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第捌話 見た目は子ども!頭脳は大人!その名は!!

今回はわりと短いです。

「はい、それでは」

「祝。新入社員の皆様をお祝い申し上げましてー」

「第二百十三回チキチキ歓迎会を始めます!!」

「いえーーーーー!!」

 乍原がどこから這い上がってきたのかは分からないが、とりあえず目に見える範囲で床に垂らしてきたシロップを拭き終えて談話室に戻ってくると、今度は部屋にあった椅子やら机やらが綺麗に片付けられ、代わりに中央に液晶テレビがどんと置かれていた。

 何だコレ。今度は何だ。何が始まろうとしているんだ。歓迎会っていっても、僕と乍原しか居ないんだけど。

「えーと。たしか、イトウくんと」

「サハラですね」

「そのご両名は、どうぞテレビの前の椅子にご着席ぃ!!」

「なお、ご着席いただけない場合は、……天井をご覧ください」

「なんと、なんとぉー?」

「大きくてぶっとい棘が迫ってきてサンドイッチにしますので、ご了承願いますねぇ」

「やったー! サンドイッチー!!」

 液晶テレビの中の二人は無邪気な子どもの様に喜び、ミュートにしてみればさぞかし微笑ましい光景だったに違いない。音声をつけた途端に聞こえてくる悪魔染みた会話に、僕は背筋がぞっとすること請け合いだが。

 あぁ、もう。聞こえているかは分からないが、この際だ。

「まてまてまて、こんな赤いサンドイッチなんて誰も食べたがらねぇよ?!」

「でもナチュラルにケチャップみたいなもんはつくよなー」

「誰が上手いこと言えと?! お前はもうちょっと危機意識を持て!!」

「でも多分オレを食ったら腹を壊すと思うんだけどなぁ」

「……まぁ、たしかに」

「なー?」

「……あぁ、もう! 座ればいいんだろ、座れば!!」

 ままならぬ会話にさらに苛立ち、大股で近くにあった椅子に腰かける。わざと音を立てて座ってみせれば、乍原も面白そうに「ひゃっほう」と奇声を上げながら椅子に座った。

 「何がはじまんのかな、なぁなぁ、亥唐ー!」と緊張感の欠片も無い調子で話しかけてくる乍原を無視してテレビ画面を凝視すると、「それじゃあ始めるよー」という社長の間延びした声と、「そこから一時間は堪えてくださいね」という謎の伝言を残した瞬間。ざあぁっと砂嵐のような音と共にテレビ画面は灰色へと急変してしまった。

 見た目は現代的なのに、中身はブラウン管のテレビと同じかよ。どうなってんだ、これ。暇そうに隣でがったがったと椅子を揺らす乍原が「なっつかしーなー」なんて馬鹿なことを言うしまつ。本当は歓迎会なんて無かったんじゃないのか。それを、何か意味ありげな配置にしてまたあの社長が楽しんでるだけじゃないか。くそ。やっぱり帰れば良かった。

「あーあ、こんなことなら……っ?!」

 テレビの向こう側にも聞こえるようにわざと大声でぼやこうとする。不意に、一瞬の出来事にぎくりとしてしまった。落ちたのだ。照明が。

 天井から照らしていたLED照明はもちろん、部屋の隅にあった間接照明まで、まるで何かが蝋燭を吹き消すかのように、突然に、ふっと。

「……え」

 辺りは真っ暗だ。急に訪れた変化に、隣にいたであろう乍原も戸惑いの声を隠しきれないでいる。「な、何だよ。なに、何が」と終始同じことを呟いては、声を震わせていた。しかし、それも次第に小さくなり、ついにはあの乍原も黙り込んでしまう。普段あれだけ騒いでいる奴が急に静かになると、何だかそれだけで恐ろしくなった。

 ごくり。生唾を飲み込む。じっとしていると、耳が痛いほどの静寂の中で、僅かに人の声のようなものが聞こえてきた。あぁ、そうか。きっとこれは予定外の出来事だったんだろうな。恐らく部屋のブレーカーが落ちたとか、おおかたそんなところだろう。それで、部屋の外であのアルバイトさんや、社長さんたちが来てくれたのかもしれない。

 一寸先も闇の世界では、この思考は僕の最後の砦とも言うべきものだった。だって、そう考えなくちゃおかしい。


「……っ!!」


 ここには僕と乍原だけなのに、なんで人の声がするんだ。

 なんで、僕の耳元で誰かの吐息がするんだ。

 どうして、僕の足を誰かが冷たい手で撫でてるんだ。



「……ぁ」


 乍原、と呼ぼうとして声が掠れる。ざわざわと胸の奥が騒ぎ、両耳の神経が鋭敏になったかのように拾いたくもない音を拾い集めていく。談笑する声。世間話をする声。がしゃんとグラスが割れるような音。喧騒。哄笑こうしょう嘲笑ちょうしょう

