出会い
前世の記憶持ちで幼少期から頭のいい女の子は、大好物です!!
が、今回は前世は関係なく頭のいい女の子を書いてみました!
私の中で最小年ヒロインでございます!
苦手な三人称で、天才ではない私が、頑張って背伸びをして楽しく書いてみました!
未熟ですが、楽しんでいただけたら幸いです!
ヴィラヴェロナは至って普通の小さな街と評価されるだろう。住人も平凡で退屈だと言う。
しかし少女はこの小さく平穏な街が好きだ。
だからこそ、少女はこの街に留まる。まだ十才にも満たない幼い歳ながらも他所で暮らす知恵や才能があっても、少女はヴィラヴェロナを出ようとしなかった。
例え街の人々に嫌われていようと、少女はその平穏を守っていた。
その国は魔王の配下にある魔物の被害を受けていた。人々は魔王の存在に怯えていたが、希望が射し込んだ。
魔王を倒せる存在が現れた。
膨大な魔力を持つ少年は勇者と呼ばれ、魔王と魔物の討伐の旅に出て街を転々と尋ねていた。
ヴィラヴェロナも例外ではなく、勇者がついにこの街に訪れたと少女の耳にも入った。
真っ先に少女は、勇者の元へ向かった。
煉瓦を敷き詰めた華やかな模様の道を蹴り、茶色の煉瓦の建物が並ぶヴィラヴェロナ市街を駆けていく。
赤みの強い茶色のドレスが風に揺られた。赤いブーツはカツカツと煉瓦とぶつかり音を鳴らす。
小さな少女とすれ違った住人は、呆れた目を向けては見なかったことにする。
ウェーブのついた栗色の髪を靡かせながら、少女は人目も気にせず東側の入り口に向かった。
東側にある宿屋で少女は足を止める。先ずは宿屋で部屋を取ると推測したが、宿屋は静かだった。
勇者が来たのなら、騒がしくなる。まだ勇者は来ていない。
ならば、ここに来る最中か或いは食事を摂るために何処かの店に寄っているかもしれない。
少女はまた走った。
直ぐに少女は勇者を見付けることが出来た。
武装した仲間と市長と共に、勇者は道の真ん中に立っている。
白金髪で青と緑のオッドアイを持つ容姿端麗の少年。歳は十七歳。
白いYシャツに深海のような青い色のベストと、黒いズボンと黒いブーツ。
腰にはルビーの宝石が嵌められた剣をかけている。
笑顔ではなく駆けてきた少女を無表情のまま見るその少年が、勇者だということは少女にはわかった。
少年の大きな魔力を感じ取ったからだ。
「お会いできて光栄です、勇者様」
ドレスの裾を摘まみ上げて、少女はお辞儀をした。
挨拶もそこそこに愛くるしい顔を上げて、少女は少女らしかぬ強い眼差しで五十センチ近く身長差のある勇者を見上げる。
「いきなりですが、無礼と承知で申し上げます。この街は平穏でございます。勇者様ご一行がご活躍されるような事件は一切ありません。なので次の街へ、どうぞ向かってくださいませ」
幼い声は丁寧かつ雄弁に、勇者一行を追い返す言葉を突き付けた。
今まで歓迎されて街に迎え入れられていた勇者は、ポカンと口を開ける。勇者と共に死闘を繰り広げてきた騎士や魔術師も、異様な少女に呆気に取られた。
市長やお付きに野次馬は、うんざりした顔で頭を抱える。
「お気になさらないでください、勇者様。風変わりな子どもの戯言です」
「お言葉ですが、市長。この街は魔物被害がないはずです。勇者様の手を煩わせて時間を無駄にしてはご迷惑でしょう。彼らの助けを必要とする街は他にもあるのですから」
小太りの市長が自分の手を落ち着きなく擦りながら、苦笑を浮かべて相手にするなと勇者に言うが、引かない少女は切り返す。
「被害が全くないというわけでは」と市長が弁解しようとするが、勇者の視線は少女に戻る。
少女は瞬きをすると未発達の胸の前で腕を組んだ。
「いえ、折角お越しいただいたのですから、一時の休息として居てくださいませ。気を休めるにはもってこいの静かな街です。ごゆっくり」
にっこりと、可愛らしい笑みを浮かべて少女は掌を返して今度は留まることを勧めた。
もう一度お辞儀をすると、背を向けて歩き去る。
一同は彼女の後ろ姿をただただ呆然と見送った。
「……本当に申し訳ありません、勇者様!」と市長とお付きが謝罪する。
