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懺悔室の神父さん

懺悔室の神父さん V

【この小説は「懺悔室の神父さん」シリーズ五作目です】

 懺悔、それは過去に行った事が罪だと気づいた者が、神仏などに告白する行為。

 人は誰しもが知らず知らずの内に罪を犯す。一生気付かない者も居る。それが悪い事だとは言わない。


 だが気付けたなら、それは自分を見直す機会にもなる。

 人はそうやって成長していく物だ。


「神父様……俺はとんでもねぇ馬鹿野郎です……」


 そしてこの小さな港街の教会に、本日も懺悔をしに一人の男が現れた。

 見たところ三十前後の冒険者風の男。


 私はとんでもない事をしてしまったと嘆く男へと、お決まりの返しを。


「一体、どうされたのですか。迷える子羊よ、己の罪を告白なさい」


「はい……神父様……」


 暗い教会内の、さらに隅の懺悔室。かすかに窓から零れた日光が差してくる程度。

 今はちょうど昼時だろうか。教会の外からは、漁師達の賑やかな喧騒が聞こえてくる。


 そして懺悔室の、薄い壁を隔てた向こう側から鼻をすする音が聞こえた。

 どうやら男は泣いているらしい。それほどまでに罪深い行為を犯したと言う事か。


「実は……俺は、小さな村の護衛として雇われた冒険者崩れでした。ギルドから与えられた階級は“赤炎等級”です。かつてはそれなりの報酬を受け取り世界中を巡っていましたが、ある事を切っ掛けに仲間外れにされて……」


 赤炎等級……冒険者にはそれぞれ、ギルドに階級分けされ、それに見合った依頼などを振り分けている。彼の階級は中々の物。中の上といったところだろうか。


「仲間外れにされた俺は、パーティーを組めなくなり、小さな村の護衛として腰を下ろす事にしました。最初は退屈な日々が続きましたが、村人達と打ち解けるようになると居心地が良くなって……彼女も出来て……いつかは結婚して落ち着く事を夢見ていました……」


 ちなみに冒険者界隈では、村付きの者は落ちぶれたと言われるようになる。しかし彼の場合、どうやら良い村と出会えたようだ。しかしそれだけに気になる。彼が犯した罪と言うのが。


「成程。それで……貴方は一体どのような罪を?」


 男は再び鼻をすすり、顔は見えないが大粒の涙を流しているのが手に取るように分かる。

 

「俺の居た村に……ある日一人の若い男が流れ着いてきました。酷い怪我を負っていて、俺を含めた村人達総出で看病をし……なんとか動けるようにまで回復しました」


「若い……男?」


「はい……。聞くところによると、彼も冒険者のようでした。傷が完全に回復するまでは村で世話をしようと、村人達は暖かく彼を向かい入れました……」


 聞けば聞くほど良い村だ。しかし……若い男というのが気になる。このパターンだと、その若い男はたぶん……


「しかし俺は笑顔で彼を受け入れる一方、何処かドス黒い何かに支配されていきました。彼は超イケメンだったのです。俺の彼女も彼と歳が近く、仲良く話してる所なんて見ると……もう何とも言えない感情に支配されて……」


 それは……人として仕方の無い事だ。誰でも嫉妬くらいする。相手が若い男女なら猶更だろう。


「そして彼の傷はだんだんと癒え、剣を持てる程に……。そしてある日、俺は彼に頼まれ剣の稽古に付き合う事となりました。その稽古には村人達も見学に来て……」


「それで……もしや罪とは、彼に嫉妬するあまり手加減を忘れて……」


「いえ……俺はものの見事に彼に失神させられてしまったのです。自分よりも十以上年下の冒険者に、一撃で負けてしまったのです」


 な、成程。というかこれで決定だ。その若い男とは……間違いなく転生者だ。

 赤炎等級の冒険者を一撃で失神させれる者など限られてくる。手練れの冒険者か、大国の騎士か。しかし相手は若輩の冒険者。もはや転生者と言って間違いないだろう。 


「一撃で負けてしまった俺は、村人達からの信頼を一気に無くしました……。気にするなと言ってくれる者も居ましたが、心の中で笑っているのが、まざまざと……」


「いや、それは流石に考えすぎなのでは……」


「いえ、俺は聞いてしまったのです。村人達が、俺よりあの若い冒険者の方が護衛に良いのではないかと……」


 いやぁ……これは私の私見だが、転生者は誰もかれも滅茶苦茶な連中ばかりだ。そんな奴等が護衛になんて付いてみろ。この港町のようにカオスな状況に……。なんか巨大ワニが港町を警備してるし。


