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第9話 アレグロ

 「はい、次の人と交代ね」

 「はい」


 和也がグランドピアノから離れると、廊下で待つクラスメイトと入れ替わりで教室を出た。一年生は後期実技試験の真っ最中だ。


 「ふぅーー……」

 「和也、お疲れ」

 「お疲れー、テストが続くな」

 「だよなー、音楽科目と学科の期末試験か……」

 「あぁー、実技が一番緊張するけどな」

 「確かにな」


 二人とも実技試験が終わり、ほっと一息と言ったところだ。一人ずつ行われる事もあり、独特の緊張感が走る。人前での演奏に慣れていない者にとっては集中力が試される場面だ。


 「ミヤー、ヒデー、今日カラオケ行こうって話してるんだけど、行けるか?」

 「あぁー」

 「んーー、俺はパス」


 教室には試験を終えた生徒しかいない為、割と自由に話していた。


 「ミヤは用事か?」

 「うん」

 「彼女か?」

 「いや、違うけど」


 最近やたらと聞かれるけど、何でだ?

 クラスで付き合ってるのなんて、及川達しか知らないけど。


 「和也、もうすぐバレンタインだからじゃない?」


 彼の心を見透かすように告げたのは、隣にいた三井だ。


 「えっ?」

 「和也、青山先輩とも良く一緒にいるから、三年からも人気があるみたいだぞ?」

 「それはケイが目立つからだろ?」

 「確かに先輩も目立つけど、和也も十分目立ってるんだって!」


 いくら親友の言葉でも、納得していない表情だ。他人に色々言われるのは、煩わしいだけである。


 「それはないけどな。じゃあ、またな」

 「あぁー、またな」


 目立つ自覚のない和也は、そのまま軽く手を挙げて教室を出て行った。


 「ミヤは目立ってるって自覚なしか」

 「及川。まぁー、そうだろうな」

 「新入生代表で、あのルックスだろ? ヒデも聞いたことないのか? ミヤのそういう話」

 「ないな」


 即答する三井に、及川だけでなくカラオケに行くクラスメイトからも笑みが溢れている。


 「ミヤは本当、音楽一筋って感じだなー」

 「確かに。まぁー、あれだけピアノが弾ければ当然か」

 「だよなー、村山むらやまが毎回ミヤの後の演奏はやだって言ってたなー」

 「自信なくすよな」 「それな!」


 どうやら全員一致の見解のようだ。狭き門を突破して入学した彼らから見ても、和也の音楽センスはずば抜けていた。日々の練習の成果も相まって、音楽においては常に一番の成績だが、クラスメイトの様子からも彼が優秀だから話しかけにくいと、いうことは全くない。CDの貸し借りや休み時間は、友人らと語らい、笑って過ごしているからだろう。


 「ヒデーー、行くぞー」

 「あぁー」


 及川に応え、クラスメイト数名で試験の打ち上げ的なストレス発散に参加する三井の姿があった。



 「あっ……」

 「どうした?」

 「今、すっごい良い声が漏れてた」

 「マジで? どこの部屋かな?」


 和也だけでなく音楽高校に通うだけあり、三井も他のクラスメイトも音楽に興味がある。今もカラオケ店の一室から漏れ出た歌声に惹かれたようだが、その声はもう聞こえていない。歌い終わってしまったのだろうが、名残惜しさが滲む。


