第3話 テンポルバート
ーーーーあの人たち、やばい……器用すぎるだろ?
和也は興奮気味のまま、自宅に着くなり部屋へこもっていた。
音が頭に浮かんでいるのだろう。譜面に書き起こしていく。
「あーー、立ち上がるの遅っ!」
パソコンが立ち上がるのを待てずに、携帯電話の録音機能に曲を吹き込む。歌詞も思いついていたのだ。
「インスト……か……」
思わず呟く。和也の夢は他にあったからだ。
ーーーーーーーーバンドが組みたいんだよな……インストバンドは、世界に音楽を届けるには有効的な手段の一つだけど……あのハイトーンボイスのような……澄みきった声をずっと探してるんだ。
音楽高校なら見つかるかもって思ったけど、そんなに甘くなかったし、声楽科志望の人もいるみたいだけど、何か違うんだよな……
溜め息を呑み込むと、出来たばかりの曲を客観的に聴いていった。
「ーーーー限界だな……」
ケイ達に告げたら、何て言うかな?
インストじゃないバンドが組みたいって言ったら……もう名前も考えてたりするんだけど…………やっぱり、ボーカルがな……
インストバンドを組んでから一週間。彼らは放課後、時間の許す限り、音合わせをしていた。今日は部活がある為、ヒロ以外のメンバーが喫茶店に集まっている。
和也は音合わせをしている最中も考えていた。これからの演りたい事。そして、このバンドの未来の事を。
「ミヤ、次はどの曲にする?」
「あーーっと、じゃあ、これ……」
圭介と明宏にiPadを見せると、彼らは真剣に譜面を読んでいく。彼の作る曲に興味があった事が一番の理由だろう。
kamiyaとして活動していた和也の演奏する楽曲は、遡ればメジャーな曲もあるが、その殆どが彼のオリジナル曲だったからだ。
「ーーーーこれ……新曲?」
「うん……ケイ、よく分かったな」
「見たことないからな。僕らは元々、kamiyaを見てインストバンドもいいなって思ったくらいだからなー」
「えっ?! そうなの?!」
「あぁー、まさか身近にいる奴とは思わなかったけど、生で聴いてみたいって、ずっと思ってたからなー……それにしても、ミヤは作曲ペースが早いなー」
「そうかな? 日によりだけど」
「そこはミヤらしいな。羨ましい」
「俺からしてみれば、楽器を器用に弾きこなすケイ達の方が羨ましいし、ちょっと悔しい……」
「悔しい?」
「だって、みんな直ぐに弾けるようになるじゃん? 割と難解なコードを使ってる曲もあるのにさー」
珍しく少し拗ねたような表情の和也に、二人は顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。
「えっ? 変なこと言った??」
「いや……言ってないけど……」
「あぁー、その言葉、そのまんま返すわー」
「うん、そんだけ作曲ができて、ギターも弾ければ、その道のプロに慣れそうだからな」
「ーーーープロ……か……」
少し考え込んだ様子の和也に、続けて圭介が尋ねる。
「……違った?」
「…………なりたい、けど……」
「けど?」
「……このままじゃ届かない」
そう応えた彼は、少し表情を曇らせた。
「届かない?」
「……俺……バンドが、組みたくて……」
「……ボーカルありって事か?」
「……うん……」
「曲は?」
「今まで、書き溜めてたのがあるけど……」
「ボーカルかーー……」
「ケイ?」
「じゃあ、とりあえずミヤが歌ってみたら?」
「えっ?!」
「あぁー、いいじゃん! 言い出したミヤが、仮ボーカルな!」
「……いいの?」
「ヒロも喜ぶと思うぞ?」
「だなー。俺達は、ミヤが作る音楽を見てみたいからな」
和也は言葉にならなかった。知り合って一週間しか経っていないにも関わらず、ここまで彼らと気が合うのは、音楽の趣味が、波長が、合うからだけではないだろう。
「ーーーーありがとう……」
彼は、かつてのJamesのようなバンドを組みたかったのだ。
圭介と明宏にとっては、バンド仲間であり、弟のような存在でもある彼の頭をかじがしと撫でて肩を組んでいた。
「バンド名は決まってるのか?」
「うん……water(s)」
「いいじゃん! ミヤの歌、楽しみだな!」
「!!」
念願叶ってのバンドだが、自分がボーカルをする事には、気落ちする和也がいるのだった。
ーーーーやっぱり……俺の声だと限界が見えてるな……
ずっと探してる……高校に入ってから、その想いは強くなった。
ようやくバンドは組めた。
あとは、ボーカルを探すだけ……
「はぁーーーー……」
「和也、溜め息大きいな」
「あーー……三井、歌の上手い奴ってクラスにいるっけ?」
「歌? 声楽科志望の奴はいただろ? 授業で聞いた感じしか分からけどなー」
「だよなー」
すぐに見つかるなら、ここまで苦労してない。