「だから俺は、その若者を追い出そうと……とんでもない事をしてしまったのです……」


 ふむ。ここからか。彼が犯した罪というのが何なのか……。

 

「俺は……彼女の下着を盗み、若者の荷物の中に紛れ込ませ……あたかも彼が下着泥棒を働いたかのように見せかけました……」


「……それは、流石にやりすぎですな。私が思うに、その彼は優秀な冒険者なのでしょう? 失礼ですが、一つの村に留まる事などまずしないでしょう。傷が完全に癒えれば、再び旅に出ていた筈です」


「仰る通りです……。彼は放っておいても村を出るつもりだった。しかし俺が余計な事をしたせいで、村人達から変態扱いされ追い出されるという形で……」


 何と言う事だ。いくら嫉妬したからと言って、それはあまりにも……。


「彼は最後、出ていく時……深々と頭を下げ、村人達に礼を言って去りました。顔もイケメンですが態度もイケメンでした……俺はその姿を思い出す度に、なんてことをしてしまったんだと……心が締め付けられ……」


 さて、どうするべきか。

 男のした事は明らかに罪だろう。下着ドロボーは勿論の事、一人の若者をいわれのない罪で追い出してしまったのだから。


「貴方には……まずやるべきことがあります。何か分かりますか?」


「……彼を見つけ、謝る事ですか?」


「いいえ、それで救われるのは貴方だけです。まずは下着を盗まれた彼女に全て告白し、村人達にも真実を伝えるのです」


「し、しかしそんな事をしたら俺も追い出されて……!」


「ならば胸に仕舞い込むという選択肢もあります。私も口外したりはしません。貴方はこの先、下着を盗んだ彼女と結ばれ婚約したりするのでしょう。村人達は笑顔で祝福してくれるでしょう。貴方はその時、さぞかし幸せな気分に満たされるでしょう」


 私の言葉に、男は嗚咽を漏らす。

 男にとって、その幸せは拷問だ。何故なら彼は懺悔室に来るような人間なのだ。決して悪人ではない。ただ一度、嫉妬という感情に支配され、間違えてしまっただけなのだ。


 男はこの先ずっと苦しみ続けるだろう。

 それが男にとって罰なのだと言わんばかりに。


「分かりました……神父様、俺は全て、村人に告白します。彼女にも真実を伝えます」


 そう言い放つ男。そのまま懺悔室を出て、私に深々と頭を下げるとそのまま教会から去っていく。


 彼は村を追い出されるかもしれない。

 それを仕方の無い事だと言うのは簡単だが、人はたった一度、感情に支配され罪を犯し今まで積み重ねてきた物を一瞬で失う。


 仕方の無い事なのかもしれない。

 しかし失う物はあまりに多く……


「ぁ、神父さまぁー! 見て見て! おっきな魚捕まえたのー!」


 人が真面目に物事を考えている時に、空気を読まずに教会内へと入ってくる少女。

 黒い影のような物を担ぎ、それは網のように形成され、中には……


『ギャー! 私は魚じゃなくて、リヴァイアサン! 海の神と書いてリヴァイアサン!』


 『懺悔室の神父さん』(無印)で出てきた海神が網にかかっていた。


「凄いでしょ! 喋る魚!」


「あ、あぁ……というかそんな大きな物を良く担げますね、貴方は……」


「フフフ、私のチート能力『全てを飲みこんで出し入れ可能な超便利な闇』に包まれた物は質量を失うんです。だから私のようなか弱い美少女でも軽々と……」


 この少女も勿論転生者。先日、サラスティア姫君によって拉致られてきた。


「ところで、さっきの男の人なんですか? 懺悔しに来たんですか?」


「えぇ。もしかしたら……彼も港町の住人になるかもしれませんね」


「そうなんだ。ぁ、じゃあ私、この魚捌いてご馳走しますよ!」


『ギャァァァァァア! やめて! 私は魚じゃないって! リヴァイアサン!』


 泣き叫ぶ海神を、鼻歌混じりに担ぎながら教会から出ていく少女。

 最初は魚なんて嫌いと泣いていたのに……慣れとは怖い物だ。


 



 ※





 それから数日後、教会に一人の少年が来訪した。

 年齢は十歳前後だろうか。最初は迷子か何かだと思ったが……


「神父さま、神父さま! た、たすけてくだしあ!」


「……はて、どうされました? お父さんとお母さんは何処に?」


「ち、ちがいます! おれはせんじつ……ここにざんげをしにきたものですっ!」


 あ? ちょっと待て……何を言ってるんだ、この子供は。

 先日懺悔に? 確かに遊びにくる子供は無数にいるが……懺悔に来たとは……


「落ち着いて。君は何処の子ですか? この港町では見ない顔ですが……」


「で、ですから! せんじつ……えーっと……彼女の下着盗んだ男ですっ!」


 ん?! まさか……あの時の、あの男?

