婚約
市街警官隊とは、街の治安を守る部隊である。
クラウディアの父親は警官隊の副司令官を勤めているため、街の中では豪邸に住んでいた。
最も都心の貴族達に言わせれば、別荘だと言い兼ねない大きさだ。
ベルナルドが訪れたツヴェット家は、生い茂る庭園に囲まれた屋敷。
ベルナルドが改めて手紙で訪問を知らせてから、そこは大騒ぎだった。
何せ国の英雄様の訪問だ。
もてなす準備が施された。
使用人と住人が揃って一人で足を踏み入れたベルナルドを出迎えた。勿論、クラウディアもいる。
案内した大広間のテーブルの上にはご馳走。
それを礼儀として堪能してから、ベルナルドは単刀直入に告げた。
クラウディアを旅に連れていきたい、と。
だからその許可がほしい、と。
「まぁっ!! クラウディアちゃんを!? それはいいですわね!! クラウディアちゃんはもっと世界に行くべきだと思っておりましたのよ!!」
いち早く賛成したのは、妻のナタリーだった。四十にしてはまだ若々しい微笑を浮かべて、元気な声を上げる。
「そうですね、お母様。クラウディアはとても頭のいい子だ、小さな街でくすぶっていい器じゃない。街を出るべきだ」
次男のロレンツォも続く。父親譲りの黒い髪の爽やかな青年だ。
隣で大人しくしているクラウディアの頭を撫でる。
「魔術が使えるとは知っていたが、勇者様にこんなにも買われているなら兄として鼻が高いです。貴方様が一緒ならば安全だと考えてもよろしいですか?」
「魔物と戦う旅なので、安全は約束できません。しかし彼女が命を落とすことがないとだけは、お約束できます。自分が守り抜きます」
長男のリカルドの問いに、ベルナルドは嘘をつかず丁寧に返した。
「心配でなりませんが……これ以上ない大きなチャンスです。母上も我々も賛成ですよ。あとはクラウディアの意思と、父上の許可ですが……」
手を組んで落ち着いた様子で話をまとめようとしたリカルドが、目を向けるのは威圧感を放つ大黒柱。
一番の問題が彼だ。
「――――――ならぬっ!!!」
強面の顔が上げられた。彫りが深くくっきりとあるシワ。黒い顎髭に鋭い眼差しを持つ彼は、人の上に立つ風格があった。
そんなクラウディアの父親であるジュゼッベが、反対を唱える。
空気が震えるような鋭く低い声だった。
予想通り。クラウディアは紅茶を堪能した。
「この可愛らしい可愛らしい可愛らしい可愛らしい可愛らしい小さな私の娘がっ、私から離れて危険な旅に出るだと!!? 誰が許可するものかっ!! クラウディアはまだ十歳にもなっていないのだぞ!? こんな幼くて可愛すぎるクラウディアをっ、家から遠ざけて魔物と戦わせるだと!? 笑えぬぞ!! 確かにクラウディアは頭がいいっ、なんだってこなせる世界一天才の可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い私の娘だっ!! 将来は伝説を残す偉業をやってのけるだろう……だがそれは今ではないっ!!!!」
泣く子も黙るような迫力で反対意見を怒鳴り付けるように言ったジュゼッベは、確かにクラウディアに対する溺愛の気持ちを発言に入れていた。
今何回可愛いという単語を使ったのだろうか。
ジュゼッベを恐れることなく見ながら、ベルナルドはそんなことを思った。
「あれほど控えるようにと言ったのに……」とナタリーは頬を押さえて恥ずかしそうに俯く。
ロレンツォは苦笑を浮かべた。
「いいか、よく聞け勇者よ!」
「はい」
「何故こんなにも可愛い可愛い可愛い可愛すぎる私の娘を兵士にするという発想を出すのだ!?」
「いえ、クラウディアを兵士にしたいわけではないのです。クラウディアには才能があり、貴方が言ったように伝説を残すような大きな可能性もあります。彼女には可能性を見つけてほしいのです。だから旅をするのは彼女にとって、メリットがあると思い今回許可をいただきにきました」
怒り狂いそうなジュゼッベに、平然と静かな口調でベルナルドは返す。
「ならぬならぬならぬぞっ!!!! なにがメリットだ! この先でも可愛い可愛い娘にチャンスはあるっ!! 可愛い子に旅など不要だ!!」
「しかし父上。勇者様直々のお誘い、二度とないかもしれません。クラウディアの才能はこの街では開花しませんよ」