「彼女は一体?」
「クラウディア・ツヴェットです。彼女は頭がいいですが……なんというか、ひねくれ者。いや、変人なんですよ」
汗を拭いながらも市長は勇者に答えた。
少女の名前は、クラウディア・ツヴェット。
野次馬もクラウディアにいい印象がないという表情をする。
「父親はこの市街警官隊で、母親は酒場のウエイトレス。頭が良くて学校要らず、どうも目利きがよく人の心を読むのです」
「……人の心を読む?」
「洞察力が優れているのでしょう。嘘や隠し事を見抜く天才なんです。それだけならば天才少女で済むのですが、妾腹でして父の元で育てられた……そのせいか性格が歪んでおりましてね。才能を使って遠慮なしに言いたい放題で、二組の夫婦と二組の恋人が離婚と破局に追い込まれました」
あの少女は嫌いだと言わんばかりに、市長は嫌悪感を露にして話した。
市街警官隊の父親が持つが、母親は浮気相手。父親は既婚者で、産まれたクラウディアは腹違いの娘としてツヴェット家に入れられた。
ツヴェット家でクラウディアは快く歓迎されなかったのだろう。
故に性格は歪んでいる、というのが市長の会見だ。
勇者は疑問に思う。
嘘や隠し事を見抜く天才が、破局や離婚に追い込んだというのは悪く言い過ぎだろう。
単に嘘や隠し事を言い当てただけではないのか。
「さぁ、勇者様。この街の名物を召し上がってください」
市長はクラウディアの話を片付けて、案内に戻る。
しかし勇者の意識は、クラウディアに向けられていた。
「感じたか? トマス」
「何をですか?」
勇者は魔術師のトマスに問う。その返答で勇者はトマスが感じ取っていないと理解した。
「あの少女、魔力を隠していた」
「先程の風変わりな少女がですか? そんなまさか、子どもが魔力を隠すような器用な真似……」
出来るわけがない。
面白い冗談だとトマスは笑おうとしたが、勇者は真面目な顔のままで見据えるような眼差しを向けてくる。冗談ではなく、事実を言っていると気付いて言葉を失う。
「先に行っていてくれ。彼女と話を聞いてみる。もしかしたら魔物からこの街を守っているから、僕達は必要ないと言ったのかもしれない」
「そんなまさかっ……あんな小さな娘が魔物となんて。あの少女は変人だと市長も仰っていたじゃないですか」
「僕はそうは思わない。彼女は単に真実を述べていただけだろう。嘘を見抜く才能なら、嘘を見抜いて結果破局させてしまっただけだ」
「意図的にそう追い込んだのかもしれません」
「いや、彼女はそんな娘には見えなかった。僕達を気遣っていたじゃないか、きっと無駄な時間を遣わせまいと走ってきて教えてくれたんだ。この街が好きみたいだし、礼儀正しかった。誤解されているだけだろう。話を聞いてくる」
勇者は自分の目を信じる。他人の言葉を真に受けない。無頓着なところもあるが、少々頑固でこうと決めたら実行に移す人だ。
トマスもクラウディアを変だという印象を持ったが、勇者は違う。
一人クラウディアを追い掛けた。
微かに感じるクラウディアの魔力を追い掛けて街を進む。
歩いていたクラウディアには直ぐに追い付けた。
クラウディアは栗色の髪を揺らして振り返る。翡翠の瞳で勇者は見上げると首を傾げた。
「クラウディア。詳しい話を聞いてもいいか?」
「……何のお話でしょうか?」
名前を呼ばれてクラウディアは怪訝に眉間にシワを寄せつつも、聞き返した。
「魔物の話だ。クラウディア」
「……あの、勇者様。失礼ですが、私の名前を勝手に呼ばないでください。私はまだ名乗っていない上に、貴方も名乗っていません。不公平です」
腰に手を当ててクラウディアは威風堂々とした態度で、勇者に名乗るように要求する。
二回瞬きした勇者は、ごもっともだと納得した。
「すまない。勇者様と呼ばれることに慣れてつい名前を名乗り忘れてしまって」
「勇者様は通り名ですからね。クラウディア・ツヴェットです」
「ベルナルド・アウレリアヌスだ、よろしく」
クラウディアから名乗り手を差し伸ばす。勇者のベルナルドも名乗り、クラウディアの小さな手を握る。