ネットでも『歌うま』で話題になってる人とか、ストリートで歌ってる人とか、色々聞いてきたけど……確かに中には上手い人もいるんだけど、な…………残らない。
歌が上手いだけなら、世の中に山程いる。
でも、プロになる……音楽で食べていけるようになるのは、ほんのひと握りだ。
そのひと握りになりたいんだ。
和也は弁当箱を空にすると、練習室に向かった。他のメンバーに引けを取らないように、ピアノも演奏出来るようになりたかったからだ。
周囲から見れば、彼は充分にピアノを弾く実力があるが、本人にとってはギター程、手に馴染んでないと自覚があった。
弾く曲は自身で作詞作曲をしたものに、四人でアレンジを加えたものだ。
その曲は、彼が入学式の際に期待を寄せた春に似合う曲、"春夢"だった。
「はぁーーーー……」
「ミヤ、また溜め息か?」
「あっ……ごめん……」
「いいけど、ボーカル悩み中なのか?」
「ミヤでもいい線いくと思うけどな」
「駄目なんだ。俺の声じゃ……」
即答する和也に、圭介がiPadを見るように促す。
「ーーーーこれ……」
「すごいだろ? ミヤの歌で、これだけ人が集まるって事だ」
インストバンドとして配信した時よりも、僅かだが再生数が伸びている。コメント数はインスト時の外国人より日本人が圧倒的に多い。それだけ日本人の耳には耳馴染みが良く、多くの人が彼らの曲を聴いてくれているという事だ。
「とりあえず、このまま夏休みにライブしてみないか? って決定事項だけどな」
「あぁー、場所は決めてあるから。seasonsな?」
「アマチュアがよくやってるライブハウスか……」
「ミヤも知ってるんだな。今は亡き、風間雄治が作った場所だろ?」
「あの人の声、好きだったなー」
「俺もー」
和也の反応を待たずに話を進める。ボーカルを渋っていても、断る理由にはならないからだ。
「ーーーー俺も……何曲、出来るの?」
「さすがミヤ! 乗り気だな!」
「今回は二曲だな。他のバンドとかと一緒にやらせてもらう感じで。これで集客があれば、時間も単独ライブも夢じゃないって事だな」
「そっか……」
「演るだろ?」
「勿論!」
和也の答えは決まっていた。巡ってきたチャンスを掴めるものなら、何にでも挑戦していくのだ。
「ちゃんとしたライブって初めてだな……」
「ミヤもか? 俺らもそうだな」
「うん、基本SNSにあげる時は、自宅で録音してるから。ヒロ達も初めてなんて意外……」
「俺らは、マスターの所か、ケイの祖父さんの前でくらいだよな」
「あぁー、高校が一緒だったら、学祭とかでやってみたかったけどなー」
「確かにな、楽しそうだよなー」
全員と同じ学校だったら、それは毎日が発見の連続だったに違いないと感じた。
放課後の僅かな時間や休日の練習時間ですら、新たな発見を得られる為、せめて同じ年だったらと、彼がそう考えてしまうのも当然と言えば、当然の事だ。
ーーーー音楽を志す高校に入ったけど……音楽の趣味が合っても、ここまで音楽性が合う人はいない。
そう……この人達と、誰かとバンドを組みたいと強く思ったのも初めてだった……
「ミヤ、行くぞー」
「うん」
和也はギターをケースに入れると、あとを追うようにカラオケ店の一室から飛び出していった。
部屋にあるCDプレイヤーからは、和也がライブをする場所を作った風間の曲が流れている。彼はwater(s)での練習を終え、帰ってからもまた一人で練習していたのだ。
今日は休憩中に、父のコレクションの中から借りてきたCDを聴いていた。
風間雄治……三十二歳という若さで亡くなったシンガーソングライター。
日本では有名なミュージシャンか……って言っても、俺が生まれる前の、父さんが学生の頃の話だけど……
歌詞カードを見ながら時折口ずさんでいるが、自身の声に納得のいかない顔をしている。
「……ハスキーボイスか……」
風間の声は、低音が響くようなハスキーな歌声だった。和也も低音よりの音域だが、声域の幅が広くない為、裏声と地声を混ぜた芯のある裏声を駆使して歌う事に長けている。自身の声を聴かせられる歌にする為に身につけた結果が、ミックスボイスであった。
「こういう声も響くよなーー……」
彼にとって音楽は、すべて学ぶ為にもあるようなものだろう。CDから流れ出る音源に、理想とする歌声が実在すればと、何度も感じていたのだ。
ーーーーwater(s)……waterは無色透明変幻自在、生きるのに必要なもの。
(s)はメンバー全員で……って事で、考えてた。
そのまま即採用になったのは、正直驚いたけど……嬉しかった。
ずっと遠い夢だったものが、急に現実味を帯び始めた気がして…………
「ボーカルか……」
溢れそうになる溜め息を呑み込むと、憂さ晴らしでもするかのように、ギターを弾く姿があった。