「なぁらぁぬうっ!!」
「しかし」
「口答えするな!!」
ロレンツォの意見を頭ごなしにジュゼッベは捩じ伏せた。
ただ苦笑を漏らすしかないロレンツォは、なんとか言ってくれと言わんばかりにクラウディアの顔を覗く。
「私も旅に参加するつもりはありません。父上の許可が出ないのならば、この話はここで終わりということにしましませんか?」
「クラウディア、話はまだ始まったばっかりだ。そう結論を急ぐな」
「……はい、リカルドお兄様」
やはりクラウディアの答えはそれかと思いつつ、リカルドは話し合いの続行を決める。
「私の意見は変わらぬぞ!! 魔王退治の旅など、いつまでかかるかわからぬではないか!! 社交界デビューもまだの可愛い可愛い可愛すぎる私の娘が、お嫁にいきそびれたらどう責任を取るつもりなのだ!!」
「父上、それは気が早すぎますよ。それに召喚の魔術もあるでしょう。誕生日などには連れ帰ってくれるように、条件をつければいい。可能でしょう? 勇者様」
「可能です」
「ならぬならぬ!!」
断固反対のジュゼッベは、ベルナルドが条件を呑むと言っても意見を変えようとしなかった。
目を回すリカルドは、肩を竦めて父上の説得を考える。
静かにベルナルドはジュゼッベを見上げた。
席を立ち威圧で反対するジュゼッベは、なんとしても愛娘を手放さまいとしている。
「…………責任を取ると誓えば、お許しを頂けるのでしょうか」
「……なんだと?」
嫁にいきそびれたら責任を取る話に戻り、ジュゼッベは眉間にシワを作り更に強面になった。
「責任を持って……娘を嫁にもらう、そう言いたいのか?」
「はい。私には勿体ないほど素晴らしい娘さんですが、万が一にいきそびれたのならば私が責任を持ちます。クラウディアを嫁に貰いたい男ならば大勢現れると思います。旅をすれば様々な出会いがあります故」
「………………」
すんなりと躊躇いなく、ベルナルドは頷いた。
クラウディアを嫁に貰う約束。万が一のための保証としての提案。
議論は大人に任せると言わんばかりに俯いて紅茶を堪能していたクラウディアは、顔を上げてベルナルド見た。
ベルナルドは姿勢を変えないままジュゼッベを真っ直ぐに見ている。
ジュゼッベは見据えた。
それから椅子に重たい腰を落とす。
「…………なんとしても、娘を旅に連れて行きたいのだな?」
「はい。お許しいただけたのならば」
「……ふむ」
自分の顎髭を撫でてジュゼッベは考える素振りを見せる。
ベルナルドは頼む側だ。
どんな条件を呑んでも、クラウディアを旅に連れていきたがっている。クラウディアのことを高く評価しているのだ。
ベルナルドの言葉に偽りはない。
クラウディアの才能も魅力も認めているのだ。
長年悪党と戦ってきたジュゼッベには、ベルナルドが悪人ではないとわかった。
「……ならば、娘と婚約してもらおうか」
「……。はい」
ジュゼッベの条件に、ほんの少し考えたあとベルナルドは首を縦に振った。
ナタリーもロレンツォもリカルドも、目を見開く。
クラウディアはポカンとする。
今自分の婚約者が決まった。
「よし、契約書を作る!! 条件が呑めなければ許さん!」
「私が呑める条件ならば」
「よろしい!! 紙とペンを!!」
ジュゼッベは使用人に紙とペンを持ってくるように言う。忽ち契約書作りを始めた。
「お待ちください、父上! クラウディアの意見も聞かずに婚約を決めてはいけませんよ」
「……。私は婚約に関しては反対意見はありません」
ロレンツォが慌てて割って入り、クラウディアの意見を求める。しかしクラウディアに反対意見などなかった。
「国の女性達が結婚したいと名を挙げるなら、王子様と勇者様でしょう。ベルナルド様は最良の結婚相手です、拒否する理由はないです」
「よろしい!!」
「お待ちください、お父様」
勇者であるベルナルドが婚約をしていいというなら、断る理由はない。頭のいいクラウディアにはわかっていた。
家にも利益しかないはずだ。
クラウディアも乗り気ならば、婚約は決定。
ジュゼッベは契約書作りを続けようとしたが、クラウディアは止めた。
「この街を離れるつもりはありません。これが私の意思です」
残るは本人の意思。
一番の難関であろう。
ベルナルドはクラウディアの考えを直してその気にさせなければならない。
