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お姉ちゃんも辛いのです。

「……んっ」

「あら、クリスが起きたようね」

「……あっ、お姉ちゃん」

「お姉ちゃん、じゃないわよっ。全く、あれだけ家から出る前におトイレに行きなさいって言ったのに」

「……ごめんなさい」


 デリラ、地が出てしまっていますよ……。

 そのことに気付いたデリラは、顔を赤くしながら誤魔化そうと咳払いをしました。


「こほんっ。いいのよ。過ぎてしまったことですからね。でも、お漏らしして泣いてしまうなんて、お父さまが聞いたら泣いてしまうでしょうね……」

「おとうさんがないちゃうの?」

「えぇ、私たちのお父さまは優しすぎるというか」

「いいなぁ。あたし、パパいないから。うらやましいな」

「えっ? その、ごめんなさい……」

「いいの。ママがいるからまいにちたのしいの。アネットさんもいるからねっ」

「アネットさん?」

「うん。このこ。あ、ひみつだったんだっけ」


 私は呼ばれたと思って身体に戻ると、ポケットから顔を出して自分を指さして『私です』というポーズをしました。


「に、人形が動いてる。それも言葉を理解してるみたい……」

「アネットさんはね、せいれいさんなんです。だからおはなしもできるのよ」

「精霊様……。なるほど、精霊様の加護を受けられていらっしゃるのね。人間でも加護を受けられるとは聞いてましたが……」

「ううん。あたし、はーふえるふ、っていうみたいですよ」

「はーふえるふ、エリカちゃん、すごいっ」


 クリスハイトが身体を起こしてキラキラした目で恵里佳を見ています。


「そう? よくわかんないけどねっ」


 恵里佳は褒めれられてちょっと嬉しかったようです。


「そういえば、エリカさん。『スイート』というお名前でしたよね?」

「うん。そうですよ」

「まさか、お母さまって『シヅエ・スイート』さん?」

「うん。ママはそういうなまえだよっ」


 今度はデリラがキラキラした目で恵里佳の手を両手で握ってきます。


「す、凄いわ。あの『ハーブマスター』様の娘さんなんですねっ?」

「んー、よくわかんない」


 恵里佳は『あはは』という感じに笑っています。


「私、シヅエ様に憧れているんです。凄いわ、羨ましい……」

「よくわかんないけど、ママってすごいんだね」

「そうですよ。あぁ、一度会ってみたいわ……」

「そう? それなら、うちにあそびにきますか?」

「えっ? いいのですか?」

「クリスハイトちゃんもいっしょならいいよっ」

「クリスっ! 行くわよね? いいえ、一緒に来なさいっ!」


 デリラは自分が行きたいのでしょうね。

 クリスハイトに詰め寄って、ごり押しするように聞いています。


「は、はい」


 そんなこんなで、学舎の帰りにデリラとクリスハイトが遊びに来ることになりました。


 ▼▽


 私たちは学舎の前から二人を迎えに来た馬車に乗せてもらうことになりました。

 恵里佳は小さいころ、まだ物心つく前にこの国に来るときに乗せられたことはあるのでしょうけど、憶えていないでしょうね。

 なので初めて乗るようなものだったのです。


「ほぇーっ。これがばしゃなのね。はやいはやいっ」


 馬車での送り迎えがあるということは、二人はおそらく貴族か大店の娘と息子なのでしょうね。

 そんなことはつゆ知らず、恵里佳は馬車での移動の速度に感動していたようです。

 恵里佳の歩く速度で二十分かかる距離。

 あっという間に恵里佳たちの部屋の下へ着いてしいました。

 恵里佳を先頭にクリスハイトとデリラが降りてきます。


「お、馬車が停まるなんて珍しいな」

「あ、エリカちゃんだ。あれ? 徒歩で行かなかったっけ?」

「おや、男の子とお姉ちゃんかな? もしかしたら、友達ができたんじゃ?」

「それはよかった。エリカちゃん、ずっとひとりだったからなぁ……」

「エリカちゃん、お友達かい?」

「うんっ、おともだちだよっ。えへへへ」


 そんな恵里佳の笑顔に町の人たちは、さも自分が嬉しいかのように喜んでくれています。


「よかったねぇ、あとで入学のお祝い持って行かないとね」

「そうだね。俺んとこもなにか持っていくか」


 クリスハイトは状況が掴めずぼーっとしているようですが、デリラは恵里佳が町の人々に愛されていると思ったのでしょう。


 恵里佳が先頭になって階段を上っていきます。

 恵里佳が部屋のドアを叩きました。

 コンコン

 デリラは憧れの人に会えるということで少々緊張しているようですね。

 パタパタパタ

 志津恵手製のスリッパの音でしょうか。

 デリラには聞いたことのない足音で、少し不思議に思ったことでしょう。

 なんと感受性の高い娘でしょうか。

 カチャッ


「おかえりなさい恵里佳。あら? お友達、かしら?」

「うん。おともだちのクリスハイトちゃんと、おねえさんのデリラおねえさんだよ」

「あらあらあら。この国にきて、初めてのお客様だわ。どうしましょう」


 志津恵の言う通り、この部屋にはお客様が来ることはありませんでした。

 流石の志津恵も慌ててしまったのでしょうね。

 マイペースな恵里佳はあまり気にしていないようね。

 この子本当に大物になりそうだわ。


「クリスハイトちゃん、デリラおねえさん。どうぞー」

「そ、そうね。どうぞお入りくださいね」

「初めまして、デリラ・クランドールです。お言葉に甘えて、失礼しまっしゅ……、あっ」

「おねえちゃん、かみかみ……」

「クーリースー……」


 デリラは可愛らしく腰に両手を当てて、クリスハイトをのぞき込むようにちょっとだけ怒った顔をします。


「ご、ごめんなしゃい……」

「あらあら、うふふふ」


 デリラは中に案内されてまず驚いたのが、玄関で靴を脱ぐということだったようです。

 確かにそういう造りの部屋があるというのは知っていたみたいですが、デリラにとっては初めてのことだったようですね。

 察しの良いデリラは、志津恵の靴が玄関に置いてあることから靴を脱ぐものと気付いたのでしょう。

 困ったことにデリラの靴は編み上げ式のブーツ。

 脱ぐのに戸惑ってしまっています。


「ほら、ちょっと貸してごらんなさい」


 志津恵は玄関にしゃがむと、自分の膝の上にデリラのふくらはぎを乗せて器用に紐をほどき始めました。

 それはまるで母親が靴を脱げない娘を手伝うような、そんな優しさを含んだ感じのものに見えてきます。


「あ、ご、ごめんなさい」

「いいのよ。クランドールさんというと、おそらく伯爵家のお嬢さんなのでしょう? 確か長女の名前がデリラという名前だったような……」

「えっ? 何故それを?」

「私はね、昨日ちょっと恥ずかしい思いをしたことがあって、貴族の方々のことを少しだけ調べたのよ。そこにクランドールさんの名前が書いてあったの。だからもしかして、と思ってね」

「でもっ、こんな、侍女みたいなことをしてくれなくても……」

「あのね」


 志津恵は優しい目をデリラに向けました。


「私の育ったところでは、こんな風にね。子供の世話は親がするんですよ。恵里佳もね、最初は靴がうまく脱げなかったから、よくこうしてしてあげたんです」


 そう言って志津恵はデリラにウィンクをしました。

 貴族の親はこのようなことはしないのでしょう。

 デリラはある意味、衝撃を受けたのでしょうね。

 それに少し調べただけで自分の苗字が簡単に記憶できるわけがないと思ったのですね。

 志津恵はかなり悔しい思いをしたのだろう。

 なのでかなり必至に調べたのかもしれない、デリラはそう思ったのでしょう。

 デリラは今日、学舎であったこと、恵里佳に助けられたこと。

 そんなことを包み隠さず志津恵に話したのでした。

 私はその間に、部屋にいるのだからと恵里佳の胸のポケットから肩に移動して座りました。

 すると。


「えーりーかーっ」


 志津恵がいつもと違う、恵里佳が悪戯したときの声で恵里佳を呼びました。


「ひゃいっ」


 反射的に恵里佳は声が上ずってしまいます。


「まさか魔法使ってないでしょうね?」


 志津恵はちらっと肩に乗っている私を見ました。

 私も恵里佳の肩で『ごめんなさい』という感じに土下座しました。

 私たち嘘のつけない精霊には無理なことです。

 そのためバレバレだったのですね。


「ママ、ごめんなさい。クリスハイトちゃんが……。たすけたくて、つい」

「あ、あの。ぼくがおもらしをしてしまって……」


 志津恵は、つい先ほど話をデリラから聞いていました。

 デリラはクリスハイトのことを思って、お漏らしの部分をぼかして話していたのです。

 クリスハイトの一言でやっと全容が理解できたようでした。

 志津恵は右手で恵里佳を抱き寄せます。


「そうだったのね。うん、それなら褒めてあげなきゃね。恵里佳、偉かったわ。誰かを助けるときに使わない力なんていらないのだから、そういうときは遠慮しちゃ駄目よ?」

「う、うん」


 志津恵は恵里佳と同じように、左手でクリスハイトを抱き寄せます。


「クリスハイトちゃんも、辛かったわね。でもね、辛いときには辛いって言わないと、周りの人がわかってくれないわ。恵里佳はお友達なんだから、頼っていいのよ」

「は、はい……」


 志津恵は天然だが鈍くはないのです。

 デリラの視線を感じて、彼女の方を見ました。

 すると、若干ではあるが羨ましそうな表情でこちらを見ているように感たようです。

 ちゅっ、ちゅっ

 志津恵は恵里佳とクリスハイトの額に交互にキスをすると、二人を開放します。


「デリラちゃんもいらっしゃい」

「えっ?」

「ご両親は立場もあるでしょうから、甘えさせてもらえないのかな、って思っちゃったの」


 志津恵はこの辺りはかなり鋭いのです。

 恵里佳がまだうまく話せないときも、恵里佳の表情を読み取って何をして欲しいのかが解るほどでした。

 志津恵はデリラに向かって笑顔で両腕を開いて迎えようとします。


「ほら、いらっしゃい。デリラちゃんは多分十歳くらいじゃないのかしら?」

「……はい。今年十一歳になりました」

「そうなのね。まだ子供なんだから、恥ずかしくなんてないのよ?」


 デリラは志津恵の胸にふかっと抱かれます。

 憧れの女性に優しく抱かれているのですね。

 嬉しくないわけがないでしょう。

 ただ、デリラは甘え方を忘れてしまっているような、不器用な甘え方でした。

 微かに喉を鳴らすように軽く呻いて、肩を震わせていたのです。


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