 いや待て、何が起きている。勿論私はあの懺悔を口外したりはしていない。この子供が知る由もない話の筈だ。知っているとしたら、もはや本人でしかありえない。


「何故……その姿はどうされたのですか? あぁ、いや、ここは人目に付きます。とりあえず懺悔室へ……」


 私は子供を懺悔室へと通し、何故か普通に私も薄い壁で隔てられた反対側の部屋に入ってしまった。まあ、こっちのほうが話しやすいかもしれんし……。


「それで……どうされたのですか?」


「じ、じつは……あれから俺は、村のみんなに、しんじつをあかしました。みんな驚きをかくせず……」


「それは……そうでしょうな。それで……何故その姿に?」


「……俺がしんじつを話したちょくご……あの男がもどってきたのです。そして突然、こう言い放ちました」



『クックック……人に冤罪ふっかけておいて、ただで済むと思うなよ。お前等にピッタリなチート能力を盗んできてやったわ! 下着が俺の荷物に入ってただけで俺が犯人?! 浅はかな小物共め! 望み通り子供の姿にしてやるわぁ!』



「そして、俺も含めて、むらのひとびとはこどものすがたに……」


 何と言う事だ。転生者だとは思っていたが、まさかそんな事をしでかすとは。

 

「いちぶ、喜んでる奴もいましたが、みんなこどもの姿では……モンスターとか出たら、いちもうだずぃ……いちもうだじんにされてしまいましゅ!」


 噛んだ……なんというか可愛い。

 まさかあの男がこんなショタになってしまうとは。

 

 しかし男の言う通り、村人全員が子供の姿では危ういのは目に見えている。

 なんとかして元に戻してやりたいが……。


「その男は……今どこに?」


「わかりません。俺たちをこの姿にかえたあと、どこかに行ってしまって……」


 なんとかせねば……しかしどうすればいい?

 あの魔王やサラスティア姫君ならば探せそうな物だが、今彼らは留守だ。入ったら二度と帰れないと有名な山へ、山菜を採りに行っている。魚はちょっと飽きた、とか言いながら。


 他に頼れる者は……。


「神父様ーっ! あーそーぼー!」


 その時、例の彼女がやってきた。先日リヴァイアサンを網にかけた彼女だ。ちなみに名はキズナ。

 私はとりあえずと……キズナに相談してみる事にした。なにせ転生者。それも海を統べる海神を網で捕まえる程の滅茶苦茶な存在。


 私は懺悔室を出て、教会内で突然怪しげな儀式を始めるキズナへと声をかける。


「あの……何をしているのですか?」


 大きな鍋を闇から出し、何やらグツグツと煮始めている。なにやら毒々しい色の液体が……


「ぁ、神父様。これは私が開発した……超モテ薬です! これを一口飲めば、モテモテ間違いなし! 神父様も一口どうですか?」


「結構です……。それよりも相談したい事があるのですが……」


 私は彼女へと事情を伝える。すると彼女は顎に手を置き、なにやら考え出した。


「能力を盗む……。なんかその人知ってるかもしれません。なにせ私は元々お姫様みたいな物だったので。悪役令嬢に虐められて国を追い出されるハメになりましたが……」


「そ、そうですか。それで、その男に心当たりが? どこに行けば会えますか?」


「確か……グランドレアのキャバクラに入り浸ってるとか何とか。女癖が悪いで有名で、あの悪役令嬢も絡まれた事があるそうです。なんか愚痴られたんです。私、ストレス解消のはけ口にされたんです! 酷いですよね! あの悪役令嬢、事あるごとに因縁つけてきて!」