この家に来て、それは難しいと思った。
「もうっ! クラウディアちゃんたらっ! 勇者様が夫になってくださるのよ!? 旅に行く価値はあるじゃないっ!!」
ナタリーははしゃいだ。
なんせ勇者が義理の息子になるのだから。
「結婚よりも、価値あるものを見付けられる旅になるでしょう」
ベルナルドは結婚よりも旅に価値があるとナタリーに伝える。
「ではクラウディアに行く価値があると、説得してください。契約書のサインはそれからで」
リカルドは一先ず保留と話を持っていく。ジュゼッベは契約書作りに専念している。
あとはクラウディアの説得。
ベルナルドがそれに成功するなら、見送る。
ベルナルドは静かに頷いた。
それを見ていたクラウディアはただ紅茶を啜る。
翌日。ベルナルドと仲間が泊まる宿に、リカルド・ツヴェットが訪ねてきた。
父親似だが二枚目の顔立ち。二十代後半で長身だ。
父親の跡を継ぐことが決まっている彼には、父親似の風格があった。
「クラウディアのことを、どうか連れていってください」
街の真ん中にある広場の噴水前で向き合うと、リカルドはベルナルドに頼む。
「勘違いなさらないでほしいのです。きっとこの街の住人からクラウディアはのけ者だと聞いているでしょう。しかし我々は妹を愛しております」
「わかっています。お会いするまで誤解しておりました」
ベルナルドは首を横に振る。
想像と違ってクラウディアの家族は、クラウディアを想っていた。
正直、陰湿な家だと想像していたのだ。
まるで実の娘のように、ナタリーは可愛がっていた。腹違いでもリカルドもロレンツィオも、妹として可愛がっているようだった。
市長は妾の子だからクラウディアの人格は歪んでいると言ったが、あの家にクラウディアが歪む要因などない。
そもそもクラウディアは歪んでなどいない。
街の住人には嫌われてしまっていても、家族がクラウディアを理解している。
「クラウディアがこの街を愛して離れたがらない理由は、愛してくれる家族がいるからなのですね」
愛する家族がいるからこそ、他の人々に嫌われてもこの街に留まる意志が固い。
「出る杭は打たれる。才能がありすぎては、理解されにくい。自分とは違いすぎる者は嫌う、或いは崇める。この街の大半が悲しいことにクラウディアを嫌う。勇者様はどうやら崇められる方のようですが……貴方ならばクラウディアを理解していただけるでしょう?」
吹き上がる噴水を眺めながら、リカルドは微笑んだ。
ベルナルドならば、理解してくれる。
平凡とかけ離れたクラウディアのことを、同じ平凡とかけ離れたベルナルドだからこそ、旅に連れていく申し出を受け入れたい。
「幼すぎるクラウディアには、家族から離れることは酷かもしれない。しかし貴方のお誘いは最高で最大のチャンス、これを逃してはクラウディアはこの街に閉じ籠ってしまうかもしれません。私には出来ませんね。貴方なら出来るでしょう。クラウディアの世界を広げることが……」
リカルドは空を見上げるように広場を見回した。
そこはまるで世界から隔離された空間。
クラウディアの世界はこの空のようだ。切り取られてしまっている。
切り取られた世界を広げることは、クラウディアにとって必要だ。そしてそれが出来るのは、ベルナルドだ。
「……僕も彼女には世界を見てほしいです。広い世界で、自分の価値あるものを見つけてほしいのです。家族以外のなにかを手にしてほしいから、旅に連れていきたいのです」
自分と同じく探してほしい。
ここに留まって閉じ籠ってしまう前に、連れ出して世界を見せたいのだ。
家族しかいない彼女に、価値あるものを見付け出してほしい。
才能ある彼女には、可能性が多くある。
望むものをクラウディアには見つけてほしい。
それはリカルドも同じだ。
「クラウディアの帰る場所が、私達の家です。それは覚えてください。そしてクラウディアが迷ってしまった時に、教えてあげてください」
「……はい」
微笑みを向けるリカルドに、ベルナルドも微笑みを返した。
帰る場所がある。
それだけは、ベルナルドが持っていないものだった。
だから微笑みは薄くなる。
「貴方の帰る場所にもなりうるでしょう」
「!」
ベルナルドが孤児だと知っているリカルドは、心情などお見通しと言わんばかりに笑った。