微笑みを浮かべたクラウディアは、ベルナルドの大きな手を観察するように見た。
そのまま目を動かして、ベルナルドの足元からジッと眺めてそれから顔を見上げる。
ベルナルドはその視線に気付いて、きょとんとした。
「ベルナルド様は、孤児院育ちと聞いております」
「ああ、その孤児院は魔物の襲撃で焼け落ちもうないが……」
「その件がトラウマにでもなりましたか? にこりともしないそのお顔」
「……いや、愛想がないのは元からだ」
「そうですか。その件に触れても恐怖や憎しみが見えないので、魔王退治は復讐ではないのですね」
ベルナルドの表情を見張り、クラウディアは推測する。
勇者のことは、噂で大まか知っていた。
出身は国の隅の街にある孤児院。三年前に魔物の襲撃により焼け落ちた。
魔物は全てベルナルドが倒したことで、注目を集めて魔王に匹敵する力量と判断されて国王直々に討伐を頼まれたという経緯は常識の範囲だ。
ベルナルドの表情は変わらないため、クラウディアは孤児院が焼け落ちたことが引き金で魔王退治を決意したわけではないと理解した。
「国を世界を救うためにしては……ベルナルド様からは熱意を感じませんね。それは元から感情を顔に出さない性分だからなのか、或いは感情を隠すことが上手い大嘘つきかのどちらかですね」
クラウディアはにっこり笑って言い放つ。
勇者に向かって大嘘つきかもしれないと言った。
ベルナルドはポカンとして小さなクラウディアを見下ろす。
成る程、こういう発言で破局や離婚を招いたのか。
納得しつつ、ベルナルドもクラウディアを観察した。
どこか得意気な笑みは、悪気が見えない。
やはり、クラウディアには悪気がないようだ。
「君はどちらだと思う?」
「さぁ、もう少し貴方を知らなければわかりませんね。ただわかることは、貴方がお仲間と違って私に興味を持たれていることですね」
栗色の髪を揺らして首を傾げたクラウディアは、悪戯っぽく笑いかけるとベルナルドの手を引いた。
「立ち話もなんですし、お腹が空いているのならば私がお勧めするお店で食べながらお話ししましょう」
「……それがいい」
ベルナルドはクラウディアの提案に了承してついていく。
クラウディアが勧める店は、そう遠くはなかった。
派手ではなく地味なレストランで、亭主は小太りで顎髭の男性。木々で作られたカウンター席に座り、クラウディアはステーキを注文した。
「魔物の件ですよね、それならば市長に聞いたでしょう?」
「市長は魔物被害があると言い、君はないと言った」
「魔物被害がありません。市長が言っているのは先月魔物の仕業と疑われている殺人事件です。しかしそれは魔物に罪を着せた人間の仕業です、獣のように引き裂かれた遺体を見ると警官隊は直ぐに魔物と判断してしまうのですよ。警官隊の父には言ったのですが、容疑者も見付けられなかったので犯人は魔物と決定のようです」
気に入らないと言わんばかりに、クラウディアは頬を目一杯に膨らませた。
「クラウディアは何故魔物ではないと思うんだ?」
「この街には魔力を感知する人間は私しかいません。犯行があった日に魔物は街には近付いていませんでした」
「……君は魔力を感知するほどの力量があるのだな。もしや、この街が魔物被害にないのは君が追い払っているからではないのか?」
「その通りでございます」
亭主から出された水を飲みながら、ベルナルドが問えばクラウディアは平然と返す。
ベルナルドの思った通り、クラウディアが魔術で一人この街の平穏を守っていた。
「ずっと、一人で?」
「魔術は簡単ですからね、魔物は単純ですし。強い魔力に引き付けられて寄ってくるので、出来ればベルナルド様や仲間の魔術師には魔力を隠していただきたいのです。まさか魔力の抑え方を知らないわけではありませんよね?」
「知っている。仲間にもそうするよう話しておく」
小さな少女の小馬鹿にしたような発言も、不快に思うことなくベルナルドは頷いた。
「つまりクラウディアは僕達に気を遣ったというより、魔力が強い僕達に街に滞在されると魔物を引き寄せてしまうから、追い出したかったのか?」
