藤本の訪問
「で?どういうつもりだ?」
夏休みのある日、俺は家の玄関で目の前にいる藤本を問い詰めていた。
「・・・話がしたいので来ました。」
藤本は怖がっているのか震えた声でそう言った。前とは違いいきなり罵倒してくる様子はなさそうだ。
「俺には話すことなんてないから帰れ。」
いつも暴言を吐いてくる相手に気を使ってやるほど俺もお人好しではない。突き放すように言うと藤本はその表情をさらに悲痛なものにさせた。そんな藤本を尻目に俺は家の中に戻って行った。
しかし、藤本は一向に帰ろうとしなかった。もうすでに尋ねてきてから2時間が経過しているが藤本は変わらず家の前で立っていた。前髪で隠れてしまってその表情はうかがえない。それと空気がじめじめし始めていることにも気付いた。空を見ると先ほどの晴天から一転、空は曇り一面でいつ雨が降り始めるかも分からなかった。
(・・・仕方ないか。)
俺は溜息をつき、閉じていた家の玄関を開ける。藤本は何事かとこちらを見た。
「入れ、話を聞いてやる。」
「・・・はい。」
藤本は俺の後に続いておどおどと家の中へ入って来た。ちなみに、結衣は中学校の友達と遊びに行っている。とりあえず、ソファに座るのを促すと、藤本は素直に従った。
「ほら、これでも飲め。」
俺はホットコーヒー牛乳を差し出した。
「ありがとうございます先輩。」
藤本は差し出されたコーヒー牛乳を飲むと、固まっていた表情を綻ばせた。俺もソファに座りブラックコーヒーを飲む。
そして、沈黙が流れる。藤本の様子を伺うとどうやらかなり気まずいようだ。
「それで?話ってのはなんなんだ?」
このまま黙っていても何も解決しないので俺から切り出すことにした。
「まずは最初に一言言わせてください。今まで本当にごめんなさい。先輩は何も悪い事なんかしてないのにありもしない噂を信じてたくさん罵ってしまって本当にごめんなさい。」
藤本はそう言った後に、深々と躊躇いなく頭を下げた。
「・・・その謝罪を受け入れよう。」
「えっ?」
俺がわりとすぐに答えると藤本は許してもらえるとは思ってなかったのか下げていた頭を勢いよく上げた。
「なんだ許してもらうためにここに来たんだろうが。」
「えっ、でも・・・。」
まぁ、藤本の気持ちも分からなくはない。あれだけのことをしたのだからこの程度で許してもらえるとは思っていなかったのだろう。
「許してもらえたのに不満でもあるのか?」
「いえ、そういう訳じゃ・・・。」
どこかたどたどしい藤本に向かって俺は思いっきり溜息をつく。
「そのしゃべり方やめろ。お前が下手に出るとか気持ち悪くて仕方ない。」
「なっ・・・!どういう意味ですかそれっ!」
すると、藤本は前と同じような元気な声で突っ込んできた。
「言葉通りの意味だが?」
俺は先ほどの神妙な表情とは一転し、笑顔を浮かべていた。
「そもそも、いつでも元気いっぱいでこんな些事なんて気にせず突き進むのがお前だろ。らしくないんだよ、それもとてつもなくな。」
俺は自分でも臭い事言ってるなと思いつつそう言った。それを聞いた藤本はと言うと・・・
「・・・(ポカン)」
こちらを見たまま固まっていた。
「ぷっ、あははっ!」
と思ったら急に声を上げて笑い出した。
「な、なんだよ。」
「いや、なに臭い事言ってるんだこの先輩はと、思いまして笑っちゃいました。」
「うっ。」
見事に図星を突かれ思わず呻く。
「でも、これは澪さんが・・になるのも・・るなぁ。」
「ん?なんか言ったか?」
「何でもありませんよ、先輩。」
藤本のほうから呟きが聞こえたので聞き返すと今まで見たこともない笑顔で返された。
「ほら、これ持ってけ。」
時は過ぎ俺は玄関で藤本に傘を渡していた。まだ雨は降っていないが念のためである。
「今日は話を聞いてくれて本当にありがとうございます。」
藤本はそう言って再び深く頭を下げた。
「あぁ、気をつけて帰れよ。」
「はいっ!では、また学校で会いましょう翔斗先輩。」
そう言って、藤本は歩き去った。
「・・・そういえば、あいつに名前で呼ばれたのは初めてだな。」
藤本の去った方向を見ながら俺はそんなことを呟いた。
その後、帰ってきた結衣に聞いた話だが帰ってくる途中に傘を差さずに胸元に抱きしめながらスキップしながら帰る少女を見たとか。




