第漆話 最初で最後のインパクト面接を、始めます
暑い日がちらちらと続くようになり、かき氷が恋しい季節となりつつあります。
作中で不穏な空気が立ち込めるかと思いますが。
安心してください、ギャグですよ。
「さーぁ、面接はっじめっるよー!!」
福本 董雪。ずりずりと斧を引き摺りながら自らを社長と豪語する幼女はそう名乗り、呆気にとられる僕らに背を向けて二階の談話室へと足を運んだ。談話室の扉を開くと、よくドラマで見るような金持ちの家に必ずある鹿の剥製やら見ただけで座り心地が想像できるふっかふかなソファだとか、お高そうな調度品がいくつか並んだ戸棚やらがあり、上品なドレスを纏ったメイドさんも扉付近で深々と頭を下げてお出迎えをしてくれた。
すっと上げた顔は、やっぱり阿伽奇さんだ。
「アカキ。準備はできてるー?」
「ヘイばっちかもん、でございます」
「古くない? ねぇそれ古くない? 大丈夫? 若い人分かる?」
「なぁなぁ、亥唐! あっちにフルーツ置いてる!!」
「あっ、こら、勝手に……」
あまりにも金持ちな部屋で入ることに躊躇っていると、乍原は臆することなくずんずんと部屋へと入り、中央にあるお高そうなテーブルに置かれたウェルカムフルーツへと手を伸ばす。すると、どこからか火薬の臭いがつんと鼻を衝いた。
「……えっ?」
がちゃん、と音がして思わず音の発生源へと振り返る。見ると、阿伽奇さんがこれまた懐かしい壁に備え付け型の赤いレバーを下へと下ろしていた。途端にごごごっと少し揺れたかと思うと、背後でぱかんと何かが開く音と、乍原の「ぬぅぁあぁあぁあ」という間抜けな悲鳴が聞こえてきた。
「な、んっ?! なにごと?!」
「面接試験に相応しい行動をとらなかったので、ボッシュートです」
「たらったらっちゃーん」
「えっ、ちょ、床に隠し穴とかあんの、この館?!」
「ただのホラゲじゃつまんないから、忍者屋敷みたいにもしてみた!」
「……せめて世界観を一つに統一しろ!!」
つっこみたいことはいろいろあるが、そのぐらいしか言葉に出せない僕はチキンです。だって、きゃっきゃっと腰まで長い黒髪を弾ませて楽しそうにジャンプする幼女は、紛れもなく年相応だが、ジャンプする度に斧をごとんごとんと揺らす幼女なんてホラーだもん。後ろに控えている阿伽奇さんも笑ってるけど目が笑ってないし。そりゃツッコミも抑え気味になるでしょ。
あれ。ちょっと待って。間違えて乍原がこの底が見えない床穴に落ちたってことは。
「ちょっと待て。それじゃあ……僕も間違えたら」
「ボッシュート、でございます」
「戻ってくるのに時間がかかると思うから、君はこっちに来てねー」
マジでか。これ、戻って来れる深さなのか。どう見ても奈落の底にしか見えない。
「ちょっ、あの、ごめ、ごめんなさい、あの、辞退しま」
「じゃかじゃかじゃん。恐怖、戦慄のクイズぅう!!」
「聞いて! お願い! 一生のお願い!!」
阿伽奇さんは華奢な体躯からはとても想像がつかないような怪力を発揮し、必死の抵抗をする僕を羽交い絞めにする。投げ出した足の踵がどこかに引っかからないかと期待したが、つるつるの床では何の意味も無かった。せめて、どこかに指を引っ掛けて抵抗しようとするも、幼女が指を一本ずつ剥がしにかかり、泣きそうになった。
連れてこられたのはクイズ番組で見るような簡素な机に、一個の赤いボタン。背後に置かれた点滅式のパネルはご丁寧にクエスチョンマークにLEDライトが埋め込まれている。
「この漢字、なんて読む?」
「へっ?!」
ダンボールで作ったであろうマイクで楽しそうに僕を見る社長と、「鋸」と書かれたパネルを掲げる阿伽奇さん。すっかり面食らって黙っていると、社長が拗ねたように口を尖らせ「はやくぅ」と謎のボタンを取り出す。
「えっ、あ、の、のこぎり……?」
「せーかぁい!!」
「このぐらい分からなければ人間ではありません。家畜同様に扱います」
「えぇー、でもノブ最初は分かんなかったよぅ」
「ノブ様は下賤な人間とは格が違いますので問題ございません」
「おい待てそれ贔屓じゃねぇか!!」
「じゃあ、第二問!!」
「おい!!」
良かった。いろいろ心配だったけど、案外これまともな試験みたいだ。筆記じゃないだけで内容は筆記試験と似たようなものらしい。これならまだ僕にも勝機はある。
絶対に、ここから生きて帰るぞ。
「これ、なーんだ?」
社長の合図とともに阿伽奇さんが「惨殺」と書かれたパネルを掲げる。
「ざ、ざんさつ……?」
「はい、せーかい!」
「……ねぇ、海二さん。朝のニュース、覚えてる?」
思いがけず不穏な単語が飛び出し、疑問形になってしまう。
「いっ、いきなり何だよ。お……覚えてる、けど?」