「それもありますが、切実に勇者様達の助けを求める人々が他にいるでしょう? この街は私で事足りますので」
クラウディアは誤魔化すことなく正直に話す。
嘘をつかない質だ。
ベルナルドはそう思った。
思ったことを口に出し、嘘を言わない少女だろう。
「一人で魔術を覚えて、魔物を追い出すほどの才能がある君が……何故都心に来ない?」
「私は世界を救う意欲を持ち合わせていませんし、この街を出る気もございませんから」
クラウディアの歳で魔術を使いこなし、実践でも活用しているということは、正真正銘の天才だということだ。
魔術の才能があるならば、都心で成功を納めることができるだろう。城の魔術師になるなり勇者一行に加わるなり道は様々。
最年少の天才魔術師と持て囃されること間違いなしだ。
しかし、当の本人に野心などなかった。
この街を出て都心に行くつもりも有名になるつもりも毛頭ない。
「世界を救うならば、ベルナルド様がいらっしゃいます。貴方ならば魔王を倒せると国中が信じています。……そう言えば、何故勇者と呼ぶのでしょうかね。勇ましいから? 殺し屋と呼んでは印象が悪いからでしょうかね?」
勇者を殺し屋と並べるクラウディアに、亭主は怪訝な顔になりつつもベルナルドにステーキを出した。
「英雄扱いだから、殺し屋とは呼ばないのだろう。魔王も見付けられず、ただ街を渡り歩いて魔物を退治しているだけなのだがな……」
亭主に軽く頭を下げると、ベルナルドはナイフを手にする。
ベルナルドは魔王を倒すべく、魔王がいると聞いた城に向かったが誰もいなかった。
魔物の王族が住む城のはずが魔王どころか使用人も家来もいなく、現在勇者一行は街を渡り歩いて魔物を退治しながら魔王を探す旅をすることになったのだ。
それもクラウディアは噂で聞いていた。
「そもそも魔王を倒して世界を救えるのかどうか、私は疑問です」
「え?」
「魔王が魔物の王で我々の脅威ならば、魔王は魔物の軍勢で攻めてくるでしょう。魔物が束になれば我々人間は絶滅に追いやられる、しかし魔王の軍の存在は噂に聞いたこともありません。魔王を倒すだけで本当に世界は平穏を取り戻せると思う根拠はあるのですか?」
ベルナルドは面食らう。
魔王退治に疑問を持つ人間がいたとは、意外だった。
魔王は軍を率いて人間の国を攻めてきたことは一度たりともない。人間を支配するという声明も、全滅させるという声明も出していなかった。
魔物の頂点にいると認識されている魔王族さえ倒せば、魔物被害をなくせるとは到底思えないとクラウディアは言う。
「知恵のある魔物は、人型で人間とそう変わりがないと聞いております。魔王も恐らく人型でこちらの知識はあるでしょう。命を狙う勇者のことを耳にしているはずなのに襲撃も交渉もないということは、魔王は何の興味もないのでしょうね。或いは存在しないのかもしれません。存在するのならば、この国の何処かで人間として暮らしているでしょう。きっと人型の魔物は皆が人間としてこの国にいるでしょうね」
驚かすように意地悪な笑みを浮かべてクラウディアは、呆気に取られるベルナルドに続けて言った。
「人型の魔物は人間の国に紛れて生活していると仮定すると、魔王は国を滅ぼさないことに納得出来ます。そもそも魔王に獣型を操る力はないのでしょう。人間に危害を加える魔物はいつだって獣型、獣型は魔王のペットではなく野生の猛獣に過ぎないと私は認識しております。だから人型の魔物と獣型の魔物は別物と考えるべきだと思うのです。ベルナルド様はどう思われますか?」
一人雄弁に話していたクラウディアは、ここでベルナルドの意見を求めた。
「……君は賢い子だ」
ベルナルドは魔物についてではなく、クラウディアを見て思ったことを口にする。
今度はクラウディアが目を丸めてきょとんとした。
やがてベルナルドの言葉を褒め言葉と受け取り、頬を赤らめて愛くるしい満面の笑みを浮かべた。
「ベルナルド様にお褒めいただき光栄です。正直、勇者様は魔物退治しか脳のない頭の悪い方だと思っておりました!」
一言余計な発言をしたが、ベルナルドはやはり不快にはならなかった。