 あぁ、私も今まさに愚痴られているのだが。

 まあいい、しかしグランドレアか。少し距離があるが……そこに行けば村人を子供の姿に変えた男と会えるかもしれない。


「神父様、もしグランドレアに赴くのでしたら私にお任せ下さい。あの魚で海路から侵入しましょう!」





 ※





 なにやら勢いでグランドレアに来てしまった。しかし海神リヴァイアサンの背に乗ったのは初めてだが、中々に爽快だ。海を上を高速で移動するというのも中々……


「うぇぇぇぇぇ……酔った……ぎぼぢわるい……」


 キズナはグランドレアに着くなり、砂浜で修羅場を迎えていた。

 さて、ここはグランドレアのどのあたりだ? 私は若い頃に訪れた事はあるが……キャバクラと言う事は何処かの街なのだろうが……グランドレアは広い。砂漠の中から米粒を探すようなものだ。


「神父様……せなか摩ってぇー……」


「はいはい。大丈夫ですか? 船酔いしやすいなら無理に着いてこなくとも……」


「船は大丈夫だもん……あの蛇は駄目……乗り心地最悪……」


『失礼な人ですねっ。私は全海を統べる神なのにっ! じゃあ神父様、お帰りの際はここでお呼びください。私ちょっと海の中散歩してきますー』


 そのまま海の中へと帰還していくリヴァイアサン。

 やれやれ……とりあえず近くの街へ移動するか。

 

 私はキズナへと肩を貸しながら、砂浜から街道へと。

 遠目に商人らしき馬車が、こちらへ向かってくるのが見えた。とりあえずあの馬車に乗せてもらって街へ移動しようか。


 馬車へと手を振り、こちらの存在をアピール。すると馬車は素直に止まってくれた。


「突然失礼します。実は旅の者でして……近くの街までどうか乗せて頂けないでしょうか」


「……神父様?」


 すると荷台から、一人の女性が顔を覗かせた。

 その顔は……あの時の女性だ。服屋を営んでいる、あの時の……。

 

「貴方は……確かエンリさん?」


「憶えていてくれたのですね、神父様。お久しぶりです」


 馬車から降り、丁寧なお辞儀をしてくる女性。

 その姿は……なんだかオシャレだ。相変わらず。


「神父様、一体どうされたのですか? このグランドレア……しかもこんな辺鄙な土地で」


「いえ、話すと長くなるのですが……」


「うぅ、神父様ぎぼぢわるい~」


 空気を読まず、私の肩に寄りかかりながら嗚咽を漏らすキズナ。

 エンリはそんなキズナの顔を覗き込みつつ、懐から薬のような物を。


「よかったらどうぞ。私も馬車に酔いやすいので、常備しているんです。水なしで飲めますよ。ちなみにメントール味です」


「あ、ありがとう……」


 キズナはエンリから薬を受け取ると、そのまま口の中へ。しばらくすれば落ち着くだろう。


「神父様、街へ御用ですか? どうぞどうぞ、ご遠慮なくお乗りください」


「ありがとうございます。エンリさん」


 そのまま馬車へと乗り込む私とキズナ。馬車の中でエンリさんへと、何故ここに来るハメになったのかを伝える。


「能力を盗む男……ですか。確かに転生者でしょうね。店頭に立っているスタッフなら、何か知ってるかもしれません。何せ私は神父様のおかげで……大型ショッピングモールを経営するにまでになったんです」