婚約をすればいずれ、ベルナルドはクラウディアと結婚することになる。
謂わば家族が出来るということだ。
「クラウディアの説得を、頑張ってください。本当に嫌ならばクラウディアは阻止にかかるでしょうが……契約書を破らない辺り満更でもないはずだ。あとは貴方が彼女をその気にさせられるかどうにかかっております。ご健闘をお祈りします」
未来の義理弟の肩を叩いて、リカルドは広場を歩き去る。
ベルナルドはその後ろ姿を見送った。
それから胸に手を当てた。じんわりと熱い。
クラウディアの家族は、いい人達だ。クラウディアに向けられる愛はとても優しい。
クラウディアが守っていたのは、街ではなく家族だった。
優しい愛で居場所を作ってくれた家族だった。
ベルナルドにはいない家族。
「……本当に賢くて……素晴らしい子だな…………クラウディア」
クラウディアの笑顔を思い浮かべたベルナルドは柔らかい笑みを溢した。
自分がクラウディアに何かを与えるつもりだったのに、ベルナルドは彼女にこの胸の熱を与えられたようだ。
その午後にクラウディア・ツヴェットがベルナルドを訪ねてきた。
宿のラウンジのテーブルについて、二人はと向き合う。
その場にはベルナルドの仲間である四人の魔術師と、五人の騎士もいた。
ベルナルドからクラウディアとの契約の件を聞いていた一同は、クラウディアを見張るように見る。
ベルナルドの婚約者になる存在。一同は、騒然とした。あまりにも唐突すぎる。
そして相手は、十歳にも満たない少女だ。正確な年齢は七歳である。
「婚約の件、考え直してもらいたくてきました」
「…………」
今朝から温かい気持ちだったベルナルドだったが、クラウディアの開口一番に温かさをなくした。
クラウディアが阻止してきたようだ。つまりは乗り気ではないということ。
「私が結婚にいき遅れることはないと確信していたのでしょう。そのあとにお父様が婚約しろなんて言うから、頷くしかなかったのでしょう? 私からもお父様にお願いしますので、契約は直してもらいましょう」
「……君は僕との婚約がそれほど嫌なのかい?」
「まさか」
遠回しではなく直球でベルナルドはクラウディアの本音を問う。そうしたらクラウディアは目を丸めた。
「ベルナルド様と婚約を嫌がる理由なんて、他に愛する人がいる以外ないでしょう。私にはいません。ベルナルド様は最良の結婚相手、よっぽどのバカではなければわかることです。しかしだからこそ、私がベルナルド様のお嫁さんになれるのは幸福ではありますが、ベルナルド様は役不足でしょう? 普通の街の警官隊の娘が妻なんて。ベルナルド様にはもっと最良の結婚相手がいるはずです」
最良の結婚相手。
少女の口から出たワードに、ベルナルド以外の一同は困惑した。きっと中身には大人の女性がいるに違いない。一部はそう考えた。
「……クラウディア。僕が勇者だから、最良の結婚相手だと言うのかい?」
「勇者だから、というわけではありません。ベルナルド様は、素晴らしい方だと印象を抱いております。貴方の人柄があり、そして才能があるからこそベルナルド様は素敵な方で最良の結婚相手だと思っています」
「……つまり、君は建前でなく、僕との結婚は嫌ではない。寧ろ喜んでしたいと?」
「はい」
にっこりとクラウディアは微笑んで頷いて、ベルナルドの質問に答える。
ベルナルドはホッとした。
クラウディアは結婚を嫌がっていない。ベルナルドの人柄も評価していて、出来ることならば結婚を望んでいる。
温かさが戻った。
「僕も同じだ、クラウディア。君を最良の結婚相手だと思う。こうして僕のことを考えてくれているのは、君が思いやりのある素敵な子だからだ」
「光栄です、ベルナルド様」
ベルナルドもクラウディアとの結婚を望む。それを微笑んで伝えれば、クラウディアは頬を赤らめて喜んだ。
「しかしベルナルド様、婚約と旅は別です。婚約のために旅に出るのは理由が不純すぎます。交換条件である婚約の件は置いておいて、旅の件を話しましょうか。私を旅に連れていく目的は、この街を離れて世界を知り目的や価値を見付けてほしいからですよね。それと才能を生かすためですか」
甘い雰囲気に浸ることもなく、クラウディアはサッと婚約の件は解決ということにして旅の件を出した。
