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 「エターナル ウィンド」は大手ゲームメーカーが自ら運営するMMORPGとして10年前に誕生した。「カーネギア」という世界を舞台に、剣と魔法を駆使する冒険者となって活躍するという内容で、最盛期には13ある各サーバーとも3000人程のキャラクターが登録されていたという。

 しかし年々その数は減り、10年目には多いところで1500人程、少ないところで1000人程と減少。それに伴い、サーバーの統合が行われることになり、初期に作られた第1・2・3サーバーがそれぞれ後期の第11・12・13サーバーに吸収されることになった。

 初期3サーバー最後の日。システムメッセージがシャットダウンの予告とログアウトを促すなか、強制終了の瞬間までサーバーには多くのプレイヤーがログインしていた。

 旧サーバーと新サーバーの間に違いはない。キャラクター名が被っていれば改名を求められるが、キャラクターの姓名が全く同じというケースは非常に稀だ。それでも10年の年月を旧サーバーで過ごしてきたプレイヤーは、愛着あるホームグラウンドの最後を見届けようと残っていたのだ。  


 ユニティと呼ばれる冒険者グループ「ローゼンガルテン」に在籍するノニンもまた、同じユニティの仲間たちとその瞬間を迎えていた。新サーバーに移った後どこに集合するか、ユニティシンボルと呼ばれるマークは同じ物を使うのか、あちらに要注意人物はいるのかなどと話しながら、システムによるカウントダウンを聞いていた。




(--のが、1週間前……か)


 各冒険者に与えられている自室のベッドの上で、ノニンはため息を吐いた。

 「ロイヤルベッド」と名付けられた天蓋付きのそれは程良い弾力と柔らかさで、豪奢な見た目とマッチする極上の寝心地だ。只の飾りアイテムだった時には趣味の一品だったが、実用品となってしまった今では、ユニティの全員が愛用している。

 ノニンは大きく伸びをしてベッドから飛び降りた。壁掛けの鏡を覗こうとして、しかし覗けずに肩を落とす。気を取り直してイスを踏み台にすると、ようやく鏡に自身の姿が写った。

 栗色の柔らかそうな髪と、同じ色の円らな目。丸い輪郭にもちっとした頬。犬によく似た黒い鼻と、ふわふわの白毛に覆われた長い耳。体は洋梨のような幼児体型で、背の高さはおよそ90cm。

 10年間モニター越しに見ていた自分のキャラクター、そのままの姿がそこにあった。リアルでの自分--身長178cmの大女の面影は殆ど無い。どこからどう見てもプレイヤーキャラに選べる5種族のひとつ、犬妖精のクーシー族だ。

 旧サーバー最後の瞬間、シャットダウンによりノニン達は強制的に落とされた、筈だった。画面が暗転し、「システムによりシャットアウトされました」のメッセージが表示されたところまでははっきりと覚えている。一つの時代が終わってしまったような寂しさを覚えつつ、エンターキーを押した瞬間、目眩に襲われ……気が付けば直前までキャラクターがいたその場所に、自分の足で立っていたのだった。

 ノニンはユニティやパーティを対象に絞って会話が出来るイヤリング型チャットツールを装備すると、自室の収納から引っ張りだした赤いフード付きクロークに着替え、部屋を出た。

 ノニンの自室がある冒険者居住区は、都市国家「オーヴィン」にある。

 オーヴィンは小さな島と大陸に繋がる巨大な橋で構成されており、ゲーム時代は多くのプレイヤーが拠点としていた。島の中心には市庁舎が立っており、その周辺は居住区となっている。冒険者居住区があるのもその一画だ。巨大な橋にも建物が建ち並んでおり、こちらは商業区として競売所や酒場、雑貨屋などが揃っている。

 狭い歩幅に違和感を抱きつつ、ノニンは商業区に向かう。異変直後はパニックになったプレイヤー達で騒然としていたが、現在は落ち着きを取り戻している。現状を受け入れられない者が自室に篭もっただけかもしれないが、道ばたを見ればこの状況に順応したらしきプレイヤー達が、ゲーム時代のように雑談に花を咲かせている。

 ノニンらプレイヤーがそれほど追いつめられなかったのには、ゲームシステムがそのまま活きていたことが大きい。「エターナルウィンド」ではプレイヤーが死亡することが無く、戦闘不能状態が長く続くとそのままホームポイントに戻され回復する。「無茶をすると痛いが死ぬことはない」というルールは、異世界に竦んでいたプレイヤー達を大いに慰めた。また「遠くの仲間と背中を預け合う」というコンセプトによりPK行為が全面禁止だったことで、略奪行為や暴動といった大きな混乱が起きることもなく、パニックはすぐに鎮静化したのだった。


 豚汁が食べたいなどと話しているプレイヤーらを横目に見つつ、ノニンは競売所のカウンターに向かった。ゲーム時代は窓口を調べるだけで取り扱いアイテムが表示されたが、現在はきちんと窓口に職員が座っている。ノニンは職員に頼み、出品されているアイテムの一覧を見せてもらった。

 出品者であるプレイヤーの混乱によって供給が少なくなったためか、全体的に取引価格が上がっている。中でも家具と木材、食品と食材は全般が高い価格で出品され、頻繁に落札されていた。生活に直結するからだろう。目当てだったアップルパイも、ゲーム時代の2倍まで価格が上がっている。


(誠に遺憾な……ん?)


 いっそ自分で材料を調達して作ってしまおうか、などと思いながらデザート類を見ていると、気になる品を発見した。

 「麗しきルージュ」。透明感のある鮮やかな赤色が美しいゼリーだ。MPが大きく上がる一品として、レベル上限が70だった時代には高額で売られていた。MPやINTが高く魔法職向きのクーシー族ゆえ、攻撃魔法使いのソーサラーや回復魔法使いのプリーストなどのジョブを得意とするノニンも、昔世話になった品だ。

 現在はレベル上限が99まで引き上げられてMP上限が増え、その上昇量がかすんでしまったため、安価になり殆ど出品されなくなっている。確認すると最終取引日は3ヶ月前となっていた。


「ゼリー……」


 それまでアップルパイ一択だった脳内が、プルプルとしたゼリーで占められる。無いと逆に欲しくなるのは何故なのだろうか。

 ノニンは食材の出品一覧を確認し、唸った。「麗しきルージュ」の材料はキングベルグレープ、ロッシェルストロベリー、ゼラチン、そしてルージュジェル。前3つは出品されていたが、最後の1つは出品されていなかった。店で買えるというものでもないのが困りどころだ。


『みんな、おっはー!』


 どうしたものか考えていると、不意にイヤリングから元気な声が聞こえてきた。ユニティメンバーの一人、竜の角と尻尾を持つドラグーン族のヨーコだ。それに連鎖して何人かのユニティメンバーが朝の挨拶をする。皆起きてはいたが声を掛けるタイミングを図っていたのだろう。ノニンは何となくイヤリングに触れ、挨拶を返した。

 イヤリング型チャットツールは電話のように会話を送受信することができる。ユニティやパーティ対象会話の場合は距離に関係なく話ができるので、別行動をしていても皆で雑談することが可能だ。


『ありゃ? たまちゃんは?』


『私は……ロイヤルベッドの呪縛から逃げられない……』


 ヨーコに「たまちゃん」こと、ヒューマン族のタマユラが消え入るような声で答える。彼女は弱っているわけではなく、寝心地の良いベッドから出たくないだけだろう。放っておくとこのまま引きこもる可能性が高い。


『もうここはゲームではない。ならば、今日はニート生活を満喫しなければ……!』


『何故そうなる。積極的に出掛けているロサたんとかを見習え』


 タマユラの力説に、ネコの耳と尻尾を持つリンクス族のマリアカラスから突っ込みが入る。ユニティメンバーの一覧で話題にでたクーシー娘・ロサの居場所を確認すると、辺境の小国「ヘタル」となっている。目の前でウィンドウが開くのが、まるで体感型ゲームをプレイしているような不思議な感覚だ。

 後衛職を好むロサだが、ジョブを珍しく短剣での連続攻撃が強いシーフにしている。エルフ族のアナスタシアも一緒のようだ。こちらはプリーストだ。

 「エターナルウィンド」では、プレイヤーは自由にジョブを変更できる。各ジョブ毎にレベルは独立しているのだが、アナスタシアもロサも、全てのジョブレベルを99まで上げているはずだ。


『ありゃ、朝早くからお出かけ?』


『防衛戦が起こるので、行ってみようかと』


 アナスタシアが言うのは、3年前に導入されたエリア、ヘタルで定期的に起こる「首都防衛戦」というコンテンツだ。ヘタルが併合した国の亡霊が魔物となって攻め込んでくるというもので、国を守るというシチュエーションや市街戦が楽しめることから、ゲーム時代には高い人気を誇っていた。


『バレフィア様のタメだしのー』


 ロサが防衛戦を共に戦ってくれるヘタル軍NPCの一人の名前を口にする。リンクス族のウォーリアで、若きヘタル国王の異母姉でもある。気高くも気さくな性格と、巨大な鎌を振り回す豪快な戦い方からファンが多く、防衛戦では親衛隊のように付き従うプレイヤーも少なくなかった。

 エリア人数を調べてみれば、それなりの人数のプレイヤーが防衛戦の開始を待っているようだ。大人数で敵味方入り乱れて戦う、というコンテンツで、NPCや他のプレイヤーが支援してくれるので、この世界に慣れるのには良いのかもしれない。


『モニタ越しだったバレフィア様やドレッジャ(笑)が目の前に! いつ防衛するの?』


『今でしょう!』


 ロサとアナスタシアはよっぽど楽しみなのか、テンションが高い。ご丁寧に「カッコ笑い」と付けられたドレッジャも、ヘタル軍NPCでバレフィアの同僚だ。ドラグーン族の青年で、知性的な眼鏡がよく似合うプリースト--と見せかけて、負傷を省みずに敵に猛攻していく脳筋ぶりがネタキャラとして愛されている。彼の周りには常にプレイヤー達の救護班が控え、自己回復もせずに敵を殴り続ける彼に手厚い支援を行っている。


『そ、そうか……邪魔だったモニタはもう無いのか! 私もスグ行くから!!』


 アナスタシアと同じくドレッジャのファンだったシャーロットが激しく反応した。「本職はプリースト」と宣言するリンクス娘にとって、彼の存在は特別なようだ。前衛を張る、アタッカーに回る、と変わった立ち回りを好む脳筋プリースト同士、通じるものでもあるのだろう。


『残念な眼鏡男子ってサイコーよね、アナ!』


『ええ、残念でかつ眼鏡、文句なしで萌える!』


 ふひひひひ、という笑いが聞こえてくる。ユニティ会話でなければ周囲はどん引き間違いない。

 ノニンはロサ達の居場所を確認したついでに、防衛戦に参加しない他のメンバーの居場所も見てみた。タマユラはオーヴィンの冒険者居住区で引きこもっており、ヨーコは南方のヒューマンの故郷「キングベル王国」に、マリアカラスは西北にあるドラグーンとクーシーの国「ロッシェル共和国」に出掛けているようだ。先ほど挨拶を交わしていたエルフの青年ブレイズはオーヴェンの外にあるルシウス平野に出ているらしい。


『む? カノンもブレイズと一緒なのか』


 先程から黙りこくっているが、ノニンと同じクーシー族キャラのカノンも、居場所がルシウス平野となっている。だが、話題に出ても反応がない。


『あー、ちょっと待ってね--』


 ブレイズとは離れた場所にいるらしい。少しして、ため息混じりの聞こえてきた。


『釣り竿持ったまま寝てるわ……いくら絡まれないからって、リアルでも寝落ちするとか、この子はもう〜』


『寝落ちの女王は健在か……』


 あきれかえったブレイズの声とは違い、そう言うマリアカラスの声は優しい。彼女はクーシー族に激甘なので、ほっこりとしているのだろう。


『こら。もー、こんなところで寝ちゃ危ないでしょ』


『うぁ……? ……あー……おはようごじゃいまふ……』


 カノンは確実に寝ぼけている。

 涎を垂らして船を漕いでいたところを見つかり、いそいそとブレイズに世話される様が目に浮かぶ。ブレイズはキャラクター性別も中身もユニティ唯一の男性ながら、随一の女子力を持っているのだ。実の姉であるシャーロット曰く「姉弟で性別を間違えた」という。

 ゲーム時代、「直前まで元気だったのが、3秒で寝落ちした」「寝たままオーヴェン発定期船に乗ってロッシェルに行った」「寝ている内に襲ってきた敵を召喚獣が頑張って撃退し、レベルが上がった」といった数々の逸話を生み出し「寝落ちの女王」の二つ名を欲しいままにしたカノンの悪癖は、自身がプレイヤーキャラクターとなった今も健在らしい。サモナーの彼女が日頃からニワトリモドキの光属性召喚獣「ヴィゾフニル」を連れているのは、ペットだからと言うよりは寝落ちしたときの護身用のようだ。


『いたたたた、首が固まったよぅ……』


『そんな貴女にロイヤルベッド。一緒に引きこもろ?』


 タマユラが引きこもり仲間を作ろうとカノンを勧誘する。皆が出掛けているのが寂しいようだ。


『えー、退屈しちゃうよ。もったいない』


 キノコが生える、とカノンはあっさり断る。眠気を感じてから落ちるまでが極端に早いだけで、むしろ活発な方なのだ。異変に巻き込まれてから、もっとも各地に足を伸ばしているのがカノンだ。


『じゃあ、ノニン。今町にいるんだったら、このまま一緒に朝を迎えよ?』


「いかがわしい言い方をするな。それに私は用がある」


『お、手伝うよ。なになに?』


 ヨーコが乗ってくる。自分の用事は終わったようだ。


「ルージュジェルを手に入れなければならない」


『ルージュジェルって--トリガーNMだっけ』


「うむ。チカ半島の、"大食海牛グラトニー・シースラグ"が落としたはず」


 "大食海牛グラトニー・シースラグ"はチカ半島の先端にある砂浜に野牛の肉を置くと出てくる二つ名付き(ネームド)モンスターだ。水属性の魔法と毒のブレスがイヤラシイ敵だが、レベル上限が80だった時代に設置された敵なので、それほど強いというわけでもないはずだ。


「野牛の肉は売ってないが、まあ現地調達すれば--」


「あ、あの!」


 言いかけた言葉を、何者かが遮った。振り返れば見慣れぬ青年が見下ろしている。


「……どちらさまです?」


 見た目は金髪碧眼の、ヒューマン族の冒険者だ。名前はワタラセ。革鎧に弓という装備からして、弓や銃を扱うアーチャーのようだ。サーチ機能で調べると、レベルは80となっている。


「あ、えっと、突然すいません。今"大食海牛"を倒しに行くって聞こえて」


「え? あ、あー……」


 ユニティ限定会話をしているつもりが、声に出してしまっていたようだ。他人に聞かせられないような会話をしていなかったのが、不幸中の幸いだ。


「--たしかに、ルージュジェルを取りに行こうとユニティで相談していたところですが」


「ああ、やっぱり。あの、もしよければ野牛の肉を提供するので同行させてください!」


 ぶんっと風が起きる勢いで、ワタラセが頭を下げる。そういえば、とノニンは思い出す。NMのドロップアイテムの中には、遠距離攻撃の命中力を上げる指輪があったはずだ。アーチャーには是非とも欲しい品だろう。


『どしたの、ノニン?』


「ああ、その--」


 普通に声を出しかけ、改めてユニティ会話用に声を潜める。


『一緒に行きたい、という人がな。ワタラセっていうアーチャー』


 ちらり、とワタラセを見る。人の良さそうな顔に、どこか追いつめられたような、不安げな表情を浮かべている。


『--ヘタレ受けっぽ--』


『行く!』


 "ヘタレ好き"のカノンが食い付いてきた。計算通りの反応だ。


『じゃ、アタシも』


『シーフで問題ないか?』


 ブレイズとマリアカラスも来てくれるようだ。これで6人、丁度1パーティだ。


「6人揃った。直にみんな来ると思います」


 ワタラセをパーティに誘いながら、伝える。ワタラセには物足りないかもしれないが、目的の物はすぐに手に入りそうだ。

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