「ショッピングモール……ですか?」


 なんだ、ショッピングモールって。

 しかしそれを聞いたキズナは、一気にテンションが上がり目を輝かせた。


「す、すごい! この世界にもショッピングモールが!?」


「えぇ。貴方も転生者? 何処の科?」


「私は普通科……貴方は?」


「服飾デザイン科だよ。こうして出会えると……なんだか嬉しいわね」


 女子二人は馬車の中で楽し気に会話しだした。

 主に服の事について。


「エンリさんオシャレ! この世界にもミニスカがあるなんて!」


「あっちの世界に比べて服に対しての考え方も違うものね。冒険者も機能性を重視しすぎて……どうしても地味か、ゴテゴテの武者みたいになっちゃって……」


「そうそう! 折角異世界に転生したんだから、もっとオシャレしたいですよねーっ それこそファンタジー系のゲームみたいに!」


「むむっ、ちょっと新しいシリーズのデザイン考えるの手伝ってくれない? 最近マンネリ化してきて……転生者の人と出会うのも久々だし……」


「私でよければいくらでも! ぁ、私も可愛い服欲しいな……」


「あげるあげる、手伝ってくれたらどれだけでも持ってっていいよーっ」


「ほんと?! ありがとーっ! エンリさん!」


 いいのか。キズナは質量を無視する超便利な闇使いだが。

 この娘なら遠慮なくどれだけでも持っていきそうな気がする。


 そんな会話を聞きながら窓の外を眺めると、街が見えてきた。

 高い壁に囲まれた、如何にも栄えていそうな立派な街だ。


「見えてきましたね、あそこが私が店を構える街……ローレンスです、神父様。どうぞゆっくり御寛ぎ下さい」


「そうしたいのは山々ですが……例の男を探さなければならないので……」


「そちらもお任せください。私の店舗はグランドレア中に点在しております。すぐに情報を集めるよう、各店舗に連絡網を回しましょう」




 ※




 グランドレアのローレンスに降り立つ私とキズナ。行き交う人々は誰もがオシャレだった。これもエンリの店の影響なのだろう。どうやら事業は大成功を収めているらしい。例の男達もちゃんと働いているだろうか。


「では神父様、まずは私の店にご案内しますね。ゆっくり街の案内をして差し上げたいですが……お急ぎのご様子なので……」


「申し訳ありません。次の機会に……よろしくお願いします」


「はいっ、喜んで! ではこちらです」


 私とキズナはエンリに着いて歩き、街の特に人口密度の高い方へと。

 そこには城のような建物が聳え立っており、何やら人の出入りが激しい。


「ここが私が経営するショッピングモールです。実は今、王族の方もおいでになられて……ちょっと警備の心配がありますがなんとか……」


「きゃぁああぁ! 巨大柴犬が出たわよぉぉぉ!」


 その時、ショッピングモールから叫び声が。

 逃げ惑う人々。その中心には、家屋と同じくらいの大きさの柴犬が。

 なんという大きさだ、グランドレアにはあんな生物が普通にいるのか?


「巨大柴犬! なにあれ可愛い!」


 興奮するキズナ。しかしエンリは舌打ちしつつ


「あの柴犬は時折、城壁を超えてやってきては……人々をモフモフ天国へと誘うのです! おかげで服は毛まみれにされ……」


「そ、それはなんとも……厄介ですな」


 巨大柴犬は次々と人々にじゃれついては、毛をなすりつけていく。もしかして換毛期なのかもしれない。

 

 その時、颯爽と柴犬へと飛び掛かる人影が。

 っていうかキズナだ。


「キズナ……! そんなむやみに飛び込んでは……!」


 キズナは巨大柴犬の前へと飛び込むと、そのまま『全てを飲みこんで出し入れ可能な超便利な闇』を展開させる。そして巨大柴犬を飲み込むと、そのまま何事も無かったかのように収納。