それはクラウディアの可愛らしい笑みに見惚れていたせいかもしれない。
ベルナルドは右手を伸ばして、そっとクラウディアの頭に手を乗せる。髪を撫で付けるように、クラウディアの頭を撫でた。
クラウディアは上機嫌で嬉しそうな笑みを溢す。
それを見てベルナルドも微笑んだ。
「あら、笑える方なのですね」
顔立ちが整っている顔が微笑みを作ると魅力的だ。クラウディアはまたベルナルドを見定めるように観察して見つめる。
「ああ、笑えるよ。君は正しいと僕は思うが、この国は魔物は全て敵と認識をしている」
「なら何故魔王討伐の旅に?」
「魔物を退治するためだ。魔王を見付け出せる確率は低いが、魔王を探し回るだけではなく魔物を退治して人を助けることにした」
「そうですね、命を狙う相手に魔王だと正体を明かしませんから、霧を掴むようなものです」
ベルナルドはステーキを切り取ったが、手を止めてナイフとフォークを置いた。
それを目にしたクラウディアは、何か大切なことかと思いグラスを置いて見上げる。
「……僕には何もない。他に出来ることもない。だから僕の力で人を助けながら、探しているんだ。なりたい自分を。これは自分探しの旅でもあるんだ」
俯いた左右色の違う瞳が、ほんの少し悲しげな色を帯びてクラウディアに向けられた。
そのベルナルドから目を離さず、真っ直ぐにクラウディアは見つめる。
見定めるように真剣に耳を傾けるクラウディアを、ベルナルドはただ黙って見つめ返した。
やがて、ふわりと緩やかにクラウディアは微笑みを浮かべる。
「紛れもない本音で、事実ですね」
ベルナルドの本音と見抜いて、得意気に笑うクラウディア。ベルナルドはそれを見て安堵を覚えた。
「人のために魔物退治をすることは悪いわけではありませんが、一生他人のために尽くしてはきっと死ぬ時に後悔します。自分のために、自分だけのための何かを得たいという気持ちはわかりますわ。ベルナルド様に勇者という肩書きを取ると、本当になにもありませんから、探して当然ですね!」
勇者という肩書きがなければ何もないと、笑顔ではっきり言ってしまうのは余計だ。
だがやはりベルナルドは不快にはならなかった。
それは自分が認めている事実。ベルナルドには何もない。財産も家族も過去も、何もかもない。
だからこそ、探している。
勇者という肩書きではなく、他のものを探す。自分というものを、自分のかけがえのないもの。
勇者はあまりかけがえのないものとは言えない。執着などないのだ。
クラウディアが初めに見抜いたように、勇者としてあることに熱意はないのだ。
「……君は賢い子だ」
「お褒めいただき光栄です。見付かるといいですね、自分」
「…………ああ」
軽く頭を下げて応えると微笑むクラウディアに、ベルナルドはそっと微笑み返す。
「……ベルナルド様、この街にいる間は羽を休めていてくださいませ。ごゆっくりどうぞ。失礼します」
不意にクラウディアの視線がベルナルドから外れた。まるで見張るように何処かに目を向けたままクラウディアは、休むように言うと椅子から降りる。
「クラウディア?」と呼び止めようとして、ベルナルドは気付く。魔物の気配が街に近付いてきている。
クラウディアは店を出てしまった。
一人で対処するつもりだ。
「すまない、口にすることが出来ず申し訳ない」
ステーキは一口も食べていない。申し訳なく思い亭主に謝罪をしてから、お金を置いてベルナルドはクラウディアを追い掛けて店を出た。
「クラウディア、待つんだ」
「ベルナルド様は休んでいてください」
「君を一人で行かせられない、僕が退治する」
「いいえ、だめです。私が退治します」
追い掛けてきたベルナルドをクラウディアは鬱陶しそうに見上げながらも、歩調を速める。しかしベルナルドは引かずにクラウディアを追い抜こうとした。
クラウディアは有言実行するために地面を蹴り飛ばして走り出す。
出遅れたがクラウディアより大きいベルナルドは容易く追い付いた。
それを見てクラウディアはますます不機嫌な表情となる。
「私の邪魔をしないでください!」