「私の意思は変わりません。ベルナルド様、どうか諦めてください」
「まだ旅の話をしていない。君の気を引く努力をさせてほしい。魔王の城までの旅の話を聞いてくれ」
「……ベルナルド様、私がその気になるまで説得を続けるのですか?」
「ああ」
「……暫く滞在するおつもりなのですか?」
「ああ。君は許可してくれた」
「それは休養のためであり、私の説得のためではありません」
クラウディアは困った表情を浮かべる。想像以上に魔物討伐の度の妨げになっているようだ。
ベルナルドの決定に逆らえない一行をちらりと一瞥した。
この頑固なベルナルドは成功するまでこの街を発たないと理解している一行は、様々な表情をしている。
クラウディアに関心を持っていたり、迷惑に思っていたり、主に後者のようだ。
「私の同行に賛成の方はおりますか?」
「はいっ!」
念のため確認してみれば、真っ先にベルナルドと同じくらいの歳の少女が元気よく返事をして手を上げた。
魔術師のジェルベーラ・ジリオ。
緩やかなカールがついた長いブロンドの持ち主だ。
「魔術の腕前も申し分ないと思いますし、ベルさんのお墨付きですから、賛成です」
「彼女は、ジェルベーラ・ジリオ。十三の時に魔術の才能を認められて孤児院から、都心の魔術学園に移って通っていたんだ」
「魔王の城から帰ってきたベルさんにスカウトされて旅に参加しました。実はベルさんと同じ孤児院にいたんですよー。でも二人してあまり人と積極的に関わるタイプじゃないから、学園で初めて会った感じー。でも勇者と同じ孤児院出身は嬉しいかなー」
ベルナルドがクラウディアにジェルベーラを紹介した。
人と積極的に関わるタイプではないと言う割りには、とても明るい印象を抱くとクラウディアは思う。
にっこりと愛らしい笑みを浮かべているが、少しだけ緊張で強張っていた。
「噂で存じ上げております。天空の神の僕に好かれているお方だとか」
「そう、そうなの! それが私の才能なんだぁ、才能とは言いがたいかもしれないけれど」
「いえ、精霊に愛されるということは才能がある証です」
「そ、そうかなぁ、えへへ」
気難しい天候の精霊に仕える風の精霊に愛されている少女がいる。
それはクラウディアも噂で聞いていた。
最も彼女の噂は、その才能より別のことに注目されている。
ジェルベーラは人見知りとクラウディアは判断した。
一度打ち解ければ問題ないが、打ち解けるまでが彼女には苦痛なのかもしれない。
クラウディアに才能を認められて、安堵したジェルベーラは緊張を解いて照れた笑みを溢す。
そんな二人を傍観していた一同は、二人の年齢を交換した方がいいと思えた。
ジェルベーラは十六歳、クラウディアは七歳。交換した方がしっくりくるだろう。
クラウディアは、ジェルベーラが有名な理由である人物を捜した。
ベルナルドの後ろの席に、彼を見つける。
予想をしていた黒髪の彼は、口角を上げた。
「ご両親の許可があるならば、オレは反対しない。ジェルも賛成なら、俺も賛成だ」
「お会いできて光栄です。エリオット殿下」
騎士の格好をしたエリオット・ヴィテンピオは、国王の息子だ。
クラウディアは立ち上がり、お辞儀をして挨拶をした。
彼こそが、ジェルベーラを有名にした原因である。
にっこりと茶目っ気のある笑みをジェルベーラに向けると、彼女はサッと視線を逸らした。
「お噂は事実なのですね。ジェルベーラ様に恋をなされていると」
「ああ、事実だ」
「ちょっ……殿下、認めないでくださいっ」
「事実だ。君に恋をしている。好きだよ、ジェル」
クラウディアに肯定を示したエリオットは、視線を合わせたジェルベーラに愛の告白をする。
甘い甘い笑みを向けて。
ジェルベーラは頬を赤らめて、恥ずかしさのあまり視線をあちらこちらに泳がせた。
「ジェルベーラ様を追い掛けて旅に加わったのも事実のようですね」
「ああ。離れたくなくてな。ベルナルドのように婚約者にしたいが、どうも承諾してくれない。ベルナルド、コツはなんだ?」
「…………粘る?」
ベルナルドとは親しいのか、エリオットは肩に腕を回して問う。
コツと問われてもわからないベルナルドは曖昧に答えた。
「いいえ、ジェルベーラ様は風の精霊に愛されるくらいです。自由を愛して束縛を嫌う方でしょう」