 周りの人間は何が起きたのか分からないと、首を傾げる。

 エンリも何が起きたのか分からないようだった。しかし彼女も転生者。キズナが特殊な能力を持っているとすぐに気が付いた。


 混乱する人々を他所に、何事も無かったかのように戻ってくるキズナ。

 そんなキズナへとエンリは詰め寄る。


「キズナ……! あ、貴方……今のはどうやったの?」


「え? えーっと……私のチート能力で収納したというか……」


「凄いわ! それ、何でも収納できるの? 出し入れは?」


「勿論自由に……」


「凄いわ! 凄いわ凄いわ凄いわ!」


 なんだか異常に興奮してるな……。


「ねえ、キズナ! 服でも何でも好きなだけあげるから、ちょっと手伝って欲しい事があるの! 神父様! キズナを一時間……いえ、三十分でいいです! 貸してください!」


「え、えぇ……ど、どうぞ」


 そのままエンリはキズナを連れて行ってしまう。 

 一人取り残された私は……えっと……どうしよう。




『素晴らしい力だ……。次はあの力を頂くか……クックック……』





 ※





 それからショッピングモールをうろついていた私は、客にお祓いをしてほしいだの、手相を見てほしいだの、挙句の果てには神に合わせて欲しいだのと詰め寄られていた。


 神に会うのはオススメしない。あの神はどうしようもないというか……


 そしてきっかり三十分後、エンリがキズナを連れて現れた。

 何やらエンリは満足気に満面の笑み。それに対してキズナは疲れ果てている。


「うぅ、コキ使われた……ものすっごいコキ使われた……」


「だ、大丈夫ですか? 一体何を……」


「店舗を移動させたり、新しいテナントを設置したり……私は引っ越し業者じゃないのにぃ……見事に三十分で重労働課せられました……」


 ぐったりとベンチへと項垂れるキズナ。

 エンリはそんなキズナへと謝りながら


「ごめんごめん、つい……その代わり、約束通り春の新作どれでも好きな服持ってっていいから、ね?」


「うぅ……あざーっす……」


 まあ、労働は尊い物だ。

 さて、じゃあ少し休憩したら例の男を……


「ぁ、神父様、例の男の情報を持ってきました」


「早っ! も、もう調べて下さったのですか?」


「キズナに仕事を頼んでる最中にパパっと……どうやらつい最近まで、この街に滞在していたようです。もしかしたら今も……」


 なんと。エンリは私へと、男の詳細を調べた資料を手渡してくれる。

 人相書きから男が立ち寄った店、購入した物まで……。


「何故か子供服を買いあさっていたようですね。それと気になる情報が……実は彼は……鼓動する心臓は美しい(ブレイングハート)に所属していたそうです」


 ブレイングハート? なんだ、それは。


「ぁ、グランドレアで今騒がれている盗賊団です。どうやら転生者が中心となって組織したようで……。しかし彼は何故か一か月程前に抜けています。その時に大きな怪我を負ったと……この情報は冒険者ギルドからですね」


「貴方はギルドとも繋がりが?」


「ええ。あちらにも制服とか卸してるので。なんでもギルドからも追われている身らしいです。しかしこの世界の冒険者では太刀打ち出来ないかもしれません。神父様の言う通りのチート能力の持ち主なら……」


 確かに……他人の能力を盗むなど、嫌な予感しかしない。

 たとえばキズナのような便利な能力を盗まれでもしたら……悪用された時、その被害は想像もできない。


「あれ? なんか……服が……」


 その時、ベンチで項垂れていたキズナの姿が、子供のように……


 ん?!


「き、キズナ?! その姿は……」


「え? あれ? なんで? わたし、こども? いや、じゅうななさいの、うらわかきびしょうじょだけども!」


 間違いなくキズナだ! しかし子供の姿になっている!


 これはまさか……


「クックック……どうだ、素晴らしい力だろう!」


 ショッピングモール内で、突然大声をあげる男が一人。

 整った顔立ちをした、若い男。その手には無数の紙袋が。


 それを見たエンリは、声を荒げる。


「あの男は! っていうかその紙袋は! 子供服専門店『もちゃもちゃ!』の! お買い上げありがとうございます!」


「おう、いい買い物をしたぜ」


 い、一体何が起きている!

 というかあの顔、人相書きとクリソツ……まさかこの男が……。


「悪いが少し前から話を盗み聞いてたぜ。どうやら俺を探してるってな、神父さん。しかし今捕まるわけにはいかねえ。俺には使命があるんでね」


「使命……? いや、それより……少し前、とある村人の住人を皆子供の姿にしたというのは……お前か!」


「如何にも。そんな事まで知ってるとは。いや、それで俺を探してたのか? 実はその村に今から子供服を届けに行くところなんだ。やっぱり子供はピッタリの服じゃないと動きにくいだろう?」


 それはそうだろうが……何故そんな事を……。


「一体、何がしたいんだ、お前は」


「何? 何がしたいかだと? クックック、なら教えてやろう……俺の目的は……幼稚園を作る事だ!」


 ……? 何を言っているんだ、奴は。


「おい、そこの女共! お前等も転生者だろ? 俺は元々、社会福祉科だったんだ! 俺は幼稚園の先生になりたくて入学した……なのに現実はどうだ! 少子高齢社会で、子供の居ない地域の幼稚園は次々と潰れてる! その代わりに老人ホームが出来るありさまだ!」


「そりゃ……そうだよ。でも幼稚園が必要な地域なんていくらでも……」


「そうだ! しかし男性の幼稚園教諭の数は、全体のたった数パーセント! それゆえ、どれだけ人手に困っている所でも、男の教諭は雇用しない所が多い! 理由は大してない! ただ男の保母さんは園児に怖がられるとかそういうのばっかりだ!」


「そ、そうなんだ。まあ確かに……男の保母さんとかあんまり見ないけども……」


「そうさ、高校に居た時、むしろ男手が必要なのは老人ホームと言われた……。俺はそれを聞いて決めたんだ。なら自分で作ってやるとな!」


 な、成程。彼の志は評価すべきだろう。この世界には身よりの居ない子供など珍しくもない。そんな子供達の世話をしたいというのだから、むしろ支援したくなる。


 だが彼が実際にしているのは……


「なら何故、大人を子供の姿に?」


「クックック、大人なんぞ汚らわしいだけだからさ。おい神父さん! あの村の事を知っているなら、俺がされた事も知っているだろう! 下着ドロボーという冤罪をふっかけられ、あげく村を追い出されたんだ! 俺はその時悟ったよ……この世界、全ての人間を子供の姿にして、俺が一から教育してやるってな! 手始めにあの村の子供達は俺が立派に育ててみせるわ!」


 何と言う事だ。彼は子育てがしたくて、大人を子供の姿に変えていたと言う事か?

