戦国幼女 茶々がいく!
別連載「ロートルと幼女」で幼女成分が不足したため、脳天気な幼女物を書きました。
我の名は茶々。4歳。浅井の姫じゃ。自分で言うのも何じゃが、美少女じゃ。しかも天才じゃ。
母様が申すには、世は乱れとるらしいがの、我には関係ない。相次ぐ戦、雑兵どもの乱暴狼藉。民草の子なんぞに生まれんで、ほんに良かった。いわゆる生まれながらの勝ち組というやつじゃな。
まぁ大名といえど、浮か浮かはしておれんがの。そこも大丈夫なのじゃ。父様はなかなかの人物と評判じゃし、我の叔父上は凄いらしいからの、安心じゃ。
そうそう、今度は隣国の連中を滅ぼすそうじゃ。少し前に偉そうな顔をして、我の城にずかずかと使者を送りつけて来おった、いけ好かん連中じゃ。
奴の姪か、と見下ろしおってからに、家臣があれでは高が知れておる。まったく様ぁないのじゃ。噂に聞く叔父上ならば、我が贈ったお手玉で遊ぶが如く、連中を叩きのめすであろうよ。
もっとも、あのお手玉は流石に適当すぎたかの。
その辺にあった布に小豆をくるんで両端を縛っただけじゃからな。手紙は殴り書きだし、母様は子供の我が頑張って作ったと勘違いしておったからバレてないと思うのじゃが。うむ、バレたらえらいことじゃった。ていうかバレておらんよな?
しかし今日はどうにも騒がしいのう。馬鹿騒ぎをする家人なぞ皆、無礼討ちにしてくれれば良いのじゃ。
ん? 弥三郎、文句あるか? ない? うむ、ならよい。
じゃが、ほんに煩いのう。まるで母様の金切り声のようじゃ。母様は我に似て美しく優しいが怒ると鬼じゃからな。気を付けねば。・・・・・・うむ? これは真に母様の声じゃ!
となると、考えて我は動転した。
まさか! 生まれたばかりの初ちゃんに何ぞ大事か? それは不味いのじゃ。他の連中なんぞ幾ら死のうがどうでも良いが、妹の命だけは別なのじゃ!
我は慌てて母様の元に向かった。そして安心した。乳母である弥三郎の母君の腕の中で、初ちゃんは元気に泣きわめいておった。まぁその隣で母様が、父様を殴るわ蹴るわで大騒ぎじゃったがの。
「母様、父様が死んでしまうぞよ。何事なのじゃ?」
「ああ、茶々。このロクデナシが兄上を裏切ったのだ」
「い、いや、ま待ってくれ。話せば分かる」
「問答無用」
ドゴ、バシ、グキ、グサとそれは酷いもんじゃった。いや、グサは嘘じゃ。いくら父様でも流石に死んでしまうでな。
しかしその内に嘘ではなくなりそうじゃの。何とか母様の気を逸らさねば。
「母様、母様。詳しく教えて欲しいのじゃ。母様の兄上とは弾正様のことかえ? たしか朝倉氏討伐をしておったと聞いておりますのじゃ」
何とか着物の裾をつかんで、引っ張る。我は小さくか弱いからの、重労働であったぞ。じゃが、甲斐あっての、母様は我に顔を向けた。
「そうです、茶々。お前はほんに頭が良いの。四歳とは思えぬ記憶力。兄上のようです」
こうなればこっちのものじゃ。
我は褒められて嬉しそうに笑ってみせた。見上げての、ちょっと照れたようにするのがこつじゃ。母様は案の上、相好を崩した。どうじゃ、ちょろいもんじゃろう。
さあ、父様、今のうちじゃ。我は母様に気取られぬよう用心しつつ、手をヒラヒラしてやった。
「お市よ、聞くのだ。これには深い訳があるのだ」
居住まいを正した父様が、おもむろに話し出した。こうなると大柄な父様は中々、貫禄があるのじゃ。巧妙に母様との間に我を置いて、ちょっぴり逃げ腰なのが玉に疵じゃがな。
それに、ようやく母様も落ち着いたようじゃ。我の前で取り乱すのが恥ずかしかったのかもしれん。母様は結構、見栄っ張りじゃからな。
「儂とて戦国の男なのだ。義兄上は確かに古今稀なる大将であろう。だがそれでも儂は対等でありたいと思うのだ」
「対等! 後ろから襲うような真似をして、よくも申せるな」
母様はまた激高しかけた。うむ、まずいのじゃ。
「父様はすごいのう。三国一じゃ」
とりあえず、褒める。分からんがほめそやす。こう言うときはとりあえず、母様の怒りの矛先を散らすのに限るのじゃよ。
「茶々、分かってくれるか」
さっぱりじゃ。何だって、あのいけ好かん連中の味方何ぞするのじゃ?
