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プロローグ ~出会い~

 この世界にはね、私たちのような幼微精霊と呼ばれる、生まれたばかりの丸くて小さな精霊がいるのです。

 私たちは数百年から数千年のときを経て、実体を持つ精霊へと育っていくのです。


 この世界の人の中には勘の良い人がいるみたいね。

 その人たちから見たら、まるで光虫(蛍のようなもの)が舞うようにその光景を見ることができると言われているわ。

 見た目が似ていることもあって、普通の人が偶然私たちを見ることができても、光虫だと思う人が殆どみたいね。

 たまに追い回されることはあるのだけれど、今の私たちは実体がないから捕まることはありませんけどね。


 私たち精霊は人たちに加護を与えると言われているの。

 それはエルフなどだけではなく、人にも与えると言われているのです。

 ただ人々が思っているのとちょっと違っていて、その人やその家族を守護することになっているの。

 それは私たちが、実体を持つ精霊になるための試練のひとつ。

 私たちは知識を得ながら、人々から魔力を分けてもらいます。

 そうして育っていくのです。


 この世界ではね、神様を崇めているのではなく、身近に感じることができると言われる私たち精霊に日々感謝しながら生活する人が多いみたいね。

 私たち精霊は、精霊王様に『この人について学びながら成長しなさい』と言われる時期が来るのです。

 それまでは人々を観察して、その人たちの習慣などを学ぶように言われているの。


 私が人々を観察していると色々なことが解ってくるわ。

 平和な生活を送っている人たちの国もあれば、殺伐と、そしてドロドロとしたものが渦巻いている世界もあるわね。

 光に対して影があるように、優しさ溢れる世界にも、欲望と願望で溢れかえっている場所があったわ。

 この世界の魔王さんが悪さをしているわけではないのだけれど、人々が暮らす国と国との争いが絶えない地域もあったわ。

 そんな争いの渦中に送り込まれる人たちがいたの。


 それは『勇者』と呼ばれた人たちだったわ。

 その人たちは『勇者』にされるために、無理やり他の世界から呼び出されているみたい。

 

 私たちには解らないのだけれど、その人たちは、世界を超えることで例外なく普通では考えられないほどの、強い力を発現させると言われているわ。

 彼らの知識もこの世界にはないものが多くて、取り入れられているみたいね。

 でも、中には力が弱くて、使い捨てられられるように、追い出される人もいたの。

 その人たちは【勇者崩れ】と呼ばれていたわ。


 呼び出される人たちたちはね、元いた世界で、絶望の淵にいても、幸福に溢れている環境にいても、この世界の『呼び手』という人たちの理不尽な呼びかけに自動的に応じてしまうことになるらしいわ。

 それは私も良くないことだと思うのだけれど、私たちにはどうしようもないの。

 私たちの精霊王様は、人々の世界には干渉したがらないのね。

 私たちが人々を守護するのは、私たちを成長させるために必要な試練であって、人々を助けるためではないと教えられているの。

 それ自体はけっして『綺麗な行為』ではないことは私も知っているのです。

 それでも、私にはどうすることもできないのです。


 私たち精霊は、人々から魔力をいただいて成長していきます。

 人々の食事にあたるものが魔力なのです。

 人々の魔力の質っていうのかしら、好みの性質の魔力ってあるのよね。

 良い匂いがするような、そんな感じかしら。


 ある日ね、そんな良い匂いを見つけたの。

 その匂いににふらふらと誘われるように進んでいくとね、ある女性がいたわ。

 そしてこの女性もこの世界に無理やり呼び出された人だったの。

 この女性は争いには不向きな能力に目覚めてしまったらしいのね。

 呼び出した国に使い捨てられて、今は探索者家業をしながら細々と生活していたわ。


 彼女の名前は香月志津恵こうづきしづえ

 彼女はこの世界に呼ばれる前は、主婦だったみたいね。

 可愛そうに、呼ばれる少し前、交通事故で夫と生後半年の娘を亡くしていたみたい。

 部屋の中へ引きこもって、今後どうしたらいいのか悩んでいた最中のできごとだったらしいわ。

 彼女が呼び出されたのは、ライルヘンジという王国の召喚の間だったの。

 彼女は悲しみから眠れなくなって、薬を飲んでやっと眠れたあと、目を覚ましたらそこにいたみたいね。

 何故そんなことが解かるか不思議でしょうけど、私たちは魔力を分けていただいた人の過去をちょっとだけ共有することができるの。

 ちょっとだけだったのよ、あまりにもいい匂いで、つい彼女から漏れ出した魔力を味見したのね。

 そのときに、悲しい感情が流れ込んできたの。

 それで彼女の過去を見てしまったの。

 