 それなら最初から神様にそういう環境に置いてくれと頼んだ方が……


 ん? そういえば……


「君、確か……他人の能力を盗むとか何とか……。なぜそんな能力を?」


「クックック、よくぞ聞いてくれた。周りの連中は魔王になりたいとか美少女になりたいとか、しょうもない要求をしていたが……馬鹿ばかりだ! 折角チート能力を神様が授けてくれるんだぞ! だったら他人の能力を盗んで、いくつも持ってた方がいいに決まってるだろ!」


 イカン、この男、保母という職業から最も離れた位置にいる……。


「というわけで……次はそこの女の能力を頂く。その便利すぎる闇の能力をな。その後は俺が立派に育ててやるから安心しろ。バイディング!」


 次の瞬間、私とエンリが鎖で縛りあげられ、二人纏めて拘束されてしまう。

 なんだ、この力は……!


「フハハ、盗賊団の一味から盗んだ能力だ。そこでゆっくり見ていろ」


 キズナへと近づく男。いけない! 今キズナは子供の姿で、ダボダボの服を着て満足に逃げる事も出来ない!


「さあ、俺にその能力を……授けよ!」


「……ヤダ」


 だがキズナは逃げるどころか、男と向き合い闇を展開させる。そしてその闇から出てきたのは……


「わん!」


「ん? ってぎゃああああ! なんだこの犬!」


 さっきの巨大柴犬だ!

 闇から召喚された柴犬が、男をモフモフ地獄へと叩き落とした!


「神父様! 鎖を切断します!」


 闇で鎖の一部を包み込むキズナ。するとその部分だけ取り込まれ、鎖は砕かれる。

 なんと便利な能力だ。この能力があんな男の手に渡ったとなれば……一大事だ。


「ええい! 離れろ犬! ディスロケーション!」


 また新たな力? 巨大柴犬は男をモフモフ地獄から解放すると、なんとこちらに向かってきた!


「フハハハ! 犬を混乱させてやったぜ! お前等もモフモフ地獄に落ちればいい! っていうか毛多いな! は、ハックション!」


 巨大柴犬が向かってくる!

 不味い、別に噛まれるわけでは無いが、モフモフ地獄に落されると身動きが取れなくなる!


「……もどって」


 だが普通に犬は再び闇の中に。

 まあ、そりゃそうだな……。


「な、なんて便利なチートスキル……欲しい、なんとしても欲しい! バインドオープン!」


 男の新たな別のスキルが発動する。すると何故か足が動かなく……いや、正確には足が床から離れない! なんだ、この力は……!


「単純明快……ただ歩けなくなるだけだ。だが単純な力程、強力なもんだ。クックック……さあて、ではゆっくり……」


 まずい、このままではキズナの力が奪われてしまう!

 それだけは何としても止めなければ……


「神父様……大丈夫です、どうやら……あの方が来てくれたようです」


「あの……方?」


「言ったでしょう? このショッピングモールには……今、王族の方がご来訪されていると……」


 その時、私達の前へと一人の男が。

 白い衣服に身を包み、なんとも清潔感溢れる……


「あの服は私達の世界で……スーツと呼ばれている物です。あの方に頼まれて私が仕立てました。そしてあの方は……私達が居た世界の学び舎で、知らぬ者など居ない……」


「よう、久しぶりだな。遠藤」


 遠藤……と呼ばれた保母志望の男。

 男はビクつきながら、後ずさりする。


「な、なんだお前……なんで俺の名前……」


「生徒会長なんだ。たとえ生まれ変わっても……俺はお前等の事は忘れない。何故なら俺は……生徒会長だからな!」


 生徒……会長?

 もしかして転生者達のリーダー的な存在だろうか。


「ば、ばかな! 俺は顔とか……全然違うんだぞ!」


「記憶はそのままなんだ。口調や仕草ですぐわかる。さて……お久しぶりですね、キズナ嬢」


 ……? キズナの知り合いか?