「……そう」
「なっ、なんだよ?!」
阿伽奇さんの言いたいことがよく分からず、小首を傾げてしまう。鋸。惨殺。この二つの単語から連想されるのは、今朝方見たニュースの押し入り強盗の凶器と方法だった。たしか、昨夜建設現場で働いていた男が、幸せな家庭に突発的に押し入って四人家族を惨殺したって。
まさか、な。
「続いて第三問ー!」
「これ、なんて読む?」
「え? えーと」
今回に限って掲示されたパネルには、長い文章が綴られていた。僕は促されるまま音読する。
「わたくしはこのけんにかんし、いっさいのたごんをいたしません……?」
「はい、せーかい」
「凄いですわね。この家畜」
「家畜いうな! というか、これ本当に問題なのか?!」
「さぁ……ご推察にお任せ致しますわね」
私はこの件に関し、一切の他言を致しません。何だコレ。誓約文書が読めるかのテストか。それにしても、何でここだけ抜粋したんだ。のこぎり。惨殺。一切の他言をいたしません。
そう言えば、この館ってアルバイトさんからの話によるとその殺人現場からそう離れた場所では無いらしいな。お昼休みで支給されるという焼肉弁当を食いながら、生焼けだったのか口から赤い肉汁を溢してたけど。
まさか、その殺された家族の肉だったりして、とか思ってみたり。
「……」
ちらりと横目で幼女が握る斧を見る。凝った性分なのか柄の部分には赤い液体が付着し、びっしりと鮫の牙のように細かな刃先の隙間にはところどころ赤黒い塊がこびり付いている。おまけに、素人目でも分かるほど、雑に拭ったであろう痕が残っていた。
ごくり、と唾を飲み込む。アルバイトさんの話によれば、殺人現場までは数分程で着くらしい。建設現場から歩いて数分行けばこの館、そこからまた数分かけて歩けば殺人現場に。今朝見たニュースでは、犯人の男は家族を殺害してからまた建設現場へ戻って仕事をしていたらしい。翌朝になって犯人が自首し、逮捕した後に発狂死したらしいが。
もしかして、犯人は建設現場から殺害現場へ向かう時にこの館の前を通ったのだろうか。
「第四問」
先程までとはうってかわって静かに声を発する幼女に、びくりと体が震える。
「今朝のニュースで取り上げられていた男は、誰に似ていると思う?」
温もりを失った声音につられて記憶の糸を辿り、あっと声を上げてしまう。
そうだ、あの男の顔は。
「……さ」
喉がひりついて声が掠れてしまう。
あの時は他人の空似ぐらいにしか思っていなかったが。まさか。
「……乍原」
「はぁい、せぇかい」
妙に粘り気のある声で正解を告げられる。今日で何回目になるか分からない冷や汗が背筋をつうと流れ落ちていく。すでに喉はからからだ。唇を舐めて湿り気を取り戻させる。
「じゃあ……最後の問題」
まるで氷柱のような声に、僕はぎゅうと眼を固く瞑って現実から逃げようとする。
すると、部屋の出入り口からどんどんと騒々しく扉が叩かれ、「おーい、いとー。さっきの滑り台になっててさ、地下水ででっけぇプールになってたぞー!!」なんて間抜けなあいつの声が聞こえた。
まさか、あれが。
「さっきまで過ごしていたあの子は、だぁれ?」
背後から思い切り冷水をぶちまけられたような気がした。
もしも、乍原が僕の知らない所で工事現場で働いていたなら。
もしも、魔が差しただとかの理由で鋸を手にしていたなら。
もしも、僕が寝ている間に抜け出して今朝方に警察内で死んでいたなら。
「いーとーおー! ずぶ濡れでさっみぃから、早く開けてくれよぉ!」
ふらふらと回答席から音のする扉へと震える足で向かう。虚ろな瞳で扉へ吸い寄せられる僕を、社長も阿伽奇さんも、止めようとはしなかった。二人は、あらかじめ真実を知っていたのだろうか。どこまで、何を。いや、それは最早どうでも良い。
乍原に、会って話を聞かなくては。あいつの言葉を、聞かなくては。
かたかたとドアノブを握る手が震えて音を立てる。未だけたたましく叩かれる扉。それはまるで、真実から目を逸らそうとする僕を急かすような音だった。
覚悟を決めて、一気に開ける。ばん、と音とともに僕の眼に飛び込んできたものは。
「じゃじゃーん。かき氷のイチゴシロップー!!」
全身を真っ赤に濡らした間抜けだった。
「ぎゃあああぁあああっああぁあああああ!!」
「うぎゃああああぁぅぁあああっああああ!!」
恐怖のあまり殴り飛ばしてしまった僕と、綺麗にストレートを決められた乍原。
殴り飛ばした際に、ふわりとかき氷のシロップの甘い匂いが鼻を衝いた。
別に。良かったなんて思ってないし。ちょっと怖かったなんて、口が裂けても言うもんか。
ギャグについて勉強しながら書いていますので、また日が空いての更新となります。