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9.夕食の前に

 夕食を採るべく、先ほど休憩をとった広場の方へ向かう。先陣を切って歩くイシュー、その後ろにナシロと私が並んで続く。辺りは薄暗く、沢山並んでいたはずの露店はほとんど見当たらなくなっていた。荷物を沢山載せたパラウマが行商のおじさんたちに牽かれてのったりと歩いている。

 一頭のパラウマがブヒーと鳴いた。ワンワンのことを思い出して空しくなった。

 こちらの世界では照明器具はランプぐらいしか存在しないようだ。だから夜になると店じまいするしかないのだろう。

 しかし、だとすると。

「ねえ、こんな時間にご飯食べるとこなんかあるの?」

「もちろん。むしろ今ぐらいの時間が一番混むんです」

「でも明かりはどうするの?」

「広場では火を焚いて明かりをとるんです。沢山焚きますから、ルーパの夜は昼みたいに明るいんですよ」

「へええ」

「なんだ、ナツキのいた世界じゃ火は焚かないのか?」

 小ばかにしたような口ぶりがシャクだ。文明の発達ぶりでいうなら私の世界の方がよっぽど進んでいたはずだ。

「火は焚かないけど明かりはあったよ。どこの家にも電気通ってたし」

「デンキ? なんだそれは」

「それは……説明してもイシューには分かんないんじゃないかな!」

「なにい?」

 ムッとするイシュー。それそれ、その態度が見たかったのだよ。ちょっとスッキリする。しかし電気については上手く説明する自信がないだけってのは内緒だ。理科、苦手だったんだよね。

 不満げなイシューにナシロが慰めの言葉をかけた。

「まあまあ、殿下。天秤にワンワンを理解していただけなかったように、デンキも我々には難しすぎるのですよ、きっと」

 いやワンワンよりは理解しやすいと思うけどね電気。



 そうこうするうちに広場が見えてきた。さっきまでの様子とは様変わりして、まばゆいほどに明るい。広場の中心には大きなやぐらが組まれキャンプファイヤーみたいな火が焚いてあり、広場の四隅にも人の背丈ほどの篝火が並んでいる。

 建物の白い壁に炎が反射して、その空間は本当に真昼間のように明るかった。

 夕方見た食べ物の屋台や簡易の食堂は活気付いていて、果物やら飲み物やら抱えた人々がそこかしこに溢れている。地面に布一枚敷けば、そこは彼らにとって宴会場へと変わってしまうらしかった。陽気な歌声や太鼓を叩く音なんかも聞こえて、なんだかちょっとしたお祭り会場のようだ。

「ふああ。すごい」

「こら、ぼーっとしてるとぶつかるぞ」

 ついつい圧倒されていると、イシューが背中をぽんと叩いた。

「はぐれるとまずいから手でも……」

 途中で言いよどみ、結局困ったように後ろ頭をガシガシと掻くと、

「あー、ナシロ、そいつが迷子にならんように見といてくれ」

「はいはい、殿下も迷子にはならないでくださいよ」

「だれがなるか!」

 すねた態度でぷいと背を向けた。


 おおう。

 今のって、やっぱり私に気を使ってくれた……わけだよね。過剰接触はヤダって言ったから。

 ……なんだろう。何だ、イシュー、本当思ったよりいいやつじゃん。

 ちょっと感動さえ覚えながら、やつの背を見失うまいと必死で前を向いていると、ナシロがちょいちょい、と、腕をつついた。見ると自分の絨毯の裾を差し出しながらウインクをする。

 これにつかまってはぐれないようにしろってことね。

 理解して好意に甘えることにする。正直、この人ごみの中をずかずか歩くイシューについていくのは、中々大変だったから。

 夜のルーパの街はざわざわと賑やかで、白く光る建物の壁には人々の影がうっすらと、無数に投影されている。それは初めて見る風景だけれど、とても綺麗だ。


 服を握りながら思った。



 異世界に飛ばされたり殺人雹で死に掛けたり驚くことばかりだけど、ここで出会ったこの人たちは本当にいい人なのだ、と。

 一国の王子様とその側近。

 二人は私を「天秤」と呼んで、何故だか必要としてくれている、らしい。

 私はどうしたらいいんだろう?

