クリスマスは?
「ねえ、ケイコ〜クリスマスは予定ある?」
「ん〜?」
ルミと二人リビングで寛いでいると、唐突に質問される。
私は読み掛けの単行本に栞を挟み、ルミの顔をマジマジと見つめた。
「なに、どしたの? 私の顔に何か付いてる?」
自分の頬を両手で包み、モチモチするルミ。
「いや、何も付いて無いけど……もしかしてルミ、予定あるの?」
「何で?」
「だっておかしいじゃない! 毎年一緒に過ごしてたのに、突然予定を確認してくるなんて……だからルミは予定有るのかと」
「無いよ〜、あっ! ケイコと過ごすから正確には有るのか!」
あ〜もう、心配して損した!
「んで、予定は?」
「無いわよ! あんたが居るのに、予定なんて入れる訳無いでしょ!」
「にゅふふ〜良かった。じゃあ今年も二人で過ごせるね!」
そう言い、ぱあっと花が咲いた様な笑顔を見せるルミ。
「でも、急にどうしたって言うの? 今更そんな事聞いてくるなんて」
「ん〜何となく? でもほら、ケイコも職場の人との付き合いとか有るかな〜って。
それにケイコ美人さんだから、お誘いなんかも有るんじゃ無いかと……」
「合っても行かないわよ。行く訳ないじゃない……」
「そうなの?」
「なに、行って欲しいの?」
ルミはブンブンと首を横に振り、全力で否定する。
「行っちゃ嫌だよ〜」
だから何で涙目になってるのよ! コロコロと良く表情の変わる子ね! 全く。
「行かないって言ってるでしょ……もう、仕方のない子ね」
ルミを手招きで呼び寄せ、ギュッと抱き締め、子供をあやすみたいに、背中をポンポン叩いてあげると、やっとルミも落ち着いてくれた。
「ふにゅ〜ケイコ暖か〜い。それに良い匂い」
「何言ってるの、あんたと同じバスグッズ使ってるんだから、匂いも同じよ」
「え〜そうかな〜私はケイコの匂い好きだよ?」
私の胸元に顔を埋めたまま、スンスンと鼻を鳴らすルミ。
だからって余り嗅がないで欲しいんだけど……大丈夫よね? 変な匂いとかしてないわよね?
見下ろせば、丁度目の前にルミのつむじが見える。
私は何の気無しに、ルミの頭の上で鼻を鳴らしてみた。
ふわりと香るシャンプーの匂い。うん、普段私も使ってるのと同じだ。
でも、何だろう。同じ香りのはずなのに、ほんの少し違う香りも混ざっている様な……
もう一度、今度は髪の毛に顔を埋め、強めに嗅いでみる。
ああ、成る程。これがルミの匂いって訳ね、やっと言ってる意味が分かったわ。
すると突然ルミが身体を離し、自分の頭を両手の平で覆い隠す。
「えっ! なに、どうしたの?」
「なんか恥ずかしい……」
真っ赤になってポソっと呟くルミ。
って、あんたは良いだけ私の匂い嗅いだでしょうが!
「あんたの言ってる事、何となく分かったわ。私もルミの匂い好きよ」
「え〜、ええっ! あうぅ……」
私の言葉にルミがバグる。
謎の言葉を発しつつ、手足を猫の様に丸めカーペットの上をコロコロ転がり始めたのだ。
何だろ、この面白可愛い反応は……何時迄も眺めていたいけど、それでは話が進まない。
「ほらほら、バカやってないで起きなさい。じゃあ、クリスマスは例年通りって事で良いのね?」
「うん! 頑張ってご馳走いっぱい作るね!」
いつもの調子に戻ったルミが、高らかに宣言する。
「期待してるわ」
「まっかせてー」
「でも、無理しないでね。あんたも当日は仕事でしょ? 出来合いでも私は構わないから」
ルミの手料理は正直美味しい。本人も作る事に抵抗が無いので、すっかり任せっきりで有る。
手伝いたいのは山々なんだけど、残念ながら私の料理センスは壊滅的。
一度一緒にキッチンに立った時は、手伝うどころか邪魔にしかならず、折角作ってくれた料理をダメにするところだった。
「チッチッチ。大丈夫、当日は有給入れて有るから、朝から準備に専念出来るよ!」
「ちょっと! あんたのところ、この時期が一番忙しいんじゃ無いの!?」
ルミは手先の器用さを生かし、美容師の卵をやっている。現在、修行中の身で、そんな簡単に休みが取れる物だろうか……あ、ハロウィンの時も休み取ってたわ。
それを思うと、結構緩い職場なのだろうか?
「大丈夫だよ! ケイコとの事は周知の事実だし、みんな理解してくれてるから……」
「えっ! 私の事話したの!?」
「うん! 付き合ってる人居るの〜? からの流れで、大切な人と一緒に住んでますって話になって。
で、ケイコの事も話したんだよ、不味かった?」
いや、別に不味くは無いんだけど……
まだまだ、世の中同性愛カップルについての理解は低い。偏見の目で見られる事が多いはずだ。
でも、ルミの表情を見る限り、奇異の目で見られては居ないみたい。
因みに私は、カミングアウト出来ていない……
いや、出来る人の方が稀だと思うけど。
にも関わらず、ルミは私の事を『大切な人』と、皆に紹介してくれたのだ。
そう思うと、ルミに対する愛おしさが溢れてくる。
「ルミ……ありがとう」
「え〜と、どういたしまして?」
イマイチ私の思いは伝わっていないみたいだけど、この際置いておこう。
「えへへ〜楽しみだな〜。
あっ! ケイコはサンタとトナカイどっちが好き?」
「はあ!?」
これは……ハロウィンの時の事を考えると、またコスプレさせる気ね。
サンタだと、どうせミニスカサンタみたいな、恥ずかしい格好させるつもりだろうから……
「そうね、トナカイかしら」
「オッケ〜」
そしてクリスマス当日。私はこの選択を痛く後悔する事になるのだが、それについてはまた次回。