「茶々や、これは卑劣な仕業なのです、騙されるでない」
まずは深呼吸せい。初ちゃんが泣きやまぬでないか、おおかわいそうに。
まったく、下らんことで喧嘩しおって。じゃからな、我は一計を案じたのじゃ。夫婦円満、家内安全が我の信条が故の。
「違うぞよ母様。父様はそんな卑怯者じゃありんせん。ほれ、先日に陣中見舞いを贈ったじゃろ?」
我も手作りの小豆のお手玉を贈ったの、と父様の袴の裾を引き合図する。ほれ、ほれ、気付くのじゃ。
しかし父様は目を白黒させるばかり。まったく仕方がない。もう一押しじゃ。
「あれは父様のご指示なのじゃ」
「どう言うことであるか?」
「小豆を包んで両端で縛ったであろ? あれは前も後ろもと言う意味なのじゃ」
そこで、ようやく父様の顔色が変わった。おぉ気付いたか。さぁいけ。
父様は鷹揚に頷いて、後を引き継いだ。これは大きな貸しじゃぞ、父様よ。後で何を貰おうか。
「う、うむ、あのお手玉はな、儂が入れさせたのだ。袋の鼠と告げるためにな。義兄上は聡い。気付いて窮地を脱するに違いない」
「何故、そのようなことを!」
なおも目尻を釣り上げる母様に向かって父様の弁舌がさえ渡る。良くもまぁ舌が回るものじゃ。
「朝倉家は恩人だ。忘恩は正義に悖る。だが肉親への情も、簡単に捨ててしまえばこの世は地獄となろう。すれば、どちらをも取るにはこれしかなかった。しかる後、儂は堂々、義兄上と戦場で雌雄を決するつもりなのだ」
おお、完璧じゃ。父様やるのう。詐欺師の才がある。まったくの嘘っぱちじゃが、母様はころりと騙されおった。あの眼は惚れ直したような眼じゃな。良かった良かった。初ちゃんも泣きやんだ。あの適当なお手玉がこんな所で役立つとはのう。不思議なものじゃ。
ふむ、じゃが常識的に考えて、叔父上は終わりじゃろうなぁ。悪魔のように強いと聞いておったが呆気ないもんじゃ。
おごる平家はなんとやら。調子に乗りすぎると禄なことがないの。存外と馬鹿な男じゃ。噂ほどにもない。我はガッカリぞよ。
..追記
「茶々は市によく似ているらしいな」
弾正忠は上機嫌であった。金ヶ崎城を落として、もはや朝倉など物の数ではないわと得意の絶頂。そこへ折りよく、愛する妹とその子供からの陣中見舞いとくれば、どんな癇癪持ちとて笑うと言うものだ。
「可愛らしい字で、お気をつけて、等と書いてお手玉を贈ってきおった。見ろ、まったく不細工なお手玉だ。両端を結んだだけとはな。思えば市も不器用であった」
わはははと笑う。いやいやお懐かしいと、居並ぶ重臣もみな余裕のよっちゃんである。
しかし、好事魔多し。駆け入ってきた使者が転がるように現れると、もう世界は元のままではいられない。
告ぐるは、一つ。浅井家離反。
「馬鹿な! 離間策に決まっておる」
柴田権六が大声を上げた。みなが同調する。けれど弾正忠は身じろぎもしなかった。手の中の小豆袋を凝っと見つめる。
「成る程。お気をつけて、とはな。末恐ろしい」薄く笑う。
分別者の五郎左が驚いた顔で小豆のお手玉を見た。
「まさか、これを告げていたというのですか?」
「恐らくな」
まだ四歳と聞いたが、天才との噂も巷間していた。眉唾と一笑に付していたが案外と本当かもしれん。弾正忠はざわめく諸将を眺めて思った。いつか会おうと心に決め、しかし今は生きねばならない。
義弟、浅井備前守が裏切ったならば、もう一刻の猶予もないだろう。
「逃ぐるぞ!」
これより先は地獄道。世に言う金ヶ崎の退き口のはじまりであった。
この後のネタは思いついておりません。
もし気に入ったら、教えて下さい。続きを書くかも知れません。