 できるなら帰りたい、けど方法も何も分からない。

 とりあえずは二人の言う「王都にいる説明の上手い人」とやらに会って、天秤やその他の分からないことについて、聞かなければ。

 ああ、早く色々なことを知りたい。

 先を行くイシューの背中は頼もしく、ナシロの服は暖かい。

 このままでは、知らない土地に来た心細さと、与えられた優しさのせいで、泣いてしまいそうだから。





 奥に椅子などの簡単な席が設えられた店の前に着くと、イシューが振り返った。

「ナツキ、お前魚とか肉とか食えるか?」

「え、大丈夫、だと思う。たぶん」

 こちらの食肉や食用魚がどんなものかは知らないが、よっぽどのものでない限り、大丈夫だろう。

 私の答えを聞くとイシューは満足そうに頷き、店の奥へ入っていった。

 丸い机を囲んで座り、物珍しさに店内を見回してみる。どうやら他の宴会場みたいな店とは違い、酒を飲んで大騒ぎするのが目的の店ではないようだ。客の多い今、店内はにぎやかだが喧しいということはない。イシューは慣れた様子で店員を呼ぶと、よく分からない指示を何点か与えこちらに向き直った。

 どうやら今ので料理を注文したらしい。料理名が分からないのでなんとも言えないが。

 テーブルの上にはランプがつるされていて、お互いの顔がちゃんと見える程度に明るい。これはもちろん、広場全体が明るいせいもあるだろう。その中でイシューの顔を見ていたナシロが、眉を寄せてしかめ面を作った。

「殿下、お顔をよく見せていただけますか?」

「な、なんだよ、気持ち悪ぃな」

 イシューはぎくりと体をすくめてナシロから顔を背け、こちらを向いた。

「イシュー様。子どものような真似をなさらないで、早く」

 低い声でナシロがすごむ。うわ怖っ。普段穏やかな人が怒ると怖いよね。

 と思いつつこちらを向いたイシューの顔を見ていると、なんだかおかしなことに気付いた。

「あれ、イシューもしかして目が赤い?」

 イシューの肩が震えた。

「やっぱり。殿下、目が痛むの隠してましたね」

「ち、違う。俺の目は元々こうだ!」

「そんなわけないでしょう!」

 ナシロが怒る。はあ、イシューは目が痛かったわけだ。しかしなんでまた目が。しかもなんで隠してまで?

「なんで……?」

 言いかけたところで、砂漠で聞いたイシューの声が脳裏に蘇った。

『なんでってお前が俺の目に砂かけるからだろーがああああ!!』

 ……あ。

 お、思い出した。そういえば私砂漠でイシューの目に砂掛けたわ!

 しかも二回くらい掛けたわ!

「ご、ごめんイシュー!」

「は!? いや別にお前のせいじゃないから! ナシロ、お前が要らないこと言うからナツキが責任感じてんだろ、この女いびり!」

「いや、ナシロは悪くないよ、ていうか女いびりって何だよ!」

「女をいびる奴のことだよ!」

「なんだそれ、つかそんな目ぇ赤くなるほど痛いならもっと早く言ってよ! どうかなったらどうすんの!」

「天秤のおっしゃる通りです」

 ナシロが低い声で言った。やり取りの勢いを遮られて、私とイシューは自然と口をつぐむ。

「殿下、もしもこのまま放っておいて余計に悪くなったりしたらどうします。その方が天秤は責任を感じて、辛く思われるのではないですか。妙な意地を張っていないで、早いうちに医者に行きましょう。今ならまだ診てくれる医者もいるでしょう」

 ナシロの言うことは至極もっともだ。もし失明なんかされたら敵わないもの。イシューもそれは分かったのか、しぶしぶだが頷いた。

「わかった。だが医者は明日でいいだろう? もう食事も頼んであるし」

「いけません。ここは一度出ましょう。医者に診てもらったあと、もう一度来ればよろしい」

「でも、それじゃナツキを待たすことになる。それに俺だって早くメシ食いたいし」

「ですが……」

「あ、あの!」

 私を気遣う二人の言葉に耐え兼ねて、口を挟んだ。

「お医者さんが間に合うなら二人は今からそっちに行って、私がここで待ってるってのはどうかな? そしたら、終わってすぐごはん食べられるし、私も我慢できなくなったら先に食べてられるし」

 ナシロとイシューは顔を見合わせた。





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