 すべてが、僕の知らない声だった。


「……あ、ぁ」


 ぞくぞくと背筋が凍り、両手で耳を塞ぐも頭の中に入り込んでくる。こちらの足掻きなど無駄だと言わんばかりに笑い声が鼓膜を震わせ、頭の中をぐるぐると駆け巡る。きゃらきゃらと艶やかな女性の声。重低音だが趣のある男性の声。たまに子どものはしゃいで騒ぐ声。まるで一昔前の社交界に僕が紛れ込んでしまったかのようだ。

 かたかたと震える両足を、ドライアイスのように冷えた手がするすると撫で回し、徐々に、徐々に上がってくる。ともすれば、この手の持ち主が生きている女性のものであれば甘美なものであっただろう。だが、この手の温度は間違いなく生きているものではない。

 これは、乍原の手と同じ。死んでいる、手。



「あ、あぁあ……あぁあ」



 優しく撫でる手。ざわざわと大きくなる談笑。早鐘を打つ心臓。額の汗。からからに渇いていく僕の喉。眼を開けることさえも怖くなり、ぎゅうと固くつむる。

 イメージだが、僕の中で糸がきりきりと張り詰めていき、こよりのように細くなっていく。冷や汗が頬を伝い、膝の上に置いてある手の甲に、落ちる。その拍子に、僕の中で恐怖が首をもたげた。逃げたい。早くここから、逃げ出したい。一刻も早く。早く。

 早く。早く。早く、早く。早く早く早く。



 すると、一本の細くて冷えた指が、僕の顎をなぞり上げる。



「……っ、ぅあぁあああぁあああっ!!」



 一気に加速する恐怖。そのとき、暗闇から声がした。



「犯人は……貴方だ!!」



 どこかの子ども名探偵に、そっくりだった。






◇◇◇



 ぱっと部屋の照明が灯り、ぎい、と部屋の扉が開いていく。顔も上げずにいると、二人分の足音が僕の方へと近づいてきた。ぼんやりと眼を向けると、数分前まで嫌というほど見ていた社長と阿伽奇さんだ。

 二人ともにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら僕と放心状態の乍原を見比べ、意味ありげなウィンクなど投げてきやがったのだ。

「どうでした? 我が館限定の歓迎会」

「ねぇねぇ、怖かった? 怖かった?」

 ぱっと無邪気な笑みを浮かべる幼女と、得意げに腕を前で組んで見下ろす女。もはや僕は何と言ってよいやら分からずに、気の抜けた声しか出せなくなってしまっていた。

「あのね、ここね、昔から出るって噂なんだけど、見たことないの!」

「ノブ様は下賤な人間とは違いますので、恐らくノブ様の存在が空気を清浄化しているのだと思われますわ」

「えぇー。そんなのぜんぜん面白くなーい!!」

「ノブ様は歩く聖女にございますから、当然のことでしょうね」

「ねぇねぇ、イトウ。どうだった? どうだったー?!」

「海二さん。嘘偽りなくお話するように」

「ノブね、ノブね。人を怖がらせるの、だーい好きぃ!!」


 なんというSっ気幼女だろうか。

なんというナチュラル女王様だろうか。


 ふざけんな。何でそんな部屋に置き去りにしたんだ。ていうかやっぱ除霊ってそういう霊のことかよ。いや待てさっきの会話からしたら僕が除霊しなくてもいいんじゃないか。インチキ。インチキめ。ちくしょう。悔しい。悔しいぞ。僕はただこのお嬢様を喜ばせるためだけに連れてこられただけじゃないのか。ふざけんな。ふざけんなよ。

 あれ。でも乍原は何で呼ばれたんだ。乍原も阿伽奇さんの目に留まったのかな。あれ。何でだろ。分からん。分からんけど、まぁいいや。

 安心した途端にどっと不満や不平の数々は溢れてくるが、肝心の声が出ないでいる。そうして、一気に全身の力が抜けてぼうっと二人を眺めると、僕はぺろりと舌を舐めた。

 そして、どうにか吐きだした言葉は。


「……この中に一人、コ〇ンがいる」



 視界の片隅では、乍原が椅子の背に前かがみになったまま頷いたのが見えた。

 やっぱり、乍原にも視える奴はいたんだなぁ。


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