 彼女は最初のうち、『勇者様』と変にもてはやされていたわ。

 でも、数日経って、やっと目覚めた能力を申告したら外壁の修繕係に配属されてしまったわ。

 彼女に目覚めた能力は『地魔法』だったみたい。

 彼女は配属された部署にいくと、もちろん最初は歓迎されたみたい。

 『勇者様、こちらの補修をお願いします』と、壊れた防壁を修繕する日々が続いてたわ。

 最初は魔法の使い方も解らず、ただがむしゃらに働いたみたいね。

 彼女は忙しい中に身を置くことで、少しでも亡くなった夫と娘のことを忘れようとしてたのね。


 ある日作業が終わって、彼女の同僚のささやいていた『シヅエは【勇者崩れ】だから』という言葉に驚いていたわ。

 その数日後、新しい勇者が現れたという話が王城で噂されたみたいね。

 そしてその日彼女は、僅かな給金を渡されて、仕事と居場所を同時に失ってしまったの。


 彼女の魔力をたまに分けてもらっていたので、勇者には共通の能力『言語理解』と『鑑定』があることを知ったわ。

 特に『鑑定』という能力は便利だったみたいね。

 その能力のおかげで彼女は、探索者としてなんとか生きていくことができたの。


 探索者はね、その名の通り、この国の外にある『深き森』と言う名前の場所を探索する人たちのことみたいね。

 そこはこの国の人たちがフィールドダンジョンと呼んでいる危険なところ。

 『深き森』はね、奥に行くにしたがって、強力な魔獣が出ると噂される場所だわ。

 あまり深い場所に行かなければ危険でないことから、薬などの素材を取りに行く場所でもあったみたいね。

 普通の森と違って、フィールドダンジョンと言われる理由のひとつは、踏み込んだときの場所は常に違う場所だということ。

 ある一定の距離を進んでいくと、景色ががらっと変わってしまうみたい。

 距離さえ間違わなければ、安全に戻れるのだけれど、森の主のいる深淵まで行ってしまうと帰ってこれないかもしれないと言われているわ。

 私たちの精霊王様も、その『深き森』の奥にある精霊の国にいるのよ。

 私もそこから来たのね。

 私たちは実体がないから、そこにいる魔獣を刺激しなければ追いかけられることはないわ。


 彼女たちはそこで採れた素材などを持ち帰って、協会に売って金銭を得ることで生計を立てているのね。

 それは志津恵たち【勇者崩れ】と呼ばれた人たちができる数少ない職業だったみたい。

 彼女に優しくしてくれた女性の衛兵から話を聞いて、志津恵は探索者になることを決めたみたいね。


 志津恵が探索者協会で身分証の代わりとして登録証を発行するとき、得意分野や使える魔法を申告することになったわ。

 でも、『地魔法』と言うと『あぁ、そうなんですね』という残念な返答が返ってきて、志津恵は苦笑いしてたみたいね。

 この国で志津恵のような『地魔法使い』と呼ばれる人たちは、魔法使いとしてはあまり有難がられないようですね。

 とにかく手持ちのお金があるうちはいいけれど、この先も食べていかなければならないわ。

 だから志津恵は思ったの。

 この世界で生きていかなくてはいけない。

 この世界の知識が欲しい。

 ハズレと思われてちょっと癪にさわったみたいね。

 志津恵は『地魔法』をうまく活用できる方法などを、書物を漁って模索する日々が続いていたわ。

 日々の糧は魔の森まで足を延ばし、薬にできる素材を採取してくる依頼を受けてなんとか生活できていたわね。


 『鑑定』の能力は彼女の仕事には便利だったの。

 足元をちょっと調べただけで、手に取るように解るそうだわ。

 そのため、採取系の依頼は簡単にこなすことができたのね。

 志津恵はお金を貯めて部屋を借りて、週に一日は休んで国立図書館で書物を読む生活を続けていたの。


 ▼▽


 志津恵がこの世界で生きていくために知識を得ようと思って、国立図書館で文献を漁っているとき、あの気になる言葉が出てきたわ。

 それは【勇者崩れ】について纏められた本。

 それによると、まず魔法についてが書かれていたの。

 勇者の授かる魔法は大まかに分けて四種類。

 光・火・水・地の各属性があるらしいわ。

 光属性は勇者に発現する一番多い属性。

 雷雲を操り、広範囲に攻撃を与えることができると書いてあったの。

 次に火属性。

 文字の通り火炎を操り、熟練すると逆属性の氷も操るものが過去にいたらしいわね。

 次に水属性。

 水の属性は癒しの力を持ち、戦を支えることができるらしいわ。

 最後に、地属性。

 農耕や建築に役立つと書いてある以外何も記述がなかったみたい。

 要は戦には不向きな属性だということなのでしょう。

 本来、勇者という存在は一騎当千のものらしいけれど、発現する属性によっては次の勇者の召喚を急ぐ場合があるということが書いてあったわ。

 火や水の属性では、魔力の総量が低い場合は使い処が難しいらしくて。

 疲弊した段階で前線から外されてしまい、復帰が遅くなれば最悪居場所を失うこともあったらしいの。

 その人たちを【勇者崩れ】と呼んだそうだわ。

 基本的に勇者は争いのために召喚されるものらしいわね。

 使い道がなければ、次の勇者に頼るのが当たり前だったと書いてあったわ。