「そうなんだ! ジェルは妃になっては身を縛られると拒否する! 話に聞いた通り洞察力が優れているな、クラウディア」
「お褒めの言葉、有り難くいただきます」
国の王子にまで褒められて、クラウディアは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「私が思うに、条件を出せばよろしいと思います。ジェルベーラ様が窮屈だと感じない環境を与えると約束するなら、彼女は愛する自由を堪能しながら殿下と寄り添えるでしょう」
「なるほど! オレが努力をすればジェルは逃げ出さないのか! なんて頭がいいんだ、ありがとう。クラウディア」
「お力になれて光栄です。殿下」
解決案を聞いてぱあっとエリオットは目を輝かせた。
縛られることを嫌がり逃げてしまうならば、そう感じない環境を与えればいい。
「ちょ、ちょっとっ、それでも私は、妃とか無理ですっ!!」
「それは努力するものだ。オレはそばにいてやる」
「い、嫌だってば!」
席から立ちエリオットはジェルベーラに狙いを定めた。聞いていたジェルベーラは真っ赤になりながらも首を横に振る。
「ジェルベーラ様は、殿下に対して嫌悪感を抱いておりませんね。殿下との結婚に抵抗があっても、想いがあるのですね。恋愛結婚が出来ることは幸せだと思えば、義務も職務も苦痛は軽減すると思います。自由を愛するほど、陛下を愛しておりますか?」
「あ、あいっ、なんてっ……そんなっ」
クラウディアはジェルベーラの想いを暴く。
ジェルベーラは更に顔を赤くした。てっきりエリオットが一方的にジェルベーラに付きまとっている認識していた一部が、驚いた目を彼女に向けたからだ。
ジェルベーラの気持ちはお見通しのエリオットはニヤリと笑う。
あとはジェルベーラが決心するだけだ。
「ちっ、違うもんっ!!」
「またそうやって逃げるな!」
堪えきれなくなりジェルベーラは逃げ出した。
こうしてクラウディアは心情や秘密を暴いて、カップルや夫婦を破局や離婚に追い込だのだろう。ベルナルドは感心する。破局や離婚の原因は、暴いたクラウディアにもあるが元はそのカップル達のものだ。
クラウディアには悪気はない。
直ぐ様追い掛けるエリオットは「クラウディア、歓迎する!」と一言だけ言い残して宿を飛び出す。
まだ行くと決まったわけではない。
しかし決定権を持つベルナルドとエリオットの決定を覆ることは出来ないだろう。
ベルナルドはクラウディアが首を縦に振るまで滞在する気だ。
クラウディアは逆に諦めるまで説得しないといけない。
「魔物討伐より優先すべきことだとは思えません。どうしてそこまで私に執着なさるのですか?」
魔王を捜しながら魔物退治をする人々を救う旅を中断してまで、クラウディアを引き抜こうとする納得いく理由を求めた。
クラウディアには理解ができない。
どんなに洞察力があっても、ベルナルドのその執着の意味がわからなかった。
魔物退治なら戦力は十分のはずだ。
会ったばかりのクラウディアに、そこまでする理由なんてないだろう。
問われたベルナルドは目を瞬かせる。
どう答えればいいかわからず、少しの間沈黙した。
クラウディアを見つめてから、やがて口を開く。
「わからない。ただどうしても君を……欲する強い感情が湧く。これは恋と言うのだろうか? この感情は"好き"という想いなのだろうか?」
クラウディアが欲しい。
どうしてもそばにいたい。いてほしい。
だからクラウディアを誘う。
エリオットと同じだと口にしてベルナルドは気付いた。
エリオットがジェルベーラに抱くものと同じならば、ベルナルドはクラウディアに恋をしているのか。
「子どもの私に問われても返答に困ります」
瞬いたクラウディアは、生まれて初めての告白に戸惑ってそう返した。
他人を観察して感情や嘘を見抜くクラウディアは、恋を経験したことがない。
ジェルベーラやエリオットは想いがあると見抜くことができたが、ベルナルドは別だった。
ベルナルドは見抜けない。
違う。自分に向けられる想いが、見抜けないのだ。
恋をされた経験がないのだから。
首を傾げてクラウディアはベルナルドを見つめ返した。嘘はついていない。
周りにいる一同は、ベルナルドの告白にただただ呆然とするのだった。