薔薇の庭園を横切るとクラウディアは振り返り「愛の女神よ、我に美を与えたまえ」と唱えて左手を振る。
唱の魔術。魔力と引き換えに精霊から力を借りた。
愛の女神は、植物の精霊を指す。
庭園の薔薇の蔓が束になり、ベルナルドの足を拘束した。
ベルナルドは直ぐ様腰の剣を抜いて薔薇を切り裂こうとしたが、クラウディアは既にその行動を読んでいた。
煉瓦の道に両手をつくと、地面は揺れて煉瓦から巨人のような手が出る。煉瓦の手だ。
その手がベルナルドの腕を掴み、動きを封じた。
これは陣の魔術。
脳裏に浮かべた陣を魔力で触れたものに刻み込み、自在に操るもの。
これを扱うには先ず、陣を鮮明に的確に暗記しなければならない。三重或いは四重の円の中に古代文字が並べられ、六角形または太陽の模様が描かれる複雑な陣を脳裏に浮かべ、そして操るものを動かすイメージが出来なければならない。
訓練を積まなければ、陣を浮かべたあとに自分の身体を動かすように自然にイメージ通り動かすなど出来ない。
だがクラウディアは間を開けることなく、煉瓦の手を操った。
まるで唱の魔術をしたように、速やかに発動したのだ。
ベルナルドが驚いて目を見開いていれば、クラウディアは勝ち誇った笑みを浮かべて走り去った。
「……ふむ……天才だ」
唱の魔術と陣の魔術。魔力の浪費は少なくないはずなのに、平然と走り去った。
彼女の年齢の子どもには到底不可能だ。
彼女はやり退けた。
師を持たないにも関わらず、一人で学びそして覚えた。まるで言葉を覚えたように、不自由なく使っている。
紛れもない天才だ。
クラウディアは簡単と言い退けたが、魔術は文字を覚えて声に出すという単純作業ではない。
魔力は気力と似たもので、発動する度消費される。陣の魔術は手間取れば悪戯に魔力を削られて大きな疲労だけが残るはめとなるのだ。
精霊の力を借りる唱の魔術は、精霊が見向きもしなければ発動しない。
「俺が現れなければ、遅かれ早かれ彼女が勇者として持て囃されていただろう」
魔王を倒せる逸材。
ベルナルドは一人言を呟きながら、自分の身体を拘束する蔓の束と煉瓦の手を見た。
魔術の中で最も簡単な術は、武器に魔力を込めて強化するもの。
ベルナルドは工夫をすることにした。
右手に持つ剣に魔力を込めて、そして陣を脳裏に浮かべる。
剣に込めた魔力を操る。
魔力は鋭い刃となり、鞭のようにベルナルドを拘束するものを切り裂いた。
解放されたベルナルドは剣を一振りすると鞘に納めて、再びクラウディアのあとを追う。
辿り着いた場所は、西側の街を抜けた森の中だ。
一匹の巨大な猪のような魔物が、一回り小さい魔物を数匹引き連れていた。
毛の色はエメラルドグリーンで、鼻の上にある一角は血で汚れている。
瞳の色は銀。魔物の証である。
ベルナルドは召喚の陣を脳裏に浮かべて発動する。忽ち彼の隣にチキンにかぶり付こうとしたトマスと魔術士の四人が現れた。
他の四人もスプーンやフォーク、グラスを持っていたところを見ると食事中だったようだ。
「ちょ、食事中になんですか!? 勇者様!」
ベルナルドに呼び出されたと理解したトマスは声を上げるが、ベルナルドは答えない。
魔物と向き合うクラウディアから目を離さなかった。
クラウディアもまた背後が騒がしくなったが、魔物に隙を見せることはなかった。
敵を見据えて攻撃を仕掛ける。
「天空の神よ、我に雷を与えてたまえ」
掌を空に向けて右腕を前に伸ばして、クラウディアは唱える。
天空の神は天候の精霊。精霊の中でも気難しく、闘いの最中に彼に力を借りるのはリスクが高い精霊と認識されていた。
だから魔術士達は驚く。
クラウディアの元に光が集まる光景を見て、目を見張った。
クラウディアは精霊から授かったその光を、陣の魔術で操り武器の形を作り上げる。
天使の翼を広げたような巨大な光の弓。そして敵の数だけの弓矢も添えた。
左手の上に浮かぶ弓には弦がなかったがクラウディアは、右手で引く仕草をする。
魔物達は赤い一角を突き刺そうと突進した。
「危ない!」と誰かが叫ぶ。
しかしベルナルドは動かなかった。勝敗は目に見えていたからだ。
ヒュッ!
