後、少女はまた口を開いた。


「大ちゃんのクラスの瀬尾せのお君の事なんだけど」


 大ちゃんと言うのは、この並んで座っている涼し気な目をした少し丸顔の少女、多田幸枝ただゆきえが少年を呼ぶ時の愛称だった。

 丸井大志まるいだいしというのが少年の名前だった。


「瀬尾の?」


 大志は幸枝の口から、クラスの男子の名が出た事に少し動揺した。


「うん」


 瀬尾は大志と同じクラスの同級生だった。

 高校二年生の大志は、一年の時から瀬尾と同じクラスだったので、それなりに接点はあった。

 友達というにはやや遠い、取り立ててお互いそれほど気にもかけていないクラスメート。大志にとって瀬尾は、単にクラスにいる男子二十人のうちの一人で、見方を変えれば、向こうも大志をそう思っているはずだ。

 本当のところ、結構クラスでも垢抜けた感じの瀬尾と、やや暗めの大志とでは趣味も話も合いそうになく、興味すらなかった。


「あんまりよく知らないけど、瀬尾がどうしたんだい?」


 大志も幸枝もお互いを見ずに、少年野球のバッターが空振りしているのをぼんやり眺めている。


「うん、やっぱりそうだよね。大ちゃんそんなに友達いないし」


 言ってしまってから幸枝は気付いた様だ。


「ごめん。悪気は無いんだ。今言ったの無しね」


 大志は少しだけ笑ってしまった。幼馴染の幸枝がうっかり余計な一言を言ってしまうのには慣れていた。

 そして、いつもすぐに気付いて謝る事も。


「気にしてないよ。だってほんとだから」

「それはそうかも知れないけど、ごめんね」

「ほんとに気にしてないんだって。俺、友達少ない方が楽なんだ。ゆきちゃんだけでいいくらい」


 そう言われて幸枝はちょっと困った顔をする。


「駄目よ。私とばっかりつるんでたら。他の友達なかなかできないよ」


 大志はこれまでにも幸枝に何度となくそう言われてきた。

 身長は180センチ以上もある筋肉質な締ったごつい体の大志は、その体つきに見合わない幼げな顔立ちをしていた。

 力はそれなりにあるのだが、とにかく要領が悪く何をやっても見かけより出来ない大志は、学校でも残念な奴で通っていた。

 小さい頃から大志は何をやっても上手くできない子だった。でかいだけの役立たずと陰口を叩かれながらも前向きなのは、この横に座っている幸枝の存在が大きかった。

 向かいの家に住んでいた女の子。それが幸枝だった。

 不器用な大志をまるで弟の様に面倒を見る幸枝は、とにかく頼もしかった。

 そんな幸枝に大志は何時もついて回り、また幸枝は何時も大志の手を引いてやっていた。

 幸枝は大志がどんなに失敗しても決して怒らなかった。

 それは大志が一生懸命どんな事でも取り組んでいることを幸枝が知っていたからだった。

 馬鹿にされても不貞腐れず手を抜く事なく最後までやり遂げる大志を、幸枝はいつも応援してくれた。

 大志がさっき言った事、友達は幸枝だけでもいいと本気で思っていた。


「脱線したね。さっきの話なんだけど」


 やはりまだ幸枝は言い出しにくそうだった。

 しかしやっと気持ちを落ち着かせて本題を切りだした。


「告白されたんだ。瀬尾君に……」


 その一言で大志はなんだか内臓を絞られたような気がした。


「そうか、それで……」

「うん。ちょっと大ちゃんに色々教えてもらおうかなって、そう思ってここに来たんだ」


 同じクラスになった事のない幸枝にとって、瀬尾は色々知らない事だらけの男子生徒に違いない。

 きっと大志ぐらいしか男子目線の話を訊けそうになかったので、白羽の矢が立ったのだろう。


「急に告白されたの?」

「まあ、そうかな。生徒会で一緒なんで、結構放課後顔合わすようになってたんだけど、一昨日、帰りに突然言われちゃってびっくりしちゃったんだ」


 大志は何となく幸枝が迷っている事を感じ取っていた。


「付き合うの?」


 大志のストレートな質問に、幸枝の頬が少し紅く染まった。


「分かんない。瀬尾君の事よく知らないし、今のままじゃ返事できないよ」

「いい奴だったら付き合うの?」

「もう、答えにくい質問ばっかりしないでよ」


 幸枝は練習を終えて整列した少年野球チームを眺めながら、ため息を一つ吐いた。


「もうこんな時間だね。今日はそろそろ帰ろうかな」

「うん。何も力になれなかったね」

「じゃあ、これから力になってよ」


 話の流れで幸枝にそう期待されて、大志は瀬尾の事を明日から気をつけて観察させられることになった。


「頼りにしてるね」


 幸枝の笑顔にいつもなら嬉しい筈なのだが、今日に限って大志はそんな気分になれなかった。

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