2、伯爵家の次男さん
伯爵家別邸の使用人のみなさんは、みんないい人だった。
完全にヨーロッパ辺りの人種と同じで西洋人。大きくて白人、なのに日本語が通じる・・・。
執事のセバスさん(もうちょっとでセバスチャンなのに)、奥さんのメイド長さん、コックさん、庭師のおじいさん、弟子の青年、ほか数人。
メイド長さんにお古の服(子供服・・・)を譲ってもらい、子供と思われているけど可愛がってもらえている。
もうちょっと背があったら、子供に見られないのかなあ・・・。もう24歳なのに。
今日は、お庭仕事の手伝いで、お弟子さんと一緒に草むしり。
庭師の仕事って大変!お弟子さんも一生懸命やっている。
んーーーー!抜けないなー、この草!
「よーし!もうちょっと!・・・抜けた!きゃー!転ぶー!!」
誰かがさっと手を掴んで助けてくれたようだ。
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伯爵家次男クローディアス・フルサル、王都騎士団に所属する25歳。
本邸のある設備が壊れ、補修工事のため、伯爵家人は数週間別邸に住むことになった。
急なことで、別邸の者への連絡のため、仕事が休みの次男が早馬でやって来た。
別邸の執事に伝えた俺は、なにげなく庭の方に回った。
ここには子供の頃の思い出がたくさん詰まっている。
庭師のじいさんは元気だろうか。弟子をとったと聞いているが・・・。
ふと大きな木のしたに、麦わら帽子の子供が見えた。
こんなところになぜ子供が・・・。あ、危ない!
草むしりをしていたようだが、転びかけた子供を咄嗟に救い上げた。
「君は誰だ?」
こっちを向いたのは、ふわふわした黒髪と大きな黒の瞳の少女だった。
真っ直ぐに俺を見た女の子は、首を傾けた。
「あなたは誰ですか?」
「俺は伯爵家の次男だ。」
「! 失礼しました!えーと、えーと、庭師のおじいさんの孫です!」
「・・・彼には孫はいない。」
「ごめんなさい・・・、今おじいさんにお世話になっている者です。」
「・・・執事に話を聞こう。来い。」
俺は屋敷の方へ歩き出した。
少女は後ろをちょこちょことついてきている。
こんな歳の子と接したことのない俺は、ちょっと歩くのが早いようだ。
振り向くと、ちょっと後ろで少女は穴に落ちそうになっている。
「ん・・・あれ?わわわ~!また落ちる~!」
慌てて近づき さっと腰を抱き寄せたが、もうちょっとで危ないところだった。
無表情と言われる俺だが、びっくりした顔になっているのがわかる。
抱き寄せた少女は、柔らかく、いいにおいがした。
走った後のようなドキドキを感じる。これはなんだろう。
「ごめんなさい!ありがとうございます。」
何やら考え込んでいる少女の手を引き、俺は歩き出した。
短時間で二回も転びそうになるなんて、手を引いていかないと危ない。
またドキドキを感じるが、顔にはでていないだろう。
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助けてくれたのは、黒髪・緑の目のイケメン!
うわぁ!誰だろうって、伯爵家の次男さんか。
え、わたし・・・? 誰かって聞かれちゃった!!
もうちょっと気のきいた嘘を考えておけばよかった~。
執事さんのところに聞きに行くことになったけど、次男さん足が早いなあー。
ついていけないよ、諦めちゃおうかな・・・。
「ん・・・あれ?わわわ~!また落ちる~!」
大きな穴に落ちそうなところをまたまた次男さんに助けられちゃった。
お礼を言ってもうなずくだけの次男さん。
無口な人なのかな?もうちょっと会話してくれるといいな。
そういえば、落ちそうになった穴!あの時の穴かしら!
落ちたら、戻れるのかなー?
お世話になったおじいさんたちにお礼も言ってないし、もうちょっといいかなー。
あれ、いつの間にか、次男さんと手をつないで歩いているわ。
お屋敷のエントランスに行くと、人が何やら大勢いた。
きれいなドレスの人とか、大荷物をはこんでいる人とか。
わたしに気づいたセバスさんが、こちらを見ながら奥様っぽい人と話しをしている。
「奥様、彼女がそうでございます。」
「あらあ!可愛いお嬢さんね~。小さくてかわいいわ~。クローと手をつないでいるわ!」
「チェリー、伯爵家の奥様だ。ご挨拶をしなさい。」
やっぱりかー。きちんと挨拶は社会人の基本だしね!
「初めまして。花園 桜子と申します。呼びにくいようですのでチェリーと呼んでください。」
24歳にもなって、中・高校生の時のあだ名を使うとは思わなかった・・・。
庭師のおじいさんたちが、名前を発音できない時に咄嗟に浮かんだけど、
もうちょっと他になかったのか、ちょっと恥ずかしい。
「まあ、挨拶もきちんとできるのね。
お話は、お茶をしながら聞くわ。セバス、よろしくね。」
次男さんと手を繋いだまま、大きな部屋へ移動した。
いつまで手をつないでいるんだろう?別に逃げないのにな。