ルミとケイコとダナエさん
「ポストカード?」
「そう! ルイからだよ!」
ルミは、今日届いたらしい海外からのポストカードを私に見せて来る。
ポストカードには、豪華な天蓋付きベッドに横たわる裸の女性が描かれていた。
「裸婦の絵画ね、何て言う作品かしら」
「ケイコ知らないの? これはダナエだよ!」
「ダナエ?」
「そう! レンブラント・ファン・レインが1636年に描いた絵画で、今はロシアのエルミタージュ美術館が所蔵しているよ!」
ルミがドヤ顔で説明を始めたけど、この子絵画になんか興味有ったっけ?
「ダナエはギリシャ神話に登場する王女様で、英雄ペルセウスのお母さんだよ!
そんで旦那さんはゼウスだよ!」
「えっ! ゼウスって神様の?」
「そう! そのゼウス」
「へ〜、貴方がそんなに詳しいとは、初めて知ったわ。前から興味有ったの?」
「全然! 先生に聞いたんだよ!」
「先生? 学生時代に?」
「ん〜ん、Go⚪︎gle先生とWikip⚪︎dia先生!」
そう言って、今度はスマホを取り出しドヤっている。
うん、そこドヤる必要無いよね?
って言うか、少しでも感心した私の気持ちを返せ!
「まあ良いわ。それより、こう言う絵は初めて見たけど、何て言うか……女性の描き方がふくよかよね」
「そうだね〜オッパイは大きく無いけど」
「そのせいか、いやらしい感じはあまりしないわ」
「うんうん、分かる。芸術作品って目で、見てるからかもだけど、あっ! でもね……」
「なに?」
「見る人によっては、やっぱり結構エッチに見えるみたいだよ?」
「そうなの?」
「うん。実際この絵に欲情した人が、酸を掛けた上にナイフで切り付けたんだって! その……行為の代わりとして」
行為の代わりって、つまり……
「性行為の代わりって事?」
「うっ、うん」
少し顔を赤らめながら、頷くルミ。
今更、何を照れているのか……
「ふ〜ん。まあ実際、裸婦の絵なんだし、そう感じる人も居るか。ところで、このダナエさん……」
「ブフッ、ダナエさんって」
私の言い方が可笑しかったのか、突然ルミが吹き出す。
「何よ、もう……。この彼女の視線」
「なになに、ダナエさんの視線がどうしたの?」
今度は自分で言ってツボに入ったのか、お腹を抱えて笑っている。
少し落ち着きなさいよ、全く。
「視線の先に、そのゼウスが居るのかな? って」
「そう……なのかな?」
「ほら、良く見ると彼女の表情。喜んでいるような、驚いているような……
そんな顔に見えない?」
私はダナエの顔を指差し、ルミに見せる。
ルミもそれを見て「ん〜」っと考え込む。
そしてポンと手を打つと、
「つまりこの絵は、ゼウスがペルセウスを仕込みに来た時の絵って事か!」
「言い方! 他に言い方有るでしょう!?」
さっき、性行為云々で赤くなってたくせに!
「え〜例えば?」
「……愛し合いに来た……とか?」
私の答えに、またまた大笑いのルミ。
「ひーひー、もうケイコ、あんまり笑わせないでよ。お腹痛くなっちゃう」
こいつ……笑いの沸点が異常に低くなってない?
うん、まあ自分の答えも、どうかと思うけど。
「でもさ、神話だと神様と人間の間に子供作るのって良く有るよね」
急に真面目な顔に戻ったルミが呟く。
「どうしたの?」
「ケイコ……赤ちゃんって、欲しい?」
ああ、そうか。
私とルミは、女の子同士でお付き合いしている。
なので、当然子供を作る事は不可能。
そんな不安そうな顔して、ホントこの子は……
私はルミを抱き締めると、背中をポンポン叩きながら、
「こんな大きな子供が居るんだから、それで充分よ」
「えへへ〜ケイコママ〜って誰が子供じゃい!」
不安げな表情は吹っ飛び、頬を膨らませプンスコ怒るルミ。
「貴方に不安そうな顔は似合わないわよ」
「でも、もしケイコが子供欲しいって言うなら、私は……」
「バカね……」
私はそう言ってルミをもう一度、強く抱き締める。
「そういう事も全部承知した上で、私達付き合ってるんでしょ?」
「うん……ケイコ大好き」
安心しきった表情のルミが猫のように甘えて、私の胸にグリグリと顔を押し当てて来る。
こらこら、昼間から盛ってんじゃないの!
「それはそうと、ルイは今ロシアに居るのね」
「そうみたい。来月一時帰国で日本に帰って来るってさ!」
「そっか。じゃあ他の子にも声を掛けて、今度こそ同窓会ね」
「さんせー!」
果たして、かつての仲良し6人組は何人集まる事やら。
全員は無理でも、やはり楽しい事は共有したい。
そうだ、その時にはこのポストカードを持って行こう。
ダナエさんのポストカードを。