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第陸話 面接で第一印象は二秒で決まるらしい

作者はバイオハザード、ドラクエ、スーパーマリオ、ゼルダの伝説や、ゆめにっきをプレイしたことがあります。怪盗ゾロリの知名度は如何ほどのものなのか。

「相変わらずお化け屋敷とか苦手だよなー、亥唐」

「やかましい。存在がお化けみたいな奴が出たら誰だって怖いわ」

「あちゃぱー!」

「おいやめろ、どこぞのキツネ怪盗みたいなこと言うんじゃない」

「おっ、亥唐も見てたんか!」

「姉ちゃんが見てたんだよ。僕は見てない」

 あれから社長室と思われる部屋までの道すがら何度かゾンビ役のアルバイトさんやらパートさんやらに会った。みんな無駄にクオリティの高い特殊メイクで顔面装備して近距離まで迫ってくるから、まるでミュージカルの人みたいで余計に怖かった。それでも皆が一様に楽しそうに怖い顔をするから、ここで働くことに抵抗は無いようだ。

 隣でへらへらと笑う乍原に対して皆が「さっちんの友達なら」と気前よくファブリーズ攻撃を受けてリアクションを取ってくれた。何と言うか、アルバイトというよりはボランティアに近いものを感じてしまう。

 なかには途中で入った温室に巨大なキャベツみたいな生き物がうねうねと動いていたが、乍原と握手をすると猫のようにじゃれてきて少し可愛らしいかった。それに蛇のような眼をして全身をうろこで覆われたトカゲ人間、通称ハンターさんは三度目に出会ったらもはや互いに「お疲れさまです」と挨拶までするようになっていた。

「ここ、職場として機能してるんだな」

「えっへん! 凄いだろー!!」

「何でお前がエラそうにしてんだよ」

「だってな、昨日の夜お散歩しよーと思って河原に行ったらさ」

「死者が夜に徘徊すんなよ。都市伝説になったらどうする」

「ちっこい女の子が職探し手伝ってあげるって言ってここに連れて来てくれた!」

「おい待て。知らない幼女についてったらダメって教わらなかったのか?」

「だって幼女だもん」

「このやろう」

「ぎゃっ」

 起きたときにこいつの姿が見えなかったから「やっと実家に帰ったのか」と少し安心した僕の安堵感を返せよ、この野郎。ちょっと寂しかったじゃねぇか。

 そんな意味合いを込めてファブリーズを一吹きすると、蛙の潰れたような声が隣で聞こえた。

「お前はほんと昔から誰とでも仲良くなるよなぁ」

「お菓子くれる人はみんな友達!」

「バカかよ」

「えっへん!」

「……バカかよ」

 呆れてものも言えないとは、このことか。腹いせに、もう一吹き。

「だからファブは嫌いって言ってるだろ、亥唐!!」

 耳元でキャンキャンと吠える乍原を無視して、僕は道中で手に入れた地図を片手に首を傾げた。

「さて。社長室はどこだろうな」

「いーとーおー!!」

 おかしいな。ここは元ゲームに出てくる館を模して作られていると思っていたけど、ところどころ真っ暗でだだっぴろい空間もあるし、床にクレヨンで落書きしたような痕もある。おまけに自転車が落ちていることもある。移動が便利になるかと思いきや、見つけた瞬間はしゃいだ乍原が乗って壁に激突させて壊してしまった。あぁ、もったいない。

 ましてやゾンビに対抗する手段としての銃はどこにも見当たらないどころか、衣裳部屋にあったマネキンや鉄パイプが置いてあったぞ。とりあえず手に持ってみたものの、何に使うんだ。

「なーなー、亥唐ー!」

「何だ。今度はどうした」

 今いる物置の隅でごそごそしていた乍原が、嬉しそうにこちらを見ながら宝箱を軽く蹴る。そう。お察しの通りよくある木でできた「宝箱」という感じのやつ。蹴っただけで簡単に開く甘い設定の宝箱は眩しい輝きを放ちながら開き、片手で持てるぐらいの大きさの紫の水晶体が顔を覗かせた。これも一度ゲームで見たことがある。某ゲームではお金としての価値を持つものだ。これもやっぱりクオリティが高い。

 乍原は高々とそれを掲げて謎の効果音を口で言った。

「ご、ま、だ、れー!!」

「やめろ。別の要素を増やすな」

 紫ということは、つまりは五十円か。けっこう嬉しい。

 乍原は「へそくり、へそくり」と自分の財布に水晶体を押し込もうとして、入らないのか僕の近くにあった金槌で水晶体を嬉々として砕く。がんがんと凄まじい音につられてそちらを見ると、水晶体を置いていた床にヒビまで入っていた。

 力加減も下手くそかよ。

「やったー、入ったー!」

「うんうん、良かったな」

 もはやどこからつっこめば良いのか分からなくなって、ひとまずは頭を撫でておく。子どものように無邪気にはしゃいでいる二十歳なんぞ、可愛さの欠片など一つもありゃしない。せめてまだこれが乍原の話していた幼女なら、万人受けのしそうな絵面になるのにな。そう思えば少しわびしい気持ちになってしんみりとしていると、どこからかけたたましい足音が聞こえてきた。

「ん……?」

 はて。なんだろう。雨音じゃあないな。物置部屋で見回しても怪しいものはないし、既に一階は見回ったからここで休憩してるんだけど。あ、もしかして到着が遅いから社長とやらが怒って館中を走り回っているのかな。そういや阿伽奇さんとも合流してないや。

