幸せ?
「ただいま」
……
今日ルミは、勤め先のヘアサロン『キジマ美容院』の忘年会に参加している。
誰も居ない家に帰るのは久しぶりね。
ルミは大概、私より後に家を出て、私より先に帰って来る。
それは単純に通勤時間の違いから。
満員電車に揺られ一時間コースの私からしたら、歩いて行ける勤め先は正直羨ましい。
その分、家事はルミに任せっきりになってしまってるので、少し申し訳ない気はしてるけど。
家を出る前に掃除を済ませ、帰って来たら食事の支度をする。
家事音痴の私には真似出来ないな……
「行ってらっしゃい!」
「お帰りー!」
そんな、毎日耳にしているルミの元気な声が聞けないと、どこか物足りない。
一人暮らしの時は、それが当たり前だったのにな……
感慨にふけっていても仕方が無いし、シャワーでも浴びよ。
お風呂場へ向かうと湯船にはお湯が張ってあり、浴室には湯気が立ち込めていた。
どうやら、出勤前に準備をしておいてくれたみたい。
タイマーでお湯の入れられた浴槽は、今まさに湯張りが終わったところだった。
「お風呂入れてくれるなんて、気が利いてるじゃない」
浴槽の脇には、ご丁寧にバスボムまで備えて有る。
これは、長湯しろって事かな?
身体を流した後、お言葉に甘えてイチゴの形を模したバスボムを湯船に放り込み、肩まで湯に浸かる。
シュワシュワとした感覚と、仄かに香るフルーツの香りが心地良い。
寒さで固まった身体が、みるみる解れていく。
気持ち良い……
普段より熱めに設定された湯加減も、こんな寒い日には丁度良い。
これを一人で味わうのは、ちょっと勿体無い気がする。
どうせなら一緒に入りたかったな……
肩まで浸かるには少し膝を曲げなければならない、それ程大きいとは言えない湯船、それでも多少窮屈な思いをすれば、二人でも何とか入る事が出来る。
例えば膝を開き、その間にルミを座らせるとかだ。
私に比べると小柄なルミなら、それが出来る。
そう言えばあの子、小柄な割に胸は大きいのよね……
ルミの豊かなバストを思い浮かべながら、自分のささやかな胸に触れる。
はぁ〜〜無いものねだりはやめとこ。
「ルミ、遅いのかな……」
こんなご時世なので、外での集まりは滅多に催せない。
たまの事なのだから、ゆっくりして来て欲しい気持ちは有る。
でも……
「やっぱり寂しいな……」
……ルミ、幸せなのかな。
唐突に、そんな疑問が脳裏をよぎる。
週末で疲れ切った精神のせいか、それともルミの居ない寂しさのせいか……
私の思考は、たちまちネガティブな物で塗りつぶされる。
家事全般が得意で愛想も良く、気が利いて何より可愛い。
あの子も私とじゃなく、普通に結婚していれば、もっと幸せになれたのでは……
今頃、奥さんどころかお母さんになっていたかも知れない。
そんな、女性として当たり前の幸せを、私と一緒では一生味わう事も出来ないのだ。
「ルミは私と一緒で幸せなのかな……」
先程の思いが、今度は口から溢れ出る。
口にしてしまうと、余計に思いが膨れ上がる。
悪循環……
でもこれは私達のような関係に、常に付き纏う疑問……
自然の摂理に反する事。自らの事ながら、女性同士と言うのはやはり異常な事なのだ。
って、ルミが居ないだけで、ここまでって。私どんだけ依存してるのよ……
もう私にとってルミは、掛け替えの無い存在になっていて、それは自分でも自覚してる。
でも、ルミは?
あの子なら、私が居なくても平気なのでは?
他に好きな人が出来て、ある日突然居なくなるかも……
そんなのヤダ、耐えられない……
「……ルミ」
「はーい♪」
「えっ! ルミ!?」
「そうだよー、ただいま〜」
すりガラスの扉を開け、大きな胸を揺らしながら、ルミが浴室に飛び込んでくる。
「ちょ、何を……」
「帰って来たら、ケイコお風呂入ってるみたいだったから、折角なら一緒に入ろうと思って。はい、詰めて詰めて!」
ささっとシャワーで身体を流したルミが、私の膝の間に小ぶりなお尻をねじ込んでくる。
「んふふ〜私の特等席♪」
顔をフニャフニャにして、ご満悦なルミだが……
「……いつから居たの?」
「ん〜……私の名前呼んだ辺り?」
良かった、余計な事は聞かれて無い。
「ケイコご飯は?」
「外で済まして来たわ。この前見つけたパスタ屋で」
「えー! 今度一緒に行こうって言ってたのに〜
……どお? 美味しかった?」
「それなりにね、正直あなたの作った料理の方が美味しいわよ」
「え〜そうか〜えへへ〜、でも今度は一緒に行こうね!」
「ええ、そうね」
他愛も無い会話が心地良い。
ルミと一緒なら、何をしていても楽しい……
「そう言うルミはどうだったの?」
「それなりに楽しかったよ! ししょーとお酒飲むの初めてだったし」
ルミが“ししょー”と呼んでいるのは、キジマ美容院の店長、キジマシズカさんの事だ。
ルミ曰く、名前の割に教え方は結構スパルタらしい。
「でも、ケイコと一緒の方が楽しいかな。あっ! お酒買って来たから、お風呂上がったら一緒に飲もうね! 簡単なオツマミも作るよ」
「そんな良いわよ。あなただって疲れてるでしょ?」
「良いの良いの、私が作りたいの! ケイコに喜んで欲しいの!」
「そ、そう?」
「そうなの! ケイコは私の料理、いつも美味しいって喜んでくれるでしょ?
ケイコが喜んでくれるのが、私にとっての幸せなんだよ!」
「ルミ……」
「大丈夫だよケイコ。私幸せだよ?」
そう、真剣な雰囲気で、下から私の顔を見つめるルミの表情に嘘は感じられない。
元より、嘘なんか付けない子なんだけど。
「私もよ……」
って!
「あんた、本当はいつから居たのよ!?」
「え〜と、もくひけんを行使するぜ」
それ、この前一緒に観たドラマのセリフじゃない。
新しく覚えた言葉、使いたがる子供か!
「そう……じゃあ仕方が無いわね」
私は無防備に晒されたルミの腋に両手を突っ込み、思い切りくすぐる。
「わひゃひゃひゃひゃ! やめてケイコー腋弱いの知ってるでひょー」
「素直に話せばやめるわよ、うりゃうりゃ!」
更に手を動かすとルミも激しく抵抗し、お湯がバシャバシャ音を立てる。
「ひゃめて! 言う、言うからー
ケイコが自分の胸触ってる辺りからコッソリ覗いてましたー!」
「割と最初の方からじゃないのー!」
これでもかと、くすぐり倒すと、ルミの呼吸がヒューヒューと怪しくなり、身体も小刻みに震え始める。
さすがに、やり過ぎたかな? この辺で許して……
「で、でもねケイコ……」
「なに?」
くすぐる手を一度休め、ルミの言葉に耳を傾ける。
クルリと首だけで私を振り向くルミ。
瞳は潤み、上気して赤らんだ頬。そんな、少しドキリとしてしまう程艶やかな顔に、慈愛に満ちた表情を湛え……
「私はケイコの控えめなオッパイ、好きだよ」
「よし、続行!」
私のくすぐる手は、ルミがお風呂の中で失禁してしまうと言う、大失態を犯すまで止まることは無かった……
✳︎
次の日、二人で仲良くお風呂掃除しました。
「ケイコやり過ぎ!」
「反省してます……」