高校生の私がふと感じたこと
私は今晩、家族に連れられ、ファミリーレストランに行った。
今日はそこで見た、ある家族について思ったことを、話したいと思う。
午後八時。少し遅めの晩ごはんを取るべく、私達はレストランと扉をくぐった。
レストランにいけば当然のことだが、料理を注文し、その到着を待つ形となる。あいにく、なにも時間を潰すものを持ち合わせていなかった私は、家族と何気ない会話をしていた。
さて、そんな話が一段落して、場にはしばし沈黙が流れる。
そんな時である。私の耳にこんな会話が聞こえて来た。
「ねぇ、私ね。何々ちゃんとは、あんまり仲良くないの」
「うん」
「でね、でね、私ね」
「うんうん」
文字に書いてみればあまり違和感がないのかもしれない。
がしかし、それを聞いた当の私は、些か違和感を感じた。
なぜなら、まだ幼いと分かる声が話かけている相手の返事が、余りにもぞんざいであったからだ。
私は自然と声のした方へと視線を向ける。
そして、次の瞬間に目に入った光景に私は驚いた。
まず、私の隣の席に座っていたのは四人の家族だ。両親、まだ小さい女の子二人が向かい合って座っている。子供の年齢を推測するに、小一と小三といったところだろうか。
テーブルには空の食器が並んでいて、どうやらデザートを待っている最中らしかった。(これは後から分かったことなのだが)
ここまではごく普通の家族であろう。
しかし、彼らの動作が問題なのである。
二人の女の子のうちの、小さい方の子が話しかけているのに、その子の両親は、なんとスマホを真剣に操作しながら相槌を打ってていたのだった。しかも父親、母親の両方とも、顔すら上げずにだ。父親に至っては、何やらゲームをしているようだった。
ちなみに、大きい方の女の子はというと、こちらも自分のスマホを触っていた。(小三ほどの年齢でスマホを持っていること自体、私には驚きだったが。今の時代はそうなのだろうか?)
つまるところ、小さい方の女の子が話す言葉は、スマホというものに阻まれ、誰にも届いていなかったのだ。
赤の他人の私に一番届いていたのかもしれない。
そんな可哀想な状態がしばらく続いた。
やがて、誰も自分の話を誰も真剣に聞いていないと察した彼女は、話すのを止めた。
そんな彼女と、私の目があう。
彼女の目は、とても悲しそうだった。それもそうだろう。本来、一番自分の話を聞いてくれるであろう“家族”に尽く無視されたのだ。無理もない。
それ以降結局、その家族間には、デザートが届く十分ほどの間、何の会話が為される事もなかった。他の三人がスマホに夢中の中、一人スマホを持っていない女の子は、テーブルに顔を伏せていた。
私はそんな寂しげな彼女を、そっと見守ることしかできなかった。出来る事なら私がその話を聞いてあげたかった。
とにかく、その瞳が家に帰っても頭から離れない私は、こうしてキーボードの前に座り、思ったことを綴っている。
そして、これらをふまえて、私が伝えたいのは一つ。たかが高校生、まだ十六年しか生きていない私が生意気だけど、言わせてほしい。この文章がいったい何人に見てもらえるかもわからないけれど、それでも言いたい。
近年、児童虐待などのニュースは珍しくない。育児放棄、という話も耳にする。
そこまでではないにせよ、今日私は、その片鱗を見た気がした。こんな家族が少なからず全国にいるんじゃないか、と。
そんな彼らに言いたい。
ーーーーもっと、自分の子供達を、愛してあげて下さい。お願いです。ーーーー
と。
こんなこと、私が言うべきではなく、生意気なのは充分わかっています。すいません。
でも、私には、あの寂しげな瞳の少女を、このまま記憶の彼方に忘れてたくありませんでした。そして、願わくば、この声が誰かに届くことを祈ってます。
終始生意気ですいません。そして、私の下手な文章につき合っていただき、有難うございました。