右手が開けば、矢は放たれた。魔物達に接触をした途端、大地を揺らすような雷鳴が轟く。
光の正体は、雷だったのだ。
激しい光のあと、一同が目にしたものは丸焦げの魔物だった。
クラウディアが勝利を納めた。
「……ま、まさか……あんな少女が……」
トマスは自分の目を疑う。
天候の精霊から力を借りることに成功して、そして雷の武器を造り上げて矢を放った。
その動作に戸惑いは一切なく、まるで勇者様を見ているようだった。
踊るように華麗にこなす様。
トマス達は鍛え上げられたが、ベルナルドとクラウディアは違う。
二人を指す言葉は一つだ。
「……天才……」
よもやベルナルド以外に自分が驚愕する人間が現れるとは夢にも思わなかった。
トマスは国家の最高位の魔術士の弟子だ。ベルナルドが現れるまで、自分は天才だと自惚れていたほど自分の魔術の腕に自信があった。
勿論、今ではベルナルドが自分より上で天才だと認めている。
ベルナルドの完璧とも言える魔術の使いこなしには圧巻したが、クラウディアには恐怖を抱いた。
彼女は幼すぎる。
振り向いた少女は、十歳にも満たない子どもだ。
その子どもに、巨大な魔物を丸焦げにする魔力を宿しているなんて信じられない。
まるで、そう。悪魔だ。
悪魔の子ではないのか。
あまりにも、強大すぎる力を少女が宿している。
「……皆様お揃いで何を見物しているのですか? まさか魔物を痛め付ける様を観賞する変わった趣向をお持ちなのですか?」
きょとんと首を傾げるクラウディアの発言に、トマス達は更に悪い印象を抱く。
魔物退治をして人々を救っている勇者一行に向かって無礼すぎる。
「これでお分かりいただけたでしょう。この街は安全でございます。休息のために滞在するならば魔力を隠してお過ごしくださいませ。それでは失礼いたします」
トマス達の歪んだ顔など気にも留めず、クラウディアはベルナルドに向かって胸を張って告げると可愛らしくお辞儀をした。
顔を上げた少女は、幼い子ども。
ウェーブがかかった栗色の髪は女の子らしい可憐さがあり、美人さんと呼ばれそうなはっきりした顔立ちはとても可愛らしい。
勝ち誇った笑みも、にっこりと口元を緩ませて頬を赤らめれば無邪気に見えた。
話は済んだと言わんばかりに、クラウディアは歩き去る。
ベルナルドはただその背中を見送った。
「本当に彼女が、この街を守っていましたね……都心へ送るおつもりなのですか? 勇者様」
トマスはベルナルドに確認しつつ、手にしたチキンにかぶりつく。
ベルナルドが魔術士達を召喚した理由は、クラウディアの力を見定めるためだと解釈した。
「いや、クラウディアにその意思はない。お前のように城の魔術士になる夢も持っていないのだ。だから都心に行くように言っても断られる」
「では私達に説得してほしいと言うことですか? 任せてください! ジェルもスカウトされて都心の学校に通いましたし、説得できます!」
トマスは最高の逸材の勧誘を頼むつもりだと思ったがそれも違う。ベルナルドは首を横に振る。
「クラウディアはこの街が好きだから離れないそうだ。それは恐らくクラウディアがこの街の外の魅力を知らないからだろう。外の世界を知らないままで街に留まってはいけないと思うんだ。彼女にはあらゆる可能性があるのだから」
「……つまり?」
クラウディアに街を出る意思がない大きな原因は、この街を愛しているからではなく街の外の魅力を知らないからだ。
だからクラウディアは留まる。
鋭い洞察力に天才的な魔術の才能があるクラウディアは、なににだってなれる。大物にだってなれるというのに、クラウディアはその可能性を捨ててしまっているのだ。
クラウディアに外の魅力を教えてあげるべきだとベルナルドは考えた。
だから、つまり。
「一緒に旅をしようと思う」
ベルナルドの告げた言葉を、トマス達は一瞬理解できず停止した。
次第に脳が理解してゆっくりと目を見開くと絶句する。
ベルナルドは今、国を救う過酷な旅にあの小さな少女を加えると言ったのだ。
ベルナルドと同じくらいの少女、ジェルベーラ・ジリオは才能を認められて魔術を学ぶために都心の学園に通った。
それは三年前のことだ。ジェルベーラは十四歳、彼女は魔物とすら戦ったことはなかった。
ベルナルドは十歳にもなっていないクラウディアを魔物と戦う旅に連れていきたいと言うのだ。
「なっ、なにを仰るのですか、勇者様!!」
「我々の使命は魔物を狩り魔王を倒すことで、子どもを教育することでは!」
「クラウディアは闘える。戦力は多い方がいいだろう?」