 するとキズナは子供の姿のまま、プルプルと震え出した。


「あ、あー! あの時の! 悪役令嬢を連れ去った……グランドレアの王様!」


 王様?!


「正確には第一王位継承者です。その悪役令嬢……アインも来てますよ。会いますか?」


「結構です! あの女のせいで私は……美味しい魚介類を毎日お腹一杯食べてるんですから!」


 どうやら港町を気に入ってくれているらしい。ヨカッタヨカッタ。


「梓も元気そうだな。スーツ気に入ったぜ」


「うん、またごひいきに……」


「……で? 遠藤、お前も元気そうだな。話は聞いてたぞ。保母さんやりたいなら俺に言えよ」


「う、うるせえ! っていうか俺は今忙しいんだ! すっこんでろ! バインドオープン!」


 あぁ! 王様も身動きが取れなく……なってない?

 淡々と遠藤君へと歩み寄っている。


「ば、馬鹿な……! なんで……!」


「俺が神様から授かった能力は……如何なるチート能力も通じない能力だ。お前自身の手癖の悪い盗賊スキルで奪ってみるか? 物は試しだぞ」


「っく……やってやらぁ!」


 遠藤君は手を翳し、能力を奪おうとする。

 というか、その能力には名前は無いのか。さっきまで高らかに能力名を叫んでいたのに……。


「どうした? 奪ったか?」


「う、うるせえ……ち、ちくしょう!」


「お前みたいのが居るからな。俺はこの能力しか無いと思った。でも確かに能力を奪うって方法も有効だ。お前は貴重な存在だよ、遠藤」


 王様はそのまま遠藤君の目の前まで歩み寄り……ポン、と肩を叩いた。

 その瞬間、私達は床から足が動かせるように。そしてキズナも元の大人の姿に戻った。


「んなっ! なにしやがった!」


「お前の能力をキャンセルして、元の持ち主に返しただけだ。駄目だろ、一度奪った能力はちゃんと自分の物に出来るように神様に願っておかないと。詰めが甘いな、遠藤」


 なんと。ということは、村の人々も懺悔をしにきた、あの男も無事に元に戻っているという事か。


「てめぇ……!」


「まあ聞け。お前がブレイングハートの一員だと言う事は割れている。このまま投獄してやってもいいが、連中には俺も頭を悩ませていてな。協力してくれるなら……保母さんになりたいという願い、叶えてしんぜよう。無論、一通りの研修は受けてもらうぞ。国家試験も受けてもらう」


「ふ、ふざけんな! なんで異世界にまで来て、そんな現実世界みたいなこと……」


 そう叫ぶ遠藤君の顔色が、どんどん真っ青になっていく。

 一体どうしたのだ。確かに王様からは只ならぬ威圧感を感じるが……。


「異世界だろうが現実世界だろうが……ここは人が住まう世界なんだ。なんでもやりたい放題だと思うなよ、遠藤」


 そのまま膝から崩れ落ちる遠藤君。

 まるで猛獣を目の前にしたかのように、その目は怯え切っている。


「連れて行け」


 数人の騎士が現れ、遠藤君を拘束し連行していった。

 王様は再び我々の前へと来ると、優雅にお辞儀してみせる。


「神父様、日々……転生者がお世話を掛けています。今後はこのような事が無い様……と言いたいのは山々ですが、何せ手にあまる連中ばかりで……」


「い、いえ……恐縮です……」


 日々転生者が……?

 まさかこの方は、私がこれまでどんな体験をしてきたのか知っているのか?


「では、失礼致します。梓、あとで金払うから神父様をちゃんと送れよ」


「分かってますとも、王様」


「王様じゃねえっつーの。それと……柊、お前の能力便利すぎるからな。あまり人前で使わない方がいいぞ」


「え、えーっ! 私も身バレしてたの?!」


 そのまま王様は何事もなく去っていく。

 これで……一件落着、なのだろうか。


「どうやら……問題は全て解決したようですね、神父様。どうでしょう、今夜はこの街で……是非以前のお礼をさせてください」


 私とキズナは、その街、ローレンスで一夜を明かし……翌日港町へと馬車で送り届けられた。


 何か忘れている気も……しないでも無いが。


 まあ、とりあえず今回は大変に疲れた。

 帰ったら……海を眺めながら落ち着こう。


 

 海……? 海……


 ぁっ……





『ふぇぇぇーん! 神父様、まだ戻ってこないよぉー! 私いつまで待ってればいいのー! リヴァイアサンを待たせるなんて……神父様のいけずぅー!』






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