 どすどすどす。ばきばきばき。まるで不協和音のように二つの音が近付いてくる。

「な……なぁ、乍原」

「んー?」

 どこかでばきばきと破壊音が聞こえる。まるで斧か重いものであちこちを破壊しながら徘徊しているようだ。ちなみにこの館は木造建築だから、誰かが木の板でも剥がしているのかもしれない。でも、何でだ。アルバイトさんたちはいくらゾンビの恰好をしているとはいえ、植物さんもハンターさんもそこまではしないだろう。

 じゃあ、誰が。

「阿伽奇さん、見なかったか?」

「今日はずっと見てないなー」

 ばきっ、どん。からからから。何かを引き摺る音。どちゃっと何か重いものが転がる音。自然と鉄パイプを握り締め、唯一の出入り口である扉をひたと見据える。つうっと冷や汗が背中を伝って落ちた。もしや、音の正体は阿伽奇さんか。でも、何でこんな物騒な音がするんだろうか。

「じゃ、じゃあ。……その社長さんって、会ったことある?」

「いんや。オレ初めてここに来たし、ここが会社って初めて知った」

 ずりっ、ずりっ。からからから。金属バットのようなものを引き摺る音が、近くなる。どうせまたこいつのように「ドッキリでした」って驚かせに来た阿伽奇さんか別のスタッフさんだろう。

「なーなー、亥唐、どうしたんだよー」

「しっ、……バカ。ちょっと黙ってろ」

 この物置部屋から出た正面には、二階に繋がる階段が、左に曲がれば真っ直ぐな廊下があって突き当りに扉がある。どうやら物音はその扉からこちらの部屋へやってこようとしていた。咄嗟に乍原の口を手で押さえ、物置部屋の入り口から距離をとる。

「……っ!!」

 がしゃん、と花瓶のようなものが落ちる音がする。恐らく物置部屋へ入る前に置かれていた机から花瓶が落ちたんだろう。続いて壁を何度もバットで殴る音がしだした。

 ごくりと生唾を飲み込み、じっと入り口を見つめる。と、瞬間。がちゃがちゃがちゃと激しくドアノブが動いた。

「ぎゃあぁあっ!!」

「ぅわ……びっ、くりしたぁ。亥唐、うるさいぞ」

「ふざっ、ふざっけんな、馬鹿野郎!!」

「お前って口悪いよな」

「るっせぇ、やかましいわ!!」

「うーん。語彙力ごいりょくないのが丸出しだな!」

 呪いの動画よろしく、こんな分かりやすい仕掛けにもびびってしまう自分が心底情けないが、怖いものは怖い。未だにがちゃがちゃ音を立てるドアノブから目を離せずにいると、乍原が何か思い付いたような顔つきになった。

「そうだ!」

 はっと気が付けば、乍原は僕の元から離れてドアノブにまで近づいてしまっている。何やってんだ、アイツ。まさか、開ける気じゃないだろうな。

「……おい、何やってんだよ、さはらぁ」

 恐る恐る声を掛けると、乍原はくるりと振り返った。

「いーとーお、大丈夫だって。幽霊とかいるわけないだろ」

「お前が言うと説得力が無いってまだ分かんねぇのかよ!!」

「だってオレ幽霊じゃないし。人間だし」

「あぁもう、ややこしくなるから黙ってこっち来い!」

「だーいじょうぶだって……?!」

 乍原が言いかけた瞬間。鋭い刃先がドアにめり込み、けたたましい音とともに大きな穴を開けた。

「……っ!!」

 突然の刃物来襲に声なき悲鳴を上げる。乍原も横から刃先が現れて驚いた顔をしていた。

 それ見たことか。お前だって怖くないわけがないんだろうが。どこが大丈夫なんだよ。平時ならそう言えた。平時なら。

「あぁああっ?!」

 繰り返し激しく打ち付けられる斧の襲撃に、木造の扉が耐え切れるわけもなく。痛々しい亀裂をそこかしこに生ませた扉の隙間から、黒いものが映った。僕はそれが何か分かるや否や、へなへなと床に座り込んでしまった。声を出そうにも、ぱくぱくと魚のように開閉させることしか出来ない。やっとの思いで震える指先で扉に出来た隙間を指し示すと、乍原も気が付いたようで、僕の指先へと視線を滑らせる。

 そこには。



「み゛ぃ゛つ゛け゛た゛ぁ゛」



 地の底から這うような声。長い黒髪で隠された目元では深淵のような瞳がにんまりと猫のように笑い、歪な歯並びを矯正する器具を付けた歯がぞろりと並んでいた。背後では見計らったように雷鳴がとどろき、全てのものをモノクロに映し出す。


「と゛う゛も゛ぉ゛お゛お……」


 がん、と斧が激しく扉にめり込み、見る間に木の板が外れていく。



「し゛ゃ゛ち゛ょ゛う゛の゛、ふ゛く゛も゛と゛て゛す゛ぅ゛う゛」


 ばきっと木の板が剥がれ落ち、長い髪の幼女が上目遣いでめあげる。

 ごとん、と物々しい音を立てて斧を床に落とした幼女は、再度にたりと笑って。



「よ゛ろ゛し゛く゛ね゛ぇ゛え゛……」


 その笑みはまるで悪鬼の如く。

 固まる乍原。強張る僕。笑う幼女。

 涙目になっていた僕が考えたことは、「ダミ声すげぇ」ということだった。


ホラー映画「シャイニング」って、いいですね。

一週間ごとの更新となる予定です。これまでに評価やブクマありがとうございます。

とても励みになります。

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