 そういう意味では、志津恵は国から見たら残しておく必要がなかったというわけなのね。

 【勇者崩れ】と言われて蔑まれるのは必然だったのでしょう。

 この国はそういう冷たい国だったの。


 志津恵は悔しかったみたいだけれど、争い事が嫌いだったからよかったのかもしれないわね。

 とにかく今は、この世界の知識と『地魔法』の使い道を模索するのが最優先ね。

 志津恵がいた『日本』というところにはなかった魔法というもの。

 戦に使えないというだけで、捨て置かれる『地魔法』がなぜか可哀相に思えて仕方がなかったのね。

 だから志津恵は、可能な限り文献などの書物を読み漁ることにしたわ。 


 ▼▽


 そんな生活を半年ほど続けたある日だったわ。

 志津恵が素材の採取しているときに、ついいつもは行かない深さまで足を踏み入れてしまったの。

 急に辺りが薄暗くなり、志津恵に不安な感じが襲ってきたわ。

 でも、獣などの気配は感じられなかったみたい。

 それどころか、普段採取できないような珍しい素材が見つけたのね。

 志津恵は夢中で採取を続けていたわ。


 すると、ふと顔を上げたその先にぽうっと光る小さな何かがくるくると旋回してが見えたのね。

 もちろんその正体は私。

 志津恵を見ていたとき、精霊王様の声がして『その先にいる生まれたばかりの娘を守護しなさい』と言われたの。

 私は慌てて辺りを探したわ。

 そこには小さな篭があったのね。

 中を見るとね、可愛らしい赤ちゃんがいるのが解ったわ。

 この子ですか?

 そう精霊王様に尋ねたの。

 『そう、その娘です。あなたはその娘の生涯を見守るのが試練なのです』そう言われたのね。

 でもこんな生まれたばかりの赤ちゃんを守護しろと言われても困ったわ。

 そんなとき、私にある考えが浮かんだのね。

 志津恵に会わせよう。

 そう思ったの。


 私は志津恵が気付いてくれるように身体を少しでも明るく見せようとしてから、その子の周りをくるくる飛び回ったの。

 お願い気付いて。

 採取している手を止めてわたしの方を見てくれたわ。

 よかった、志津恵は私を見ることができたみたい。

 志津恵は恐る恐る近づいてきたわ。

 やっと草木で編み込まれた篭のようなものが見つけたの。

 私はその篭の上でくるくると『ここだよ』と言わんばかりに激しく旋回したわ。

 志津恵が見たその篭には、生後間もないと思える赤ちゃんの姿。

 周りに人の気配はなく、置き去りにされてしまったとしか思えない状況ね。

 私もそう思ったの。

 志津恵は『きっとこの光が赤ちゃんを守っていたのでしょう』そう思ってくれたみたい。

 志津恵は赤ちゃんに『鑑定』を使ってみたの。

 すると種族の場所にハーフエルフとあったみたいね。

 志津恵は何かの書物で『エルフの間では他種族と交わることを禁忌とされている節があり、他種族との間に生まれたハーフエルフは国によっては奴隷同然とされることがある。ときには様々な要因から育てることを諦めてしまい、生まれてすぐに置き去りにされてしまうこともある』。

 そう書いてあったのを思い出したみたい。

 年齢のところにはやはり生後二週間、性別は女の子。

 志津恵は胸が痛んだわ。

 そして自分が『母親』であったことを思い出してしまったのね。

 志津恵は何も考えずに連れて帰ってくれたわ。

 志津恵はこの子を育てようと思ってくれたみたい。

 天の巡り合わせかもしれないとも思ったのね。

 よく見ると、亡くなった娘に似ている感じがしたのね。

 この子がいればこの先頑張って生きていけるかもしれない。

 志津恵の胸に少しだけ希望が生まれた瞬間だったわ。

 私も嬉しかったのを憶えいるの。


 ▼▽


 志津恵は部屋に連れて帰ると、篭からそっと赤ちゃんを抱き上げたの。

 そして自分の胸に抱いたわ。

 志津恵の魔力をちょこちょこ分けてもらっていたせいかしら。

 なんとなく彼女の気持ちが私にも解る気がするのね。

 不思議なことに志津恵は、自分の胸が張ってくるのに気付いたみたい。

 彼女に内包された魔力からか、それとも『母親』であることを身体が思い出してしまったのかしら。

 志津恵はこの娘に、亡くなった娘の名前と同じ『恵里佳』と名付けようと思ったわ。

 自分の胸を少し揉んで、染み出た母乳を恵里佳軽く開いたの口から覗く舌に塗ってあげてた。

 恵里佳の口を自分の胸に誘導して、じっと待ってみたのね。

 すると恵里佳はまだ見えていないはずの目を開いて、夢中で母乳を吸い始めたの。

 志津恵は頭から足のつま先まで、じわっと得も言われぬ幸福感を感じたみたい。

 私にもその感情が流れてきたような気がしたの。

 嬉しかったわ。

 一生懸命生きようとしている恵里佳の姿を見ると、自然と涙が溢れてきたのね。

 まだ言葉を話さない恵里佳に背中を押されている感じがしたのでしょう。

 志津恵は『よかった』と、自然と口ずさんでいたわ。

 そのとき私は、二人の周りをくるくると、二人を祝福するかのように回り続けたわ。


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