「彼女は子どもなのですよ!? しかも未成年です!」
「ああ、だからクラウディアの保護者に会って説得してくる。食事中に呼び出してすまなかった」
止めようとトマス達は反対する点を挙げるが、ベルナルドは顔色変えずに一蹴する。
ベルナルドは譲らない。
無頓着な雰囲気を放つが、決意したら恐ろしいほどの行動力を発揮する。
頑固なベルナルドは、止められない。
召喚の陣でトマス達は戻される。
レストランでトマスは頭を抱えて悲鳴を上げたのだった。
「クラウディア、一緒に旅をしよう」
追い付いて単刀直入に告げたベルナルドを、何を言っているのだとクラウディアはポカンと見上げた。
ぱちくりと瞬きをすると「お断りします」と返す。
「考えてほしい、クラウディア。この街が好きだと言ったが、出たことはないだろう? 世界を知りに行こう。他に好きな街が見付かるだろう。他に目的が得られるはずだ」
「……必要はありません、ベルナルド様。私は何処にも行くつもりはありませんわ」
何故ベルナルドが旅に加わるように言うか、理解できないクラウディアは首を傾げる。
「私は確かに魔術が使えますがそれだけではお役には立てません。旅行すらしたことのない私は体調管理もままならないでしょう。足手まといです。それに協調性にも欠けますので、魔王討伐の旅に共に出た一行に加わってもプラスにはなりません」
「全てを教える。チームワークも旅の仕方も、教える。君は知識豊富だろうが、僕達が教えれることは沢山ある」
「……ベルナルド様。未来への期待をしてくださるのは大変光栄ですが、答えは変わりません」
利益にはならないと言うが、ベルナルドはそんなものは求めていない。
クラウディアの将来のために良かれと誘っている。
見た目に反して甲斐甲斐しいと思いつつも、譲る気はないと胸の前で腕を組みクラウディアは変わらない答えを突き出す。
勇者の勧誘は栄光あるものだが、クラウディアはそれを必要としない。
「もっとよく考えてくれ。将来のこと、この外の世界のことを――…なりたい自分のことを。君の興味を引く話をするから、また会いに行ってもいいかい?」
ベルナルドも引き下がらなかった。
どこかぼんやりした表情でもオッドアイはクラウディアを真っ直ぐに見つめる。
「……話を聞くだけなら構いませんが」
「保護者にも話を通しておきたい。明日伺うと伝えておいてくれ。じゃあ、また明日」
さっと約束を取り付けると、ベルナルドは仲間のいる店へと足を向かわせた。
彼もなかなか強情だ。
ベルナルドの背中を見ていたクラウディアは眉間にシワを寄せる。
無頓着そうな雰囲気だが、どうも自我が強い。それが合わさって、したたかに感じる。恐らくしたたかなのは無意識だと思うが、誘うために付きまとわれたくはない。
「……ま、お父様がお許しするはずないですから、大丈夫でしょう」
先ず父親の許可は下りないだろう。
明日には諦めるだろうと思い、家に帰ろうと後ろを向くと市長の娘と取り巻きが立ってクラウディアを見下ろしていた。
「貴女。勇者様と一体何の話をしていたの? 余計なことを言ってないでしょうね。気分を害していたらどう責任を取るつもりなの!?」
「偉大な戦士である勇者様に悪い印象を抱かせないでよね!」
「二度と勇者様に近付かないでちょうだい!」
不快そうにクラウディアを見下ろす女性三人のドレスには白いレースが多くあしらわれており、まるで夜会用ドレスだった。
クラウディアはそれに注目する。
昼間なのに華やかな夜会ドレスを着てめかし込んでいることはつまり。
「ああ、ベルナルド様に気に入られたいのですね。あわよくばベルナルド様の妻に、という浅はかな考えですか。それは夢のまた夢でしょう。貴女方には注目を浴びる美貌がない上に、才能も地位もありません。麗しい美貌があり魔術の天才で国の英雄であるベルナルド様には爪先にも届かないというのに、妻だなんて高望みをし過ぎです。今の貴女方では彼の記憶に残ることも叶わないかと」
クラウディアは笑顔で言った。
それは毒でしかなかったが、クラウディア本人は単に事実を言ったまでで悪気は微塵もない。
雄弁かつ細かな指摘に得意気になって無邪気に笑う。
相手がどれほどのダメージを喰ったか、わかっていない辺りが子どもらしい。
例えば大人が気にする禿げた頭を指摘して笑う子どもと同じである。
「お、おっ、覚えてなさいっ!!」
涙目になった市長の娘達は、一人の少女から尻尾を巻いて逃げ出した。
「? ……なにを?」
何を覚えるべきなのかわからず、勇者も認める天才少女クラウディアは小首を傾げるのだった。