 「ヒデ、何の曲だった?」

 「確か、CMでも使われてたやつ」

 「へぇー、ミヤが居たら食いつきそうだな」

 「あぁー」


 男女合わせた六人のクラスメイトで、一室に入って行った。



 三井が惹かれた声の持ち主の一室では、次に歌う曲をリクエストする友人がいた。彼女の歌声が好きなのは、その反応からも明らかだ。


 「次、この曲歌ってーー」

 「つるちゃんが歌ってよー。私はいいから」

 「えーーっ! 奏の声、好きなのにー」

 「私は二人の歌がいいなぁー……裕子ゆうこちゃんの番だよ?」

 「うん」


 マイクを裕子に手渡すと、友人の柔らかな声に耳を傾ける。裕子は卒業シーズンにぴったりの曲を歌っていた。彼女達は、あと一ヶ月足らずで中学校を卒業するのだ。


 「早いなー」

 「そうだね……」


 進学先が別々の彼女達にとって、今は貴重な時間と言える。毎日学校で会えていたが、これからはメールや電話でのやり取りが主流になるだろう。


 「卒業しても会おうね!」


 マイク越しに気持ちを伝える裕子に、彼女達も笑顔で応え、三人で過ごす時を楽しんでいた。




 「うーーん、難しいですね」

 「宮前くん、だいぶ上達してるわね」

 「そうですか? それなら、いいんですけど……」


 和也はピアノの先生とのやり取りに、苦笑いを浮かべる。一度見ただけの彼女の音色が、今も脳裏から離れないのだ。


 「宮前くんが辞めちゃうのは寂しいけど、ピアノは続けていくんでしょ?」

 「はい……また上手くいかなくなったら、先生に教わりに来るかもですけど」

 「じゃあ、それを待ってようかな」


 小学四年生の頃から習っていたピアノ教室を、来月いっぱいで辞めるのだ。これは、他のメンバーも同じだった。

 受験が終われば、一旦個人レッスンを受けていた彼らも辞め、バンド活動に専念するつもりである。そして、大学生のうちにプロデビューを目指す。それが、四人共通の目下の夢となっていた。


 「あと三回か……宮前くんは発表会でしか弾いた事なかったよね?」

 「はい」

 「もし、ピアノを志す気になったら、大会に出てみるのもいいと思うよ」


 そう告げた先生は、和也に大会の申し込み書類を手渡した。あまり興味がないのは分かっているが、練習を欠かさずに行う彼が何処まで出来るか見てみたくもあったのだ。


 「ありがとうございます」

 「じゃあ、また来週ね」

 「はい、失礼します」


 教室を出ても受け取った書類には目を通さず、鞄にしまったままだ。形だけの受け応えはしたが、そもそも大会に出る気がないのだ。先生もそれは分かっていた為、今まで強制した事はなかったが、彼が辞める前に駄目元でも渡しておきたかったのだ。それほど和也のピアノがいい線までいくと、可能性を感じていたのだろう。

 そんな思いが込められていたとは知らず、和也は自宅に帰ると、すぐにギターを弾き始めた。彼はクラシックよりバンドの世界が性に合っているのだろう。滑らかに動く指先から多彩な音色が生み出されていった。




 「はい、ミヤくん!」

 「へっ? あ、ありがとう」

 「和也、また貰ったのか?」

 「うん……今日はやたら甘いのくれる人、多いな」

 「………」

 「なんだよ、三井」


 本気で気づいていない親友の様子に、昼食の箸が止まり思わず溜め息がこぼれる。


 「それ、明日がバレンタインだからだと思うぞ?」

 「あぁー、友チョコとか言うやつか」


 今更、鈍感な彼に抗議する事はないが、友チョコのように渡した中に、明らかに高価なチョコレートが混ざっている。渡した彼女に同情しつつも、告白をしないのは三年間同じクラスだからか……と、妙に納得している三井がいた。彼自身もそうだったからだ。


 「ミヤー、ヒデー、駄菓子食べる?」

 「ありがとう」 「食べる」


 二人とも甘いものは好きな為、貰ったブラックサンダーを昼食後に美味しそうに食べている。女子から餌付けされるような光景が、教室のあちこちで見られていた。


 「んで、三井は貰えたのか?」

 「あぁー、当日くれるって言ってたな」

 「よかったな」

 「うん……」


 どうやら三井は、文化祭の時に和也が気づいた想い人と、付き合い始めていたようだ。小声でそんな話をする二人は、休み時間の間も楽しげに話しているが、彼らに限った事ではない。一学年一クラス、四十人しかいない為、必然的にまとまりのあるクラスとなっていた。


 「ミヤーー、連弾しないか?」

 「するする」

 「何、弾く?」

 「最近、CMで流れてるやつ!」


 グランドピアノを男二人が並んで弾く。


 CMの曲か……耳に残りやすい音色。

 何十秒って間しか流れないのに、多くの人の耳に残ってるって事だよな……

 俺が『CMで流れてるやつ!』と、言っただけで通じるって事は、それだけ多くの人が聴いたことがあって、耳にも残ってるって事だから……


 「次、俺も弾きたい!」

 「じゃあ、俺と交代な」


 和也と入れ替わりで、三井も鍵盤に触れる。中にはカップルで連弾する者もいた。

 音楽室でなくともグランドピアノが教室にある為、休み時間の遊びの一環のようだが、音楽高校ならではの光景がそこにはあった。

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