恵里佳の成長。
志津恵は恵里佳と出会って五回目の夏を迎えたわ。
恵里佳はこれといって病気もせずすくすくと育っていたわね。
不思議なことに、歳を重ねるごとに顔立ちが母である志津恵に似てきていたの。
耳だけは少しだけ長いのだけれど、うまく長い髪に隠れてしまっていて気にならないみたい。
志津恵と似た腰まである長い栗色の髪。
前髪が眉のあたりで揃えてあって、サイドは耳より下で顎あたりの長さで真横に切り揃えてある、志津恵のいた世界では『お姫様カット』と言うものらしいのね。
これは志津恵の趣味だったみたい。
大きく開いたぱっちりとした目。
母乳から志津恵の魔力を取り入れたせいなのかしら?
それとも違う要因かは解らないけど、瞳の色も似た感じに育っていて、傍からみたら母娘であることを疑う人はいないみたいね。
何故魔力を取り入れたかと思ったかというと、恵里佳に母乳を与えたあと、魔力の枯渇を示すような眩暈を起こす感覚があったからだと思うわ。
暫くすると志津恵の一番の悩みだった、魔力総量の低さが徐々に解消されていたことに気付いたのね。
もしかしたら、恵里佳のおかげで志津恵の魔力が増えてきているのかもしれない、と思ったみたい。
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志津恵は探索者協会に相談して、少し離れたの国へと移住することに決めたの。
探索者になって日は浅かったのだけれど、志津恵は協会にとってなくてはならない存在になりつつあったようね。
『ハーブマスター』の異名を持つ志津恵は、他の探索者と比べると薬の素材採取の依頼達成率が非常に高かったわ。
そのせいで移住に関して、親身に相談に乗ってもらえたのね。
志津恵を捨てたあの国では彼女にとって嫌な思い出しかないのと、同じ『深き森』が見える国の近くで、争いの少ない国に行きたいという希望があったのでしょう。
探索者協会で紹介された国は、自分から争い事を起こすような国ではないと彼女は知っていたわ。
探索者協会は国に属してはいない独立した機関だったようで、他国へ移っても成績は残るみたい。
探索者でいたためこの国に来てからも、志津恵の仕事を続けることができたわ。
この国に決めた一番の要因は、ハーフエルフに対して酷い扱いをしないことだったわ。
そうして志津恵はなんとかここで恵里佳を育てることができたの。
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恵里佳は今年の秋から、王立の初等学舎へ通うことになっているわ。
王立の学舎は春と秋の二回の入学の時期があるらしいのね。
恵里佳は春にやっと五歳になったの。
学舎の入学資格は五歳からだったみたいで、秋からやっと行けるようになるのね。
この国の学舎は、学業を望むもの全てに門戸を開放しているの。
多少の学費は必要だったけど、志津恵の今の稼ぎなら余裕があったのでしょう。
商家の子供や、貴族の子女も通うと言われているらしいけど、家柄による差別は全くないという話ね。
その辺は志津恵があらかじめ調べておいたから間違いはないのでしょうね。
恵里佳の父はエルフで、不幸にも戦争に巻き込まれて亡くなってしまったということになっているわ。
そのため、志津恵が人間でもハーフエルフが娘がいることに違和感は全くなかったの。
おまけに志津恵は名の通った探索者でもあったわ。
今、この国の探索者協会から志津恵がいなくなってしまうと困ることから、探索者協会長が後ろ盾にまでなってくれていたりするのね。
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包丁の音と、漂ってくるいい香りで恵里佳は目を覚ましたわ。
「……ん? あ、ママ。おはよ」
恵里佳はベッドの上で身体を起こして志津恵の背中を見てるわね。
恵里佳の声に気付いた志津恵は後ろを振り向いて、ぽわーっとした可愛らしい恵里佳に優しい笑顔を向けて朝のご挨拶。
「おはよう、恵里佳。ほら、顔を洗ってらっしゃい。もうすぐ朝ごはんができるわよ」
「はぁい。あのね、ママ」
「なぁに?」
恵里佳は志津恵を見て、にまっと笑ったわ。
「だいすきっ」
「はいはい。ママも恵里佳が大好きよ」
「えへへへ」
いつもの朝の始まりね。
「ママいってらっしゃい」
「恵里佳、いい子で留守番してるのよ?」
「だいじょうぶ、あたしはこどもじゃないんだから」
「あらそぉ? なら、行ってくるわね」
「はぁい、いってらっしゃーい」
恵里佳は最近ボキャブラリー(というのね、勉強になるわ)も増えてきて、ちょっと生意気になってきたみたい。
二階にある部屋から身体を乗り出して、ブンブンと笑顔で手を振っているわ。
志津恵が『今日も頑張ろう』と思いたくなるいつもの瞬間ね。
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「ただいま恵里佳」
「おかえり、ママっ。おなかすいたーっ」
昼になって、志津恵が仕事から戻ってきたわ。
恵里佳は志津恵と一緒に昼食を摂ることにしてるのね。
片付けが終わればいつものように志津恵の後ろにくっついて、一緒に買い物へ行くのが楽しみみたい。
昼食の片付けが終って、買い物に出る時間になったわ。
今、季節は夏。
この国は比較的標高が高くて、夏場でもそれ程暑くはないみたい。
私が暑さを感じるわけではないのだけれど、志津恵がそう言っていたのを憶えてる。
恵里佳はお気に入りの靴を穿いて、可愛らしいノースリーブのワンピースを着ているわ。
実はこのワンピースは志津恵のお手製なのよね。
詳しくは後々話すけれど、彼女は元々手先が器用だったこともあって、思いのほか時間をかけずに作り上げてしまうみたい。
恵里佳は志津恵の左手を握って、お手繋いでお買い物。
いつものこととはいえ、恵里佳はご機嫌だったわね。
それは何故かというとね。
「シヅエさん、いつもお世話になってます」
「こんにちは、シヅエさん」
「シヅエさん、今日はこんなのが入ってますよ」
そう、志津恵と買い物に出ると、道行く人が志津恵に声をかけてくるのよ。
恵里佳から見たら『あたしのママはにんきもの』。
志津恵は皆から挨拶され、感謝されている恵里佳の自慢のママに見えたのね。
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志津恵は恵里佳が歩けるようになったころ、おもちゃをあげたいと思っていたの。
でもね、この世界には玩具という概念が薄いのか、どの店を探しても見当たらなかったわ。
志津恵は毎日の採取が忙しくて、自分が魔法を使えるということをすっかり忘れていたの。
ただ、粘土などで何かを作ってあげたとしても、それが果たして衛生的なのか疑問に思ってしまったわ。
そこで思いついたのはちょっと無理目な木の加工だったの。
『地魔法だから土から出てたものならなんとかなるんじゃない?』という簡単な気持ちで、拾ってきた比較的綺麗目な木切れを両手で触ると『えいやっ』と魔力を込めたの。
イメージしたのは『可愛らしいひよこ』だったわ。
彼女の手の中で、木切れがぐにゃりと歪できたわ。
それで、あっという間にそれっぽい形になっていったの。
『もうちょっとこうだったかしら?』と試行錯誤しながら、ある程度の形ができたわ。
表面を滑らかに、怪我をしないようにすべすべの状態にしたら、台所で洗って乾くようにまた念じたの。
すると、志津恵の来た世界で、湯船で浮かべて遊ぶようなひよこのおもちゃができ上がってしまったわ。
一番驚いたのは志津恵本人ね。
作り上げてから驚くのは志津恵らしいのだけれど。
私もびっくりしたわ。
こんな魔法見たことがなかったもの。
志津恵が壁の修復作業をしているときは、少し直すと魔力が切れたようなとてつもない疲労感が襲ってきたのだけれど、今はなんともないみたい。
志津恵は元々、あまり細かいことを気にしない性格だったようね。
そんなことより、おもちゃができたことの方が嬉しかったのね。
恵里佳にひよこのおもちゃを与えると、やはり口に咥えてしまったの。
でも、綺麗にしてあるはずだから衛生的には大丈夫でしょう。
何より、喜んでヒヨコを齧りながら戯れている恵里佳の姿がすごく嬉しかったみたい。
そのうち恵里佳が言葉を話すようになって、最初の『ママ』を聞いたときには志津恵は嬉しそうに泣いてたわ。
日に日に話す言葉が増えていって、四歳になる前には意思の疎通が容易くなるほどだったの。
恵里佳はとても頭が良い娘なのね。