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流し人

作者: 柿畑 紫慧

小学生の頃、『目玉焼き』という名前にふと疑問を抱いた。

「ねぇねぇお母さん、なんでこの料理は『目玉焼き』って言うの?」

「それはね、」

と母は言った。

「それはね、この黄身の部分がまるで目のように見えるからよ。」

「ふうん。」

母はなんてことない事のように言い、そして僕もまた表面上は、それで納得をした体を装った。4人家族である我が家。フライパンに乗った4つの黄色い円は、目玉と形容するにはいささかエグ過ぎはしないだろうか。そんな疑問は、心の奥にそっと、返り見ることもない場所へと仕舞われた。


思えば、自分は幼少期からこういった事が多かったように感じる。周囲に合わせ、空気を読む。家族でさえそうなのだから、それが学校、社会となれば尚更顕著に出た。成長するにつれて上達したのは話の尻に乗っかる事と、愛想笑いの出来ぐらい。


それがこうして、槍玉に挙げられることの理由にと、なるのだろうか。


「あぁ?もうそれサダオで良くね?」

ざわり、とクラスが一度揺れ、そしてまた、波が引いていくかのようにシン、と静まり返る。けれども、一度海岸に打ち寄せた波はその砂浜の形を、簡単に変えていく。波が大きければ大きいほど、強い力で。教室の空気と言うのは、とても砂浜の砂に似ていると僕は思う。だからこんなに簡単に、皆の意識がこちらへと向く。

「え〜っとじゃあ、推薦で牧田くんの名前が出たんだけど、牧田くん、どうかな?」

委員長の気弱な視線が、眼鏡の向こうからこちらを射抜く。もう早く決めたい、正直やってくれ、面倒事を増やすな、そういった意志がごちゃ混ぜになって僕の体をがんじがらめにする。この空気に捕まったら、もうどうしようもない。僕の名前を挙げた彼は、もう興味を失ったのか机の下に漫画を隠して読んでいた。


「じゃあ、やります。」

ゆっくりと冷えていった空気が弛緩していく様がダイレクトに肌に伝わってくる。淀んだ、生ぬるい空気へと変わっていく。この空気が、一番嫌いだ。

「おーし、牧田、今日この後から集まって打ち合わせあるから、よろしくなー。」

先生はそういうとガラッと教室の前のドアを開けて出ていった。

ふぅ、と小さく息を吐く。ため息ではない。押し付けられるのにはもう慣れた。きっとこうして生きていくのだろう。人生14年ほど過ぎたが、もう大体わかってしまった。


放課後、指定された教室に行くと、もう大半の生徒が揃っていた。そうだろう、僕以外はほとんどが、やる気に満ち溢れているのだろうから。

僕の学校には月一回、学校周辺の清掃ボランティア活動がある。基本は希望者のみ⑩が、各クラス1名は担当委員として強制参加が求められる。こんな内申点のネタ以外にはなりえないような活動、いわゆる『良い子ちゃん』しか参加しないのだが。僕のクラスには生憎その『良い子ちゃん』がいなかった。そしてその椅子は、流されやすい僕のところへと最も簡単に回ってきた。座らないという選択肢は、僕には出来なかった。


人は『流される』「自分の意見を持たない』という事を、さも悪のように語るが、僕はそうは思わない。『流される』というのも立派な技術であり、生きるための力だ。それをわかっていない人間が多いから、くだらない人間関係で傷ついたり、どうでもいいことでいつまでも悩んだりする。僕から言わせれば、そちらの方が余程くだらない。そんなちっぽけな『自己』なんて、守るに値しないだろう?


「はーい、じゃあ、清掃委員会の会議を始めまーす。」

着々と役職や活動場所の担当が決まっていく。ほらみんな、やる気がある人ばかり。僕はそっと、目を閉じた。

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