プロローグ:燃え盛る博物館
天井高く燃え盛る炎が、骨だけになった首長竜を灼き尽くす。
その光は、袖で身を庇いながら走る青年の姿を赤々と照らし出している。濡れた帽子の桜の代紋、天井を見上げる真っ直ぐな瞳が、毒々しい輝きを映す。青年は顔をしかめると、身を翻して廊下を駆けた。
響き渡る轟音。そこへ微かに交じるすすり泣きの声。
煙を吸い込まないようハンカチを口にあてがいながら、青年は燃え盛る博物館のロビーに駆け込んだ。落ちた梁が、爆ぜて火花を散らしている。
「誰かいるんだろ! いるなら返事をしてくれ!」
青年は叫び、床も壁も舐め尽くす炎の隙間に目を凝らす。
部屋の隅に、一人の少年が縮こまっているのが見えた。すすり泣きながら、じっと青年を見つめている。
「助けて……」
「今行く!」
ハンカチを改めて口に押し付けると、飛び散る火花、頬を撫でる炎も恐れず青年は部屋を駆け抜けた。
少年は笑みを浮かべると、そっとその右手を伸ばす。青年は側に跪くと、力強くその手を掴み取った。安堵の笑みを浮かべ、青年は小柄で青白い顔の少年を抱えあげようとする。
しかし、その身体は梃子でも動こうとしない。地面に縫い付けられたかのように、重く持ち上がらない。
愕然と青年は少年の顔を見つめる。少年はにやりと笑うと、いきなり青年の腕にしがみついた。
「ねえ、僕が怖いかい!」
青年が息を呑んでその腕を払い除けた瞬間、少年の身体はにわかに泡立ち、身体がどろどろに崩れた巨大な四足の怪物へ変わる。
後足が溶けたその化け物は、喉を震わせるように笑いながら前足だけで青年へ迫っていく。
「怖いだろう。僕が怖いだろう?」
ロビー中を響かせる不協和音の大音声が、炎をばたばたと揺らめかせる。呆然とした青年は、震える足で後退りしながら、怪物の身体中を動き回る目玉を見つめる。
黒い血を滴らせる前足が、青年に向かって伸びてくる。背後では炎が盛んに燃え、彼の逃げ道を塞ごうとしていた。化け物は腹を膨らませて腐敗した息を吐きかけ、にやりと笑った。
「さあ、僕の生贄になってよ――」
その右手が青年の頬に触れるか触れないかという瞬間、一陣の風が彼らの間を切り裂いた。
炎が掻き消え、青年は吹き飛ばされて地面に投げ出される。
化け物も壁に叩きつけられ、ぐちゃりとその身体が歪んだ。鈍い悲鳴が、醜い口から洩れる。
どうにか元々の形を取り戻しながら、怪物は滑り落ちる目玉を手で支えて前を見据える。青年も痛む背中、頭を押さえながら部屋の中央、暗闇に佇む一つの影を見つめた。
部屋に吹き荒れる風にぼろぼろの外套をたなびかせ、鎧を纏ったその人影は真っ直ぐに怪物を指差した。化け物は顔を歪め、声を震わせる。
「誰だ……お前は」
「俺はヒーロー。救世主だ」
ふらふらと立ち上がった青年は、目の前に佇む鎧の戦士の背中